脚本部設立(1)

 最近早起きが続いていて、どうも目が覚めるのが早い。この日も以前のオレなら考えられないほどに早く起きてしまい、どうにもすることもないし学校に行くことにした。


「ああ、おはよう」


 ホームルーム前。迎えてくれたのは藤代でなく前守だった。

 こんな時間に珍しいと思ったけど、そういえば昨日も早かった。

 そうだ、今チャンスじゃないか。

 オレは鞄の奥底に隠しておいたラブレターを取り出す。

 前守は何をしているのかと言えば、特に何もしていない。強いて言うなら虚空を見つめていると言った所か。その横まで歩き、前守と目が合ったところで、オレの果たし状を机に滑らせる。


「なにこれ」


「ラブレター」


 ふうん、と摘み上げて目を通す前守。

 読むんだ。

 破られると思ったから中身は適当だった。所々和歌を入れて文字数を稼いでいる。これなら普通に書けばよかった。

 前守が怪訝そうに口を開く。


「これはラブレター?」


「だからそう言ってるだろ」


「ここ」


 和歌を引用したところを指差す。

 何か問題があっただろうか。


「別れの歌よね」


「ああ、そうなんだ」


 読まれるつもりがないとはいえ、一応ラブレターなのだから恋という字が入った和歌を使ったが、離別の歌だったか。


「まあ、別れの歌を使うってのは、なかなか斬新で良かったわ。ラブレターってのも今までに無かったしね」


 じゃあ、と言おうとした所で、前守は立ち上がる。ラブレターをゴミ箱の上まで持って行くとその場でびりびりと破りだす。やっぱり破るのか。


「だけど却下ね。次はもっと頑張りなさい」


「三十三回目の失恋か」


 別に失っては無いでしょ。面白い告白の仕方だったら応じるって言ってるじゃない、と前守。


「それより、部活動申請通ったわよ」


「そうなのか」


 ラブレターは通らなかったのにか、くそう。

 脚本部に理不尽にも怒りを覚える。


「部室も美術室で良いって。かなり掃除に苦労しそうね。あそこ物多いし、埃っぽいし……まあ、なんとかなるでしょう」


「水野と内田にもお礼を良いに行かないとな」


「そうね。とくに水野は部員になってくれるんだから。……内田に掃除まで手伝わせるのはやり過ぎかしら」


「やり過ぎだろ」


 やめてやれよ、と諌める。


「そう言えば昨日はどうだったの?」


「姫宮説で合ってたみたいだな」


「そう、じゃあ今日神谷は来ないのね」


 どこまでやったのか知らないけど、と呟く。

 知らないと言う割には知ったような口を利くのは、付き合いが長いからだろうか。


「神谷どころか、藤代も来ないと思うぞ」


「ふうん? 楓らしくない」


「オレが呼んだからな」


 成る程ね、と前守。

 髪の毛をくるくる弄っている。


「話は変わるけどさ」


 うん?


「犬一、って呼び方が嫌って言ってたじゃない? あれって、あたしが馬鹿にしたからだったりする?」


 その話か。というか馬鹿にしたの覚えてたんだな。


「いや、『犬』じゃない。『一』の方だ」


「ふうん?」


 何と言えば良いのか……そもそも伝わるものかどうか。


「オレに弟は居ないけどな。居たとしたら『犬二』だったんじゃないかな。それを考えたら寒気がする」


「成る程ね」


 今ので分かったのか。


「ナンバリングされてるみたいで嫌ってことね。まあ、分からなくもないかな」


 じゃあこれからはケンって呼ぶね、と続ける。


「いや、別に良い。犬一って呼んでくれるのはお前だけだしな」


「? 分かった。呼びなれてるから、あたしとしてもそっちの方がやりやすいしね」




「へえ、脚本部通ったんだ」


「らしいな」


 昼休み。オレは水野、内田と昼食を共にしていた。前守は申請の手続きが残っているらしく、この場には居ない。「放課後に部室に来るように言っときなさいよ!」とか言い残していた。


「じゃあ、今日の放課後にでも野球部辞めてくるかな」


「明透、考え直す気はないのか」


 やれやれ、と肩を竦める。

 何だろう。遊佐と違って腹立つ。


「言っただろう。楽しくないことはしたくないって。活動しない野球部に居るよりは、得体の知れない部活に居た方がマシだよ」


 ほう。前守と気が合いそうだな。


「……そうか。鎌田が何て言うかな」


「さあ? 案外レギュラー以外ならすんなり辞めさせてくれるかもよ」


 さて、そういう問題かね。


「そう言えば、脚本部の顧問は鎌田らしいぞ」


「えっ、本当?」


「いや、嘘。というか分からん」


 人が悪いね、と苦笑する水野。

 誰なんだろうな、顧問。藤堂でも鎌田でも嫌だ。


「そう言えば放課後、美術室に来るように前守が言ってた」


「美術室って、」


「三階じゃないぞ」


 水野の言葉を遮る。嫌な顔すると思ったら、目を輝かせている。


「ひょっとして、旧校舎かい?」


 何でわかるのか。ひょっとしてその筋には有名なのだろうか……どの筋だ。


「そうだけど」


「やった! 実は部活生の中では有名なんだよ! 正午も知っているだろう」


 内田は箸を置き、呆れたように言う。


「美術室の視線、だろ」


 前守が喜びそうな怪談が飛び出すかと思って期待したけど、すぐにオチが読めてしまった。


「そうそれ。部活なんかで遅くまで残っていると、感じるだってさ。誰も居ないはずの美術室からの視線が!」


 やっぱりそういう話か。何か申し訳ない気持ちになってきた。


「だからさ、神谷がやっていた施錠係だけど、誰もやりたがらないんだ。嫌がらせに使うには最適だったんだろうね」


 なんと。

 じゃあ今回の事件は、間接的に姫宮が関わっていたということじゃないか。帰ったら是非教えよう。絶対面白がるぞ。


「その美術室が部室ってことなんだね? うわあ、楽しみだ。美術室の視線の謎を解き明かすとしよう」


 オレは既に解き明かしたがな。


「まあ、一人でこっそりやってくれ」


「そのつもりだよ」


 内田は興味が無いらしく、箸を取りエネルギーを摂取していた。

 コイツは野球部に残るということだ。

 神谷の代わりにコイツが施錠係になるかもしれないな。

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