脚本部設立(2)

「やあ、遅かったね」


 放課後。オレと前守、そして水野は各々掃除用具を持ち美術室に足を運んだのだが、いち早く姫宮が着いていた。もうコソコソする必要も無い。おおっぴらに使えるのだ。電気を点けるが、何年も使われていないのか二度三度点滅を繰り返してやっとのことで明るくなった。


「こうして見ると汚れすぎね。置いてあるものは捨てちゃいけないらしいから、せめて一箇所にまとめましょう」


 姫宮は窓を開ける。気持ちの良い風と日の光が雪崩込み、部屋中に溜まっていた淀みが一気に流れ出す。

 前守は嵩張るダンボールや看板なんかを奥の方に追いやっている。こんなもん残してなんに使うんだろうな。


「見てよこれ」


 水野に話しかけられる。床を指差しているが、別に面白いモノは無い。強いて言うなら人が倒れたような跡があるな。人って言うか、オレが倒れた跡だけど。


「これは有力な手掛かりだったりしないかな」


 しない。

 前守と姫宮を見るが、何も言わない。

 突っ込み不在。


「まあ、ほっとくわけにも行かないだろう」


 オレは適当な事を言って、持っていた雑巾で床を拭く。


「ああー」


 折角の手がかりが、と悲しそうな声をあげる。良いから掃除をしろ。

 姫宮ですら本を窓際に並べているじゃないか……何してんだあれ。

 虫干し? その作業をオレがやったら文句が出るだろうが、まあ、そこは姫宮だし。誰も力仕事が出来るとは思ってないのだろう。


「じゃあ、僕もやろうかな」


 水野は前守を手伝うことにしたらしい。前守が押し込んだ得体の知れないものを紐で縛り始めた。捨てやすくなって、ますますゴミだ。

 各々が自分のパートをこなしていたが、全く終わる気がしないまま、時計の長針が二周した。その頃には窓際には本でドミノ倒しが出来ていたし、前守はブルドーザーの様に得体の知れないものを押し込んでいた。オレだって人の文句は言えない。足で雑巾を掛けていた。真面目にやっているのは水野ぐらいのものだ。


「これじゃあ、今日中に終わりそうにないわね」


 やっぱ内田を呼ぶべきだったわと言う前守に、


「そうだね……」


 と水野が同意する。

 アイツら内田を何だと思ってんだ。いや、オレは知らないけどさ。

 その時、美術室の扉が開いた。


「俺を呼んだか」


 今話題の内田だった。


「内田ぁっ!」


「内田!」


「正午!」


 三人同時に叫ぶ。思わぬ内田コールに三人は噴出すが、姫宮は体を強張らせている。あ、コイツ身長高い人が怖いのか。


「人手が要るんじゃないかと思ってな。力仕事なら任せろ」


「野球部は良いのかい」


「良い訳ないだろ。今日はミーティングだけだったから来ただけだ。明日以降来られるとは限らんぞ」


 謙遜して言う内田だったが、かなり有り難い。ビジュアル的にも戦力が倍になったような気がする。


「有り難いわ。さっき見つけた茶葉でお茶を淹れるから、座ってなさい」


「本当に有り難いと思ってんのか、お前」


 何でそんな腹痛必至な代物を飲ませようとするんだ。

 都合の良いことに、内田は冗談が聞くらしく、巨体を揺らして笑っていた。

 一頻り笑った後、オレ達は作業に戻った。面白いモノを見つけては中断し、くだらない冗談をいっては中断し、誰かに話しかける事が有れば「俺を呼んだか」と返したりして大笑い。結局下校の時間になっても、掃除は終わらなかった。


「ふう。これは今週一杯掛かりそうね……というか何か変わったかしら」


 五人は部室を見渡す。

 確かに綺麗になっているのだが、物を引っ張り出して整理したりしているから、かえって物が増えたようにも見える。


「床が綺麗になりました」


 オレは真っ黒になった雑巾を見ながら言う。


「本が等間隔に並びました」


 すっかり緊張が解れた姫宮が言う。


「亀甲縛りが出来るようになりました」


 水野が朗らかにシモネタを言うが、内田が続かない。


「内田は?」


「俺を呼んだか」


 今度は姫宮も笑った。五人分の笑い声が美術室に響き渡る。

 全くくだらない。

 陽はとっくに落ちて、すっかり真っ暗になってしまった。

 さあ、この辺りから。

 オレ達の脚本を始めよう。

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