『死体あっての脚本部』
「なるほど。去年の脚本部設立当初の事を書いたわけか」
真っ先に口を開いたのは姫宮だった。他の二人はまだオレの持ってきた『脚本』に目を通している。
「しかし、これは脚本じゃなくて小説だね。というか、この集まりで脚本が出てきたことがないんだけど」
「誰も脚本の書き方とか知らないからな。しょうがない」
部長ですら調べようとしていなかったからな。
結局、定期的に小説や詩を発表する、ごく普通の文芸部となってしまっている。いや、普通ではないのか。特に、この学校自体が。
「はーい。しつもーん」
前守が視線を紙束に向けたまま手を挙げる。
「はいよ。毎度のことだけど、出来れば読み終わってからにしてくれないか」
「別に良いじゃない。気になって読み進められないもの」
「なら、どうぞ」
そんなに変なところあっただろうか。全て事実に基づいて書かれているんだが。
「これってあたしたちの本名で書かれているじゃない? なんで二人だけ名前変えてあるの?」
前守はオレに二ページ目と二十一ページ目を差し出す。八木一瀬と遊佐千秋が初めてフルネームで出てきたところだ。
「まあ、自主規制みたいなもんだよ。流石に死んだ人をそのまま出すわけにはいかないだろ」
「ふうん。変なところ真面目ね。で? 変えた理由は分かったわ。何でこの名前にしたの?」
「それは……そのう」
こういうの、自分で言うのは恥ずかしいな……。
自力で気付くか、スルーしてほしかった。
「サキ、アナグラムだよ」
言いやがったこいつ。
「アナグラム? ゆさちあき、あきさちゆ……あたしの名前? さきちあゆ?」
「じゃなくて、ローマ字にして入れ替えてみて」
うわあ、恥ずかしい。
本人のいないところでやってくれよ、本当に。
前守は胸ポケットから万年筆を取り出し、オレの『脚本』の余白に殴り書きする。
『YUSACHIAKI』
「CHIじゃなくてTIにしてみて。ケンは相変わらず英語が苦手みたいだ」
いや、間違えたわけではないんだけど……。
前守は万年筆でごりごりと文字を塗りつぶし、また新たに書き始める。そんな風に使っていいのか、それ。
『YUSATIAKI』
「ああ、分かった!」
ただ一人静かに読んでいた水野が素っ頓狂な声を上げる。これ何でオレが辱められてるの?
「『死体役』だ!」
「……正解」
ああー、と前守が納得したような表情を浮かべる。
「はいはい、これで良いだろ。さっさと最後まで読んでくれ。そして急いで帰って、布団に入って足をバタバタさせるから」
「それは部長が決めることだね」
「そうよ。それに八木一瀬が残ってるじゃない」
なんなんだ、コイツら。二人してオレを虐めて楽しいのか。
「ふっふっふ。僕はもう真実にたどり着いたよ」
「さっすが明透! それでそれで? 早く教えなさいよ!」
楽しそうですね前守さん……別にいいけど。
「『犠牲者』だろう? 犬一」
「まあ……そうだけど」
イェーイと歓声が上がりオレ以外の三人がハイタッチを交わす。
もう我慢ならん、帰る。
引っ手繰るように机に置いていた鞄を取り、部室の扉を開けようとするが、オレが開けるよりも早く廊下側から勢い良く開いた。
「犬一、まだ残ってるでしょうね!」
ほぼゼロ距離で怒声を浴びる。
今日も絶好調の脚本部部長、藤代綾だった。
「……ここに」
「アンタ、またふざけたものを出してくれたわね。脚本部としての自覚は無いの?」
脚本部の自覚とはなんだろうか。
気になるが火に油を注ぐ趣味は無い。
「いや、ふざけてないです。事実だけを淡々と……」
「ふーん。アンタが私をどう思ってるか分かった気がする」
「滅相もない……」
ふん、と鼻を鳴らしオレを横目に部室に入っていく。
今日も最後まで付き合うしかないようだ。
諦めて扉を閉め、自分の席に着く。
しかし、藤代も変わったもんだ。去年の停学開けて直ぐの頃はこんな風に同じ部活に入って他愛もない活動に勤しむなんて夢にも思わなかった。いや、夢では見たことがある様な気がする。
「まあまあ、部長も来たことだし今度は僕の脚本を読んでくれよ」
水野が立ち上がり、紙束を配る。
オレとは違って端をちゃんとクリップで止めてある。律儀なもんだ。
「僕は先月のバレー部神隠し事件について書いたよ。あれは部活が嫌で逃げ出しただけと思われていたけど、意外や意外。衝撃の真相が……」
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