休み明け(2)
待ちに待ったチャイムの音で、昼休みとなる。一限目の体育の所為で空腹が限界に達している。今すぐにでも何か口にしないとオレは死ぬかもしれない。
因みに一限目の体育は野球だった。どうやら野球部が部活停止になったらしく(これも予想通り)道具を借りてきたということだった。
どういう神経してんだと思った。
前守達は卓球だったらしい。オレもそっちの方が良かった。素人の野球だ、外野まで飛ばないだろうと高を括ってライトの守備についたオレだったが、師走高校の生徒は体力低下が叫ばれる風潮を快く思っていないらしく、景気良く打球を飛ばし、外野のオレは思いの外走り回ることとなった。あと、一塁手がしょっちゅうボールを取りこぼし、そのカバーに入るところでも体力を持っていかれた。
今日も今日とて、オレはパンを取りだす。
「ちょっと待って」
「馬鹿な、飯を食うなというのか。オレに死ねというか」
「そうじゃないけど、楓と食べましょうよ。ついでに水野と内田も」
何でその二人と思ったが、そうか。
創部の話をする気か。
「ああ、じゃあ早くしよう。腹が減って今にも暴れだしそうなんだ」
「それは困るわね。手っ取り早く、楓から拾いましょう」
足早に教室から抜け出す。藤代と神谷がどうなっているかは知らない。
姫宮もこっちに向かっていたらしく、合流はすぐ出来た。あの二人と飯食うぞ、と言ったら「そうなんだ」とだけ言った。拒否しないのか。
これで昇降口に行ってみてびっくり、野球部の溜まり場になっているじゃないか! ということになれば姫宮は拒否しただろうが、そういうこともなかった。昇降口はこの二人の特等席みたいだ。二人して前守の三倍はありそうな弁当を食らっていた。
「おひさー」
前守はそんな二人に声を掛ける。
「おひさー。どうしたのさ、前守さん。まだ聞きたい事があるのかい?」
「あまり突っついて欲しくないんだがな」
水野は快活に、内田は警戒して答える。
何と無くコイツら二人のキャラが判った気がする。
「そんなのは良いのよ。ただ、ランチを一緒にしようかと思ってね」
返事を待たずに、アスファルトの床に腰掛ける。オレも倣って横に座ると姫宮も引っ付いて腰を下ろす。人見知りは絶賛発動中だ。
「怪しいな。何か企んでいるんじゃないか」
「まあ、そうね。企んでいるというか、頼み事があるのよ」
ほら、来たぞと内田は身構える。まあ、分からんでもない。
前守は弁当を広げながら言う。
「実は部活を創ろうとしてるんだけど、人数が足りないのよ。単刀直入に言うけど、その部活に入ってくれないかしら?」
「それだけか?」
「それだけ」
内田は首を傾げている。拍子抜けしたようだ。何を頼まれると思ったんだか。
「部活ねえ、何を創るのさ」
「脚本部よ」
それじゃあ説明不足だろと思ったけど、オレはエネルギー摂取で忙しい。前守に任せて傍観というスタンスを取らせてもらう。
「脚本。書くのかい? あまり力になれそうにないなあ」
「まあ、書いたり書かなかったりね。大丈夫よ。借りるのは力じゃなくて名前だから」
馴れ馴れしい、とでも言われないかハラハラする。
ハラハラしながらもパンを摂取するのはやめない。
優先順位があるからな。
姫宮は慣れたのか、無言でコンビニ弁当を突いている。
「俺は反対ではないが……」
「僕は賛成だね。というか、野球部辞めようと思っていたんだ。活動してない部活なんか、つまらないからね。どうだろう。お邪魔じゃなければ、正式に部員としてどうかな?」
なんと。
野球部を辞めるというのはそんなに簡単なものだったのか。体育会系って途中で降りる、みたいなことを酷く嫌うものだと思っていた。
「まあ、事件のこともあるから辞めやすいんだろうね」
姫宮が小声で呟く。そうなのか? 寧ろここで折れるものか、歯を食いしばって耐えるところだ、とか言いそう。鎌田が。
「大歓迎よ。別に三人だけの秘密結社のつもりはないしね」
それも意外だった。
てっきり三人でやるものだと思っていた。まあ、前守が良いと言うなら是非もない。ふと、姫宮はどうなのかと視線を向けるが、別に嫌そうな顔はしていない。というか、ずっと無表情で何考えてるかよくわからない。
「俺は野球部辞めるのはなぁ……名前貸しまでで頼む」
「有り難いわ」
そう、どっちかって言うと内田の方が真っ当に思える。部活無いなら辞めます、なんて先輩や顧問からどんな反感を買うか分からない。
下手したらバットで殴られるかも知れない。
「じゃあ、早速だけどサインして貰えるかしら」
前守はボールペンと一枚の紙を差し出す。
部活名と部員の欄しか書かれてない部活動申請用紙だ。
二人がサインして、五人分の名前が並ぶ。
猿見亜紀は居ない。
『前守未咲
上月犬一
姫宮楓
水野明透
内田正午』
オレは署名した覚えがない上に、前の三人は筆跡が同じだ。前守が書いたのだろうか。
「うん。これでオッケーね」
「これって申請通るのか」
書いてから言うのもなんだけどな、と内田が苦言を呈する。
「出してみなきゃわかんないじゃない?」
そっか。中学の時からそうだったな、と笑う。
はて、知られるほどに交流があったっけか。
強引なのと後先考えなさは、傍から見てもわかったのだろうか。もしかしてオレ達二人って七夕中学において相当に痛い奴だったんじゃないだろうか。
ちょっと気分が落ち込む。
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