事件当日 昼
やっと昼になった。普段から前守と授業中喋っていたという事はないが、それでも居ないだけで授業は退屈そのものだった。昼休みになると開放された気分だったが、前守が来ないので、昼食を取る相手が居ない。遊佐に誘われ、正直それも良いかなと思っていたが、隣に居る藤代の目が怖いのでやめた。
さて、どうしたものか。オレは人の行き交う賑やかな廊下を、所在無くふらふら歩いていた。
ふと廊下の先を見ると同じく居心地悪そうにしている生徒が居て、よく目を凝らせば姫宮だったから少し笑った。
それにしても、完全に制服に着られている。小学生が姉の制服を着ているみたいだ。
「姫宮、一人か」
「そうだよ。良かったらランチに付き合ってくれないか?」
願っても無い話だ。
オレと姫宮は屋上へと場所を移し、やっと昼食にありつけることになった。
と言ってもオレは今日も菓子パンだったし、姫宮はコンビニ弁当なので、あまり風情があるとは言えない。
包装を剥がしている姫宮を見ながら、さっきの遊佐の話を思い出す。
「野球部のメンバー発表? が今日らしいぞ」
「ああ、朝会で言っていたね」
そう言えばそうか。
別に遊佐だけが知ってる事でもなかったか。損した気分だ。
「朝会に参加してないね?」
すぐにバレた。まあ、仕方ない。
それだけずれた事を言ったのだから。
「通りで見つからない訳だ。激励会も有ったんだよ。他所の部活が出し物をしていた。その後で鎌田先生と主将の城山、それに三条校長が話をして、お開きって感じかな」
菓子パンをかじりながらオレは言う。少し馬鹿にしたような口調で。
「優勝目指して頑張ります。応援よろしくお願いします」
「うん。そんな感じだったね。サキじゃなくてもあれは退屈だった。僕もサボったらよかった」
オレはサボりたくてサボった訳じゃないんだがな。そんな言葉をお茶で流し込む。
「前守は元気か」
「サキはまだ寝てると思うよ。僕が出るまでそうだったし、『見たら返事して』って送ったけどまだ返ってきてないしね」
自分の携帯を見たけど、とくにメッセージは来ていない。まあ、オレに送ることもないか。少しがっかりしたけど、寝てるならしょうがない。オレは携帯をポケットにしまう。
「前守が酔いつぶれるなんてな」
「そうだね。それほどまでに荒んでいたということかな。どうしても退屈が嫌いらしい」
退屈が好きな人なんか居るのか。
昼まで一人で授業を受けたが、アイツが毎日こんな気分なら荒れるのもわかるって思ったね。
「僕も退屈だったな」
姫宮は座ったまま伸び、空を仰ぐ。
はて、どういう意味だろう。
退屈だから授業を受ける事にしたんじゃなかったか。
「んー。ケン、野球は好き?」
「突然だな」
今からやろうってんじゃないだろうな。
「そうでもないさ。さっきの話の続きだよ。僕は結構好きでね。うちの高校もなかなかのものなんだよ」
「そうなのか?」
そう言えば朝そんな話を聞いた気がするが、いまいち記憶が曖昧だ。
「伝統的に強いとかじゃないんだ。むしろここ何年か一回戦敗退が続いていたそうだよ。二年前――今の三年生に八木と言う選手が入って来た。これが逸材でね。ほら、よく言うだろう何年に一度のって。その類だよ」
「でも、元々強い訳ではないんだろう」
姫宮は何が楽しいのか、顔をほころばせた。
意味はわからんが、幸せそうだ。
「そう。八木がいくら逸材でも、若しくは天才であったとしてもね、周りはそうじゃない。野球は九人でやるものだ、なんて当たり前のことを言うけど、実際その通りなんだ。投手だけよくてもね。結局去年は地方準決勝止まりだった」
「一回戦負けからなら大躍進じゃないか」
言いながら姫宮の弁当に手を伸ばしてから揚げを盗ったが、気付いてないみたいだ。気付いても気にしないと思うが。
「そうとも言えるね。でも今年はその八木を凌ぐ神谷って選手が入ってきた。ほら、ケンと同じクラスの」
エースとは聞いていたがそこまでの奴なのか。気の弱そうなやつ、という印象しかないんだがな。
マウンドでは性格が変わるとかそんなんか?
「一人が二人になったからって、いけるものなのか」
「さあ。でも盛り上がっているようだよ。今年こそ甲子園だーなんて」
ふうん。ただ学校に居るだけのオレより随分詳しいな。
姫宮も、遊佐も。
「知らなかったかい」
「全く知らなかった」
前守は知っていただろうか。アイツが野球の話をしてるのは見たこと無いが。
携帯の通知音。
オレではないから、多分姫宮の。案の定すぐに弁当を置き、携帯を取り出す。
前守からみたいだ。なんだか見透かされたような気分がして悔しいから、卵焼きも盗む。昨日の昼食を思い出した。
「もう少し寝るってさ。じゃあ、今日は僕と帰ろうか」
「おう」
気付かれないように短く返す。
大して意味があるとも思えない。
「じゃあ、放課後自分の教室で待っていてくれ。僕が行くから」
「了解」
急いで食べたから、少し苦しい。お茶で流し込んでいたら、姫宮が立ち上がってまたしても空を仰ぐ。
「やあ。良い天気だ。僕もキャッチボールぐらいしたいな」
それも良いな。前守がいればバッターも出来る、でも。
アイツがバッターの時は疲れそうだ。
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