Moon Seekers
kattern
プロローグ
第零話
私に務まるだろうか。
生家、天崎家の奥座敷。
そこで私は膝を揃えて座っていた。
目の前、脇息に肘を置くこともなく、座布団の上に同じく膝を揃えて構えているのは、四歳離れた私の姉――天崎瀬奈だ。
京都を中心に関西一体で活動する『天眼の衛士』を取りまとめている姉。
彼女は、火系の影縛術を得意とする『天眼の衛士』が、代々襲名する習わしの大名跡『
優れた姉である。
尊敬していた。
しかし同時に畏怖もしている。
そんな彼女が、真っすぐに私を見据えて言う。
黒い髪が静かに揺れた。
「美紀」
「……はい」
「兼ねてより話していた通りです。御陵坂学園高等部にて、若き『天眼の衛士』を養育しなさい。これは、京都守護役としての命でもあります」
「……私に務まるでしょうか」
「務まる、務まらないではありません。務めろ、と、言っているのです」
姉は少し、きつめの調子で言った。
もしここに
逃げられるものなら逃げ出したい。
しかしながら、代々『
その家名にかけてでも、これはやらなくてはいけないことなのだろう。
ふぅ、と、瀬奈姉が嘆息を漏らした。
京都守護の頭目――名跡『大太郎天目』を継ぐものとしての顔ではなく、姉の顔に戻った彼女は、私に優しく微笑みかけた。
「そんなに心配しなくてもいいのですよ、美紀」
「ですが」
「御陵坂学園には
「……ですが」
「もう。貴方のそういう心配性は、いったい誰から受け継いだのか。お父様も、お母様も、そのように心配性ではなかったというのに。やはり、浩一さんが過保護に育て過ぎたのかもしれませんね」
確かに、
けれど、それが私の心配性にどう関係してくるのだろう。
と、そんなことを考える私の前で、瀬奈姉が不意に表情を崩した。
脇息に初めて肘をつき、ふぅ、と、横目を奥座敷の襖の方へと向ける。
すると、その視線が向いた先で、かたり、と、何かが揺れる音がした。
人の気配だ。
誰だろうかと視線を向けると、指一つ分の隙間が空いている。
そこから燃えるような紅い髪が揺れているのが見えた。
なんだ、やはり、見ていてくれていたのか、と、ちょっとだけだが心が弾んだ。
あぁ、もしかして、こういう所なのだろうか。
とにかく、と、少しだけ語気を強めて姉が話を元に戻す。
瀬奈姉は再び、重責ある『大太郎天目』の顔つきに代わると、背筋を伸ばして、私に向かって冷徹な顔を向けた。
「人類にとって不倶戴天の敵――カゲナシを狩るのは『天眼の衛士』の務めです。その素養を持つ人間を、御陵坂学園には集めてあります」
「その中から、これはという人材を集めて、『天眼の衛士』としての修練を積ませる――つまりカゲナシと戦えということですね」
「分かっているではありませんか」
「分かってはいるのです」
だが。
そのリーダーという大きな役目を、私のような、半端な影縛術の使い手が、はたして努めることが出来るのだろうか。
姉たちのように、火系の影縛術の使い手として、才能があるならまだしもだ。
私には、姉たちほどの技量もなければ才能もない。
そして、人を惹きつける魅力も――。
「……やはり、務まるでしょうか」
「くどいですよ、美紀」
おやりなさい。
そう、強く私に申し付けると、再び、瀬奈姉は脇息に肘をついた。
平成二十九年四月二日。
今より、一年前の出来事である――。
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