事件翌日(2)
「殺人事件があったのか?」
「かなあ。人は死んだみたいだけど。他殺なのか、事故なのか。自殺っていうのもアリだろうと思うけど、良くわからないのが正直なところだね」
そんなもんか。まあ、たかが生徒に事件詳細を言うほど教師も警察も愚かではないだろう。犯人が居るとなれば質問ぐらいはうけるだろうが、向こうからの情報というものは望めないだろう。
さて、それで前守が納得するだろうか。
「ねぇねぇ、調査しない?」
思った通りか。さて、なんて諌めたら良い?
「どうやってだよ」
「ベストは警察に話を聞くことだけど、それはいくらなんでも無理ね。職員室に行って先生達の話を聞く、がベターじゃないかしら」
「三つ、問題があるぞ」
徐に出した三本の指に、姫宮と前守が視線を注ぐ。
「第一に、どうやって校内に這入るんだ? 唯一の入り口である校門には鎌田が張ってるじゃないか」
オレは警察とならんで生徒を排除する鎌田を見やる。ラガーマンのぶつかり合いのようなそこに付け入る隙は無さそうだ。
「唯一、じゃないだろうケン。昨日の出口を使えば良い」
反論してきたのは姫宮だった。あれ? こいつも乗り気?
「第一の関門クリアーね」
何もしてないくせに偉そうに言う前守。ならば。
「第二、どうやって話を聞く? まさかノコノコ職員室に出向いて、殺人事件についてご教授願いたい……なんて、通らないだろう」
「そこはあたしに考えがあるわ。要するに会話に参加するから駄目で、会話を一方的に聞くだけならリスクは少ないわ。まさか職員室は静まり返っているって訳でもないでしょ? ならいけると思うのよね」
「第二関門突破だね」
またしても姫宮が念を押す。コイツらいつ打ち合わせしたんだ。
そうか。具体的な方法はわからないが、問題にはならないようだな。
ならば最後。物理的ではなく、心理的に。
「心が痛まんのか」
知らない人とは言え、同じ学校の生徒だ。そいつの死を弄くって遊ぶことになんの躊躇いもないというのか。
とはいえ、これは愚問だった。そんなこと聞くまでもないのだから。
「痛む訳ないでしょ。むしろ爽快なもんよ。望んでた事件が起きて、しかも自分と関係ないところでよ? 安全に遊べると思わないの?」
予想してた通りの答えだった。
何故なら、オレも同じだったから。
「決まりだね」
ぱんっと前守が手を叩く。
これ以上は無駄だということだろう。
「じゃあ、作戦会議ね」
オレと前守は校門前から少し歩き、昨日の秘密の出口とやらに向かっていた。秘密の出口の正体は、何のことは無いただの獣道だ。本来出入り口に使うものではないだろう、侵入者を拒む金網を乗り越えて、獣道を少し歩けば旧校舎につく。何が秘密なのかというと、このルートでは本校舎側からは一切侵入が分からないから、と姫宮は言った。因みにその姫宮はというと、校門前で待機してもらっている。作戦、のためだ。
秘密の出口(と言うかこっち側だと入り口だ)、自体には直ぐついた。やはり舗装された道路と獣道ではスピードが違う。
「この金網を登れば良いのね」
鞄を網の反対側に放り投げ、なんの躊躇いも無く網によじ登る。
おいおい、下着が見えてるぞ。
「何してんの? さっさと行くわよ」
当の本人は全く気にしていない。というか気付いてもない。
はあ。
オレも鞄を放り投げ、前守の横にずれて金網を登る。そんなに高くないから、数秒で向こう側に降り立つ。
「すっごい雰囲気あるわね……じゃあ、ナビお願い」
はいはい。
オレは鞄の汚れを払いながら前守の前に立つ。とはいえ、踏み荒らされてるところを歩けば、焼却炉までは一本道だ。明るいし、迷いようがない。
侵入者だからと自覚した訳じゃないが、オレと前守は黙ったままだ。物音もなるべく立てない様にしている。しかし、離れたところからそんなことはお構いなしに近付いてくる音がある。
「まずいわね、誰か居るわよ」
こっちから向こうは見えない。だから向こうもこっちを見つけた訳でないだろう。たまたま見回り中の教師だか警察だかに鉢合わせになった……なろうとしてる。
「どっか隠れるところ無いの」
随分下のほうから声がすると思ったら、前守はしゃがんでいた。
「そんなことしても、見つかるぞ。巡回者が焼却炉まできたらここは丸見えだ……そうか」
オレはぽかんと口を開けている前守の手を取ると、一目散に走り出す。幸い、鉢合わせにもならずに十数秒で焼却炉についた。
「どうすんのよ、こんな見晴らしの良いところに出て。さっきの林に突っ込んだ方がましだったんじゃないの?」
巡回者の音がどんどん迫ってる。あと十メートルも離れていないだろう。
オレは焼却炉の口を指差す。
「這入れ」
「はあ?」
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