放課後Ⅰ 「解答が多すぎる」
出題編
廊下から足音がする。脚本部の誰かだろう。此処は教師も、他の生徒も、滅多に通りはしない。
可能性があるのは四人。既に部室内に居るオレ(上月)と水野を除いた、脚本部の四人だ。
内田は違うだろう。今日も野球部で白球を追いかけているはずだ。
前守でもないと思う。アイツは走ってくる。そして扉を蹴っ飛ばす。
ならば、姫宮か藤代。個人的に姫宮であってほしい。藤代はなんというか、まだ苦手意識があるからな……。
ドアノブに手が掛かる。
頼む。姫宮であってくれ。藤代なら、他の誰かと一緒であってくれ。
「あれ、二人だけかな」
入ってきたのは、姫宮一人だった。
よっしゃ。
「僕達だけじゃ駄目かい?」
「いいや。出席率が悪いね。この部活は」
軽口を叩き合う二人。随分と打ち解けたみたいで安心する……なんか、親目線で気持ち悪いな。
「今日は『変な話』を持ってきたんだけど」
言いながら、水野の向かい、オレの隣に座る姫宮。これは別に人見知りとかではない。水野の隣に座る理由がない。それより。
「変な話って言ったか? 二人しか居ないんだが」
「別に良いよ。あんまり出来が良くないからね」
そういうものなのか。むしろオレは逆だ。出来が悪い時には、それこそ全員居てほしい。藤代にも。いや、別に嫌いとかではないし。苦手なだけ。
「姫宮さんが『出題者』とは珍しいね」
「思いついちゃったからね。『脚本部の自覚』ってやつだよ」
おーおー。恥ずかしい単語が飛び交ってる。藤代が聞いたら泣いて喜びそうだ。いや、そんなキャラでもないか。
「勿体付ける話でもないし、早速だけど良いかな?」
「僕は良いよ。犬一は?」
「どうぞ」
ちょっと楽しみかもしれない。姫宮が一体全体、どんな『変な話』を持ってきたのだろう。
「タイトルは『解答が多すぎる』ってとこかな。ほら、最近テストがあったじゃない」
「そりゃ、学校なんだから試験ぐらいあるだろ。全く、そんなことが不思議とは、姫宮はどうしようもないな」
「せい」
「いてっ」
肩を殴られた。反射的に痛いとか言っちゃったけど、全然痛くない。なんだこいつ、大きめの虫より弱いんじゃないか。
「そう、テストがあったんだけど、その解答が多かったんだ」
「えーっと、それはあれかな。問題文の解釈によって、解答が複数存在するとか、そういうの?」
今度は水野だ。相変わらずまともなツッコミを入れている。距離的にボケても突っ込み辛いしな。そういう話でもないけど。
「ううん。単純に『解答用紙』が多かったんだ」
姫宮の説明によるとこうだ。
最近、というか、つい先週あった、全ての学生を恐怖の底に突き落とすイベント、定期試験。その最中、某年某組で事件は起こったらしい。めんどくせえ。三年三組とでもするか。
「四限目の科目は数学。最終日にして、最後の試験科目だったんだ。その現場となった三年三組三十八人の試験監督は、担任の高瀬先生が受け持つことになってたんだ。けど、風邪で急遽、教頭の小山先生が変わることになったらしい」
ふうん。わざわざそんな説明入れるってことは、この辺が本題か?
「小山先生は突然の指名に慌てていたらしいね。試験用紙の枚数の確認を、それこそ執拗に行ったと。結果として、試験時間を五分過ぎて三年三組の教室に入ってきたってことにしよう」
いつもの事だが、何故姫宮がそんなこと事情を知ってるか、という疑問は解決しなくて良い。所詮はごっこ遊びだ。
「ところで、師走高校は今でこそ各学年四組までだけど、昔は八組まであったらしいよ」
「初耳」
「へえ。少子化の影響がこんなところにも」
水野は優しいな。
まあ、確かにやたらと広いから、無理のない話か。
「そうそう。だからさ、空き教室が多いんだよ。うちの高校は」
無事に試験を終え、解答用紙を回収した小山は、職員室に向かう途中、空き教室に一組、机と椅子が置いてあることに気が付いた。らしい。
「前の日に掃除で使ったのかな? とにかくそれは、三年三組のものだった。何で分かったかは聞かないでほしい。野暮だからね」
小山は持っている解答用紙を数えた。確かに三十八枚揃っていた。試験が終わって散り散りになる生徒を掻き分け、三年三組の教室に引き返すと、机も椅子も三十七しかなかったという。
「面白い『回答』を期待してるよ」
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