事件三日後(3)

 残念そうに言う前守。犯人探しをする気は無いと言っていたが、気が変わったのだろうか。


「本人に聞けば良いんじゃないか? 遊佐……は無理か。神谷と藤代に」


「ええー? 危なくない? 逆上してきた犯人に襲われたくないわよ、あたし」


 クラスメイトをもう犯人呼ばわりか。薄情な奴だ。


「僕もちょっとやってみたい」


「本気なの? じゃあ二人でやってよ。『御守り』は貸してあげるから」


 コイツがここまで嫌がるとは。終わった事件には興味ないってことか。

 姫宮が賛成なのも意外。


「というかさ」


 びしっとオレの携帯を指差す。


「連絡先、知ってるの?」


 オレは首を振る。二人の視線は姫宮に行くが、コイツが知っている訳がない。


「まあ、休み明けに学校で呼び出せば良いんじゃないかな」


 果たし状でも書こう、とコピー用紙の端を千切る。

 雑……。

 姫宮はペンを指先でくるくると回す。


「放課後、グラウンドで待ってます、とかで良いかな」


「ラブレターみたいじゃない? お前の悪事を知っているぞ、が良いと思うわ」


 自分の提案みたいに言っているが、ちょっと前の姫宮の台詞をそのまま言っているだけだ。

 ラブレター、か。

 今度の告白は手紙というのもアリだな。


「ケンは何か無いのかな」


「……ああ、別のこと考えてた。そうだな、まずは自分の名前じゃないのか?」


 果たし状は書いたことが無いが、年賀状ぐらいなら書いたことがある。その経験に乗っ取ってみたのだが……。果たして正しい作法なのだろうか、果たし状に名前を書いておくというのは。


「僕は名乗りたくないなあ」


「あたしも当然嫌よ。偽名で良いじゃない」


 前守がペンを奪い、『猿見亜紀』と走らせる。

 なんでサルミアッキなんだ。


「やっぱり事件について匂わせないと。行かないとまずい、って思わせないと来てくれないんじゃないかな」


 姫宮は別に気にならないらしい。話を続ける。


「じゃあ、『八木殺人事件について聞きたい事があるのですが』で良いじゃない。絶対来るわよ、これ」


 コイツ。自分が行かないものだからって……。

 それこそ神谷の怒りを買う。何をされるか分かったものじゃない。いや、未だにアイツが人を殺すような奴だとは思えないのだが。


「まあ、そんなに熟考する程のものでもないし。ぱぱっと書いちゃって良い?」


「そうだね。手紙はそんなに重要じゃないし。そもそも、来ないかもしれないしね」


 内容は任せるよ、と続ける。

 前守は煩雑な字で『八木について聞きたい事があります。放課後屋上に』と記す。


「屋上?」


 そんな話あったか。


「うん。人気の無いところの方が向こうも行きやすいんじゃないかと思って」


 成る程、一応考えてのことだったのか。

 いつもノリで生きていると思ってた。


「何か失礼なこと思われてる気がする」


 オレの視線に気付いたのか、前守が首を傾げる。

 勘が良いな。


「じゃあ、内容はこれで良いの?」


「うん。ばっちり」


 さっと目を通して姫宮が太鼓判を押す。


「じゃあ、はい」


 今書き終えたばかりの果たし状(仮)を渡される。


「オレがやるのか」


「あたし参加する気ないし、楓は別のクラスでしょ? 早めに登校して机に忍び込ませるぐらい何でもないでしょ」


 確かに姫宮が単独で別のクラスに忍び込むのは無理があるか。


「もしかして、神谷との対決もオレの役なのか?」


 あんまり推理覚えてないんだが。


「いや、それは僕がやるよ。言い出しっぺだしね」


 姫宮が、知らない人と、二人で。


「うん。付き添いはお願いね?」


「ああ、はい」


 頼まれたら吝かではないけど。

 寧ろ姫宮と人殺しを二人きりにしろと言われることに比べたら容易い願いだとしか言い様がない。何だろう。神谷が人を殺すとのと、姫宮が知らない人と二人きりで喋る事と、どっちの方が現実的な光景だろうか。

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