事件翌日(1)

「面白そうね」


 昨日の美術室がらみの話を前守に伝えると、悪そうな笑みを浮かべてそう言った。


「あんまり事件が起こりそうな状況じゃないけど、そういうのも好きよ」


「さいで」


 思った通りの反応だ。この分だと今日の放課後も行くことになりそうだ。

 サイレンの音。目の前を一台のパトカーが通り過ぎる。


「多いわね。昨日の夜もうるさかったのに」


「そうだっけ」


 昨日は疲れて、家に着いたらすぐ眠りについたからよくわからない。雨が降っていたのは覚えてる。因みに今朝は晴れているが、所々泥濘るんでいる。


「それに、さっきから師走高校の制服と擦れ違わない? 今日ってもしかして休みだったかしら」


「そんな話は知らんな」


「犬一、友達居ないから」


 ふう、やれやれ。とでも言いたそうな仕草で肩を竦める。腹が立つ仕草だが、容姿のおかげでそれなりに様になってる。


「お前は居るのかよ」


「何言ってるのよ。居る訳ないじゃない」


「そうか」


 このやり取りに、果たして何の意味があったのか。突っ込む気にもならない。黙って学校へ歩き続ける。言われてみれば、師走高校生が引き返していくのが多々見られる。忘れ物の常習犯だろうか。いや、十数名も居るんじゃあ無理があるだろう。しかし、前守の言うように休みだった、とは思えない。友達の居ないオレ達二人ならともかく、連絡を受けていないのがこんなに居るとは思えない。もしかして……。


「事件の匂いがするわね」


 校門前の人だかり、そしてパトカーを見て前守は嬉しそうに言った。ほう、本当にこんなことが。オレはというと、人だかりから少し離れたところに知った人影を見つけたので話しかけてみることにした。


「なんかあったのか」


「はあ? 何でアンタなんかに言わないといけないわけ」


 朝から絶好調の毒舌。藤代だった。


「そうは言うけどさ」


 ぐうの音もでない。知らない人よりは良いかと話しかけたが、嫌っている人ってのもなかなか話にならない。


「殺人事件」


 どきっとした。

 答えてくれるとは思わなかったというのもあるが、そんなもんは前守が望んでいるだけの、非現実的なものだと思っていたからだ。そろそろ前守に告白でもしようかと思っていたのに、これじゃあしばらくお預けだ。なに勝手に死んでんだ。


「アンタもあの人ごみに入ってきたら? 鎌田が今日は休校だ、帰れって太鼓判押してくれるわよ」


 そりゃあ人死にがあったとなれば授業どころではない。少なくとも今日ぐらいは休校になるだろう。

 それより気になったのは。


「お前も興味津々なんだな」


 アンタも、ってことはつまりコイツも鎌田に帰れと言われたんだろう。人だかりの一部だったに違いない。


「はっ……はあ、誰が!? 私は休みになるなら遊佐とどっか行こうと思って待ってたの! そしたら聞こえてきただけよ!!」


 帰る、と大声を出して藤代が立ち去る。

 待ってたんじゃないのかよ。

 あんなに分かり易いのもないな、でも興奮するのもわかる、と思ってもう一度人だかりを見ていたら、そのなかに前守が居た。

 自重しねえな、あいつ。


「本当にね」


「……っ!」


 今度は声を出さなかった。

 背後に姫宮が立っている。コイツの祖先は忍者か何かか。


「頼むからその登場はやめてくれ、心臓に悪い」


「うん? わかった。今後は可愛く制服の裾でも引っ張るようにする」


 それも嫌だったが、背後から声を掛けられよりはましか。そう考えていたら、人ごみから前守が帰ってきた。


「帰れって言われた……」


 藤代が言ってた通りだ。

 しばらく物悲しそうな顔をしていたが、姫宮の姿を認めた途端に笑顔になったから、もうほっとくことにした。

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