第十二話
五月七日。
例の、青林女学院のカゲナシとの戦いから、日曜日を挟んで二日が経った。
その明朝――。
「だーかーらぁ!! 氷室お前、いったい何時まで起きてるんだよ!! こっちは十二時過ぎたら直ぐに寝てえんだよ!! 優等生は結構だけれどよぉ、周りに迷惑かけないようにやってくれよな、頼むから!!」
「別にどんな環境だろうと寝れるだろうお前だったら。というか、昨日も途中で寝ていたじゃないか」
「寝つきが悪いからやめろって言ってんだよ、分かんねえかな!!」
「朝からそれだけ騒いでおいて、寝つきが悪いもなにもないだろう」
寮の食堂。
顔を突き合わせてぎゃぁぎゃぁと、朝から元気に文句を言いあう
流石に、寮全体を揺るがして、大騒ぎするようなことこそなくなったけれど、顔を突き合わせればこの通りである。
朝から目を覚ますのに、何かする必要がないのは助かる。
けれども、毎日毎日飽きもせずによくやるものだ。
というか、なんで
氷室くんだけでなく、高木くんにも事あるごとに噛みついてくるし。
香奈ちゃんや馬崎さんについてはそんなこともないのに、理由がどうもよく分からない。実に不思議な話である。
まぁ落ち着け、と、
一方で、まぁまぁ、そのくらいにと、高木くんが氷室君を止めた。
最近はこんな感じに、彼ら二人が浩一さんたちをフォローするの日常になっていた。
ふん、と、顔を背けた氷室くんと、ふと私の視線が合う。
すると、彼は少しだけバツが悪そうに、視線を宙に彷徨わせた。
うぅん。
相変わらずの手に負えないレベルの不器用っぷりだ。
ここはやっぱり、リーダーとして、彼の肩を持ってあげた方がいいのかな。
「
「お嬢!! 集団生活っていうのは、お互いのことを思いやってこそでしょう!! 氷室にはそういうのがないんですよ!! 思いやりが!! あと、先輩に対する敬意とかそういうのが!!」
「いや、先輩として尊敬されるようなことをしてから、そういうのは口にするべきでしょ、浦戸さん」
「あんだとぉ、高木ぃ!!」
「そうですよ
「香奈!! お前まで!!」
「……確かに、浩一はもう少しだけ落ち着いた方がいい」
「馬崎!! お前もか!! ひ、ひでえ、あんまりだぁ、あんまりだぜぇ!!」
おいおい、と、腕で目元を覆って嘆き出す
そんな見え透いた嘘泣きをしてみせても、周りからの評価は変わることはない。ただ、今度はこっちが悪者になってしまったのがなんだか申し訳ない。
あとでそれとなく、
「……まぁ、そこまで言うなら、今後はエントランスか食堂で勉強はするとしよう」
「え?」
視線を再び
彼の方から譲歩するなんて――こと、
ちょっとその発言が意外過ぎて、周りの皆も、一斉に氷室くんの方を見た。
なんだ、何かおかしいことでも言ったか、と、彼が目を瞬かせる。
おかしなことは言っていないけれど、意外なことは言っている。
見られるのは仕方ないことなんじゃないだろうか、と、私も思ってしまった。
氷室くんにしたら失礼極まりないことだろうけれど。
と、なんだかそんな視線が、むず痒いように氷室くんはまた視線を背ける。
いつもだったら、こちらを睨み返してくるのに――今日は本当に、どうしたのだろうか。
「熱でもあるの? 学校休むなら、私から連絡しておくけど?」
「なんでそうなるんだ!!」
「じゃぁ、
「寝てる間に浦戸先輩がなんかしたとかじゃないですかね? 怪しい……」
「……浩一。それは人間としてどうなんだ?」
「なんもしてねぇよ!! てか、お前ら俺をなんだと思ってんだよ!!」
やいのやいのと、氷室くんの馴染みのない反応に、文学部のメンバーがあれやこれやと推測をし始める。収拾がつかなくなったかなという所で、溜息と共に氷室くんが、深いため息と共に、落ち着けよと、私たちの騒ぎを止めた。
「いやまぁ、この
「……
「……まともなことを」
「……言っている」
「んだよそれ!? 氷室ぉ!! お前そういうキャラじゃないだろ!?」
憤慨してかぶりを上げる
するとすかさず、なんだと、と、氷室くんは応戦するように、
やれやれ、結局、いつもの氷室くんである。
けれど――。
「そんな驚くようなことでもないでしょう」
「お嬢?」
「どういう意味ですお姉さま?」
「氷室くんは、前から、私たちのこと――チームのことを考えていろいろと行動してくれているわ」
彼が隠れた頑張り屋さんであることを私はよく知っている。
影縛術についてもそうだし、勉強にしてもそうだ。そして、若き『天眼の衛士』としての活動においても、彼は、人知れず、いろいろと影働きをしてくれていた。
今更のことだけれど。
素直じゃないだけなのだ氷室くんは。
究極的にシャイなのだと言うこともできるかもしれない。
ねぇ、と、私は氷室くんに微笑みかける。
すると彼は、少しぎこちなさそうに顔をこわばらせて、ふん、と、また私から顔を逸らすのだった。
ほんと、あきれるくらいに素直じゃない。
けど、そんな仮面の下に隠れた本当の彼は、とてもみんなのことを思いやっている、そういう人なのだ。
少なくとも、みんなのことをよく見ている彼のことを、私は知っている。
そして、僕を頼れと、私に言ってくれた優しい彼の心根を、私だけは知っている。
「認めねぇ!! 俺は認めねぇからな、氷室ぉ!!」
「お前なんかに認められても嬉しくないよ、この
◇ ◇ ◇ ◇
その日のお昼休み。
私は氷室くんの居る特進クラスへと足を運んだ。
手には購買のビニール袋。いつもより、その中身は多い。
こういう時に、料理が作れたりなんかすると、違うのだろうななんてことをちょっと思ったりもした。氷室くんのことを、とやかくと言った私だけれども、かくいう私も人に出せるほどの料理をつくれる調理スキルなど持っていないのだった。
今度、馬崎さんに料理を教えて貰おう。
その時に一緒に、氷室君を誘うというのもいいかもしれない。
ただ、今はそれよりも先に、彼を食事――昼食に誘うことの方が大切だ。
案の定、教室を覗いてみると、今日も氷室くんは一人端っこの席で、どこか寂し気な感じに窓の外を眺めて、携帯補助食品をむさぼっていた。
どうせ、こそこそとしていても、すぐに見つけられるのだ。
よし、と、腹に気合を入れて、私は特進クラスの教室の中へと歩み入る。
普通科の生徒が入って来るなんて、よっぽど珍しいのだろう、すぐに氷室くん以外の生徒たちの視線が私に集まった。
正直に言って恥ずかしい。
けれど――。
「ひっ、氷室ひゅん!! いっ、いっしょにごひゃん食べよう!!」
大切な、仲間との絆を確かにすることの方が大切だろう。
私は手に持っていたビニール袋を氷室くんへと突き付けるようにして差し出すと、そう彼に申し出たのだった――。
「……言えてないぞ、天崎」
大丈夫。
噛んだのはもうなんか、教室に入るときの恥ずかしさで、どうでもよくなっていた。
空いている席を引っ張り出してその上にどっかりと腰かけると、私は氷室くんの前へと座り込む。そして、有無を言わさない感じに、ちょっと強引に、彼の机の上に袋の中の菓子パンをぶちまけたのだった。
やれやれ、と、いつもの皮肉っぽい氷室くんの声。
水色の髪が涼しげに揺れる。
けれどもその表情は――つい先日みせた、心の底からの笑顔だった。
「こんなことして、あらぬ噂を立てられても知らないぞ」
「大丈夫!! 全力で否定するから!!」
「……それはそれで、なんだか傷つく話だな」
あれ、なんでちょっと残念そうな顔をするのだろう。
私なにか、彼の気に障ること言っただろうか。
おかしいな、何も失礼なことや変なことは言っていないと思うのだけれど。
まぁいい、食べよう、と、氷室くんがちょっとくたびれた感じに頷く。
やっぱり彼は、その辛辣な口ぶりとは裏腹に、優しい所がある。それを改めて感じながら、うん、と、私もまたその言葉に頷いて返すのだった。
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