第三章

事件二日後(1)

「昨日言ったとおり、今日は聞き込みをするわよ」


 だから、早く食べてね。と前守は弁当をかき込みながら言う。行儀が悪いことこの上ない。それに聞き込みって大声で言うなよ。藤代が馬鹿にしたように睨んでいるだろ。遊佐が居ないから取り繕おうともしていない。


 因みに、居ないのは遊佐だけではない。神谷も居ないし、なんならクラスの半分ぐらいが欠席している。殺人事件が解決するまで危なっかしくて登校できないと言うところだろう。担任から一応の説明はあったものの、目新しい情報は無かった。授業は今日から普段通りあるが、当面部活は休み、四時半には全員下校ということだった。それを聞いた前守は「じゃあ、放課後の聞き込みは無理ね」と言い、必然、昼休みに決行ということになった。

 オレはアンパンを気持ち早めに咀嚼する。味気がない。最近まともに飯を食っているって感じがしない。摂取してるって感じだ。


「遅い!」


 前守は既に食べ終わって、せわしなく片付けを始めた。オレは半分ぐらい残ってる。


「もう、食べながらで良いわ。丁度アンパンだし」


「刑事っぽいってことか」


 妙に納得してアンパンの断面を見る。何故刑事の張り込みと言えばアンパンなのだろうか。


「もうっ、行くわよ」


 余程楽しみなのか腕を想像以上の力で引かれて、転びそうになりながら立ち上がり教室を後にする。藤代の射抜くような視線を受けながら。

 姫宮を呼びにいった前守を廊下で待っていたのだが、どこもかしこも事件の噂で持ちきりだった。嫌でも聞こえてくるその話題の中に朝から何度も聞いた被害者の名前が浮かんでくる。


 八木一瀬。


 最近姫宮から聞いた名前だ。

 ――八木と言う選手が入って来た。これが逸材でね。


 成る程。野球部が誇る二大エースの一枚が落ちた訳か。災難という気持ちもわからんでもない。もっと言葉の選びようはあったと思うが。


「それじゃあ、何処から行く?」


 姫宮を携えて、前守が帰ってきた。今から聞き込みが始まるからだろう、縮こまってしまっている。オレを見るなり裾に捕まってしまった。一応、最低限の気遣いとしてお互いのクラスメイトを避けて聞き込むつもりだ。


「あそこに坊主居るわよ、坊主。あれ捕まえましょ」


 気遣いというものをまるで知らない前守は、昇降口で胡坐をかいて座る、見るからにがたいの良い二人を指差し言った。

 クラスメイトか、というオレの問いに姫宮はふるふると首を振って答える。これは何だろうな。何処かで見たような。


「決まりね」


 先陣を切って前守が昇降口に乗り込む。坊主二人は何事か、という顔で振り向いたが前守の顔を見ると緊張が緩んだようだ。まあ、見かけは美人だしな。と思っていたら意外にも向こうから話しかけられた。


「久し振りだね!」


 立ち上がり手を差し出してくる。目線が前守と同じくらいだ。知り合いか、と思っていたらもう一人の(便宜的に背が高い方)が今度はオレに握手を求める。


「なんだよ、同じ高校だったんだな」


 誰だコイツ?

 前守の方をみるが、誰か分かってないようだ。姫宮は見る気もないのだろうオレの腰にしがみついている。


「覚えてないのか? 俺は内田、内田正午うちだしょうごだ」


 クラスになったこともあるんだがなあ、と背が高い内田が首を傾げる。そういえば聞いた事はあるような。遊佐がこのクラスでは七夕中は三人、と言ったのを思い出す。他のクラスにはまだいたということか。


水野明透みずのあきすけ。しょうがないよ、そこまで会話は無かったしね。そっちの小さいのは彼女かい? 七夕中ではないよね」


 姫宮がびくっ、と震えるのが伝わる。

 小さい自覚はあるのか。


「やめてやれよ。びびってるだろ、明透。それで、何をしに来たんだお前達は。まさか野球部にでも入りたいのか」


「それは無いわね。聞きたい事があるのよ」


 ようやく前守が口を開く。思い出したかどうかは知らない。


「聞きたいこと?」


 とは水野だ。そりゃ久し振りに会ったと思ったらこれだからな。疑問に思うのも無理は無い。


「えーっと、亡くなったのは野球部の八木? なのよね。何か知ってることは無いのかしら」


「ああ、そういうことか」


 そう言えばそういう奴だった、と言いたげな表情で内田が肩を竦める。その姿にちょっと親近感が沸く。


「あんまり部外者に言うなって言われているんだけどな……まあ良いか」


「そうだよ、正午。他ならぬ同窓生の頼みだよ。聞かない訳にはいかないよ」


 なんと話が早い。

 さっきまで忘れていたと言うのに。

 それにしてもコイツらは下の名前で呼び合っているのか。野球部といえば名字で呼び合うものだと思っていた。


「ふふっ、僕に話しかけたのは正解だよ。何故なら他の部員にも知られてないことを知っているからね」


 勿体ぶった言い方をする。前守は目を輝かせているから成功と言えば成功なのだろうが。


「実は犯行現場に居たんだ」


「マジで!?」


 前守が飛び跳ねる。この一瞬で心を開いたと言うのか。


「おい、明透」


「良いじゃない。正確には犯行前に通ったんだ。部室に忘れ物をしてね。まだ神谷が残っているだろうから学校に戻ったんだ。そしたら、何やら口論になって、挙句に八木先輩が何かを叫んだと思ったら、バットで神谷を殴り倒してね。これはいけない、と思って出て行こうとしたんだけど、悲鳴を聞きつつけて人が来たんだ。情けない話だけど、逃げたんだ僕は」


 まさか死ぬなんてね、とこぼす。

 オレもその場に居たら逃げ出しているが……いや、おかしいぞ。


「ちょっと待て。八木が、神谷をバットで?」

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