火車の如く
第零話
五月二十六日。土曜日。
午後三時、天崎家の奥座敷。
私。そして、大太郎亭の高弟である『
どうして呼び出されたのか、まったく心当たりはない。
ただ、
瀬奈姉さんからもちゃんと二人で来るようにと念押しされている。
なんだろうか、と、私は軽い気持ちでやって来たのだが。
どうも
いつも無駄に――と言ったら、ちょっとかわいそうなのだけれど、事実そうなのだから仕方ない――元気な彼にしては珍しく、顔面蒼白、生気の感じさせない顔をしている。
また、正座したまま、ぴくりとも体を動かさない。
緊張している。
こんな
「……
「な、なんだ、お嬢?」
「もしかして、何かやらかしたんですか?」
顔を横に向けて、
その挙動を、つぶさに見逃さないよう、目を見張らせたつもりだったが、その顔が更に白さが増した以外に、さっぱりと何を彼が考えているのか、何に緊張しているのかは分からなかった。
これはやはり、瀬奈姉が来るまで待つしかないな。
というか、呼び出されてからしばらく経つけれど、瀬奈姉がやってくる気配が少しも感じられないのはどうしてなのだろう。
おかしい。
人を呼び出しておいて待たせるなど、私の知っている瀬奈姉ならば絶対にしないことだ。というか、瀬奈姉自体が、そういう時間にルーズなことを嫌う性格なのである。
なにか私たちは試されているのだろうか。
疑心暗鬼に思ったその時だ――。
「
飛び上がりたくなるような怒気が籠った声、そして、足音と共に、瀬奈姉が奥座敷に駆け込んできた。
その眉間には青筋が一筋、すっと入っている。
待たせることも珍しければ、あからさまに怒ることも珍しい。
瀬奈姉の滅多に見せないその表情に、私はすっかりと肝を冷やしてしまった。
やはり、
と、それに遅れて――奥座敷に見知った顔が入って来た。
それは学園で何度も顔を合わせたことのある人物。
二年生と、三年生の数学の教科を担当している老先生にして――既に引退した『天眼の衛士』であった。
さらに、私の記憶が確かであれば、
まぁまぁ、天目さま、と、なだめすかすように彼は言う。
どうやら先生の応対をしていた為に、
けれど、どうして先生が、わざわざこんな所に来ているのだろうか。
ふと、ここ数日前の中間テストのことを思い出す。
同時に、そのテスト期間中、割と心配になるくらいに、
なにかが、かちりと頭の中で嵌ったような、そんな感じがした。
刹那のことである。
まったくこっちの意表を突く感じに、
畳にその額を擦りつけるばかりの勢いを見せて――。
「申し訳ございません!! 棟梁!! そして、先生!!」
「どういうことですか
「面目次第もございません!!」
怒り狂ったように、肩を吊り上げて、目を血走らせる瀬奈姉。
そんな姉の横で、打って変わって落ち着いた口ぶりで、老先生は残酷なその事実を告げた。
「……浩一くん。ちょっと気の早い話だけれど、この点数じゃ、流石にどこの大学にも入ることはできないよ」
なんとなく、想像できていた、奥座敷に呼び出された理由に、私はぽかりと口を開くことしかできなかった。
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