第二話

 あらかじめ、姉さんからはこの寮について、寮生十人が暮らせるだけの施設があると聞かされていた。

 なので、てっきりと十部屋あると思い、ここまでやって来てみたのだけれど。

 実際にその個室を目にすることになり、その光景に目を疑った。


 二段ベッドに、それを挟んで配置された学習机。

 いわゆるそれは相部屋という奴である。


 しかも、部屋の数は五つ。

 六人の文学部部員を前にして、その数は、一つ不足していた。


 各々、確認したい所を確認し終えて、エントランスに戻って来た部員たち。

 さっそく、それを発見した香奈ちゃんの先導の元、個室の現状を確認してもらうと、私たちは、エントランスのテーブルを囲んで、暫く沈黙した。


「……この中で、誰かが相部屋を使わなくちゃいけない」


 文学部の部長として。

 そして、この寮の寮長として責任を感じていた私は。

 あえて皆に先んじて、その懸案について口にしてみせた。


 浩一こうさん、馬崎さん、氷室くん、香奈ちゃん、そして高木くんの視線が、一斉に私に集まる。別に、責められている訳ではないのだけれど、その視線の集中に、うっと、胃が痛むのを感じた。


 こういう時、一番に発言するのは決まっている――。


「はいはーい!! じゃぁ、私が、お姉さまと一緒の部屋で暮らします!! 中等部時代も相部屋でしたし、問題ないですよね、お姉さまぁ!!」


 香奈ちゃん、あるいは、浩一こうさんだ。

 何気に、校内外を通して付き合いの長い『大太郎亭』の門人である二人は、こういう困った時に、真っ先に助け船を出してくれる。

 それは素直にありがたいことだったし、助かると感じていた。


 ただし。


「うへっ、うへへっ、お姉さまと同じ屋根の下で暮らせるだけでもラッキーなのに、一緒の部屋で暮らせるなんて。寝起きのお姉さまの、はだけたあられもない姿が――」


「香奈ちゃん、涎、よだれ」


 じゅるり、と、手の甲で口から漏れた涎を拭う。

 いささかその発言が危なっかしいのが困る。


 まぁ、うん、それで、私は構わないのだけれど――。


 不安だなぁ。


 中等部時代に一緒の部屋で生活していたのは本当のことだが、その頃から、香奈ちゃんは何かとスキンシップの激しい娘であった。


 朝起きると、いつの間にか私の隣で寝ていたなんてことは数え切れずだ。

 また、どうしてだか私の服を着て遊んでいる場面にも、何度か立ち会っている。

 下着泥棒に入られたことが多かったのもこの時期だ。


 いや、うん、最後のは流石に関係ないと思うのだけれど……。


 心配である。


「まぁ、香奈ちゃんがそれで良いって言うなら、それでいいけれど」


「YES!! YES!! YES!! ハイスクール、ニューパンツ!!」


「……うん?」


 なんか返答がおかしくなかっただろうか。

 聞き間違いかな、と、とりあえず思うことにして、私は話を続けた。


「私と香奈ちゃんが、相部屋で使うから、残りの部屋を皆で使って。そうしたら、人数的には、ちょうどいいわよね?」


 異議なし、と、香奈ちゃんが私の言葉を追従する。

 えへ、えへへ、と、なんだかトリップした顔をしていたが、これも気にしないことにした。


 やれやれ、なんとかこれで話がまとまる――と、思ったのだけれども。


「いや、お嬢にだけ相部屋をさせるなんて、それは流石にさせられねえよ」


「今後、『天眼の衛士』の仲間が増えるかもしれない。なら、空き部屋は確保しておいた方がいいと僕も思う」


「……俺も、別に相部屋で構わない」


「俺もです。先輩だけが割り喰う必要なんてないですよ」


 せっかく気を使ったと言うのに、男子部員四人は全員息を合わせたように、相部屋での利用を申し出て来たのだった。

 いや、そうは言うけれども……。


 案の定、すぐに彼らの視線が飛び交う。


「氷室、お前とだけは絶対に同室はご遠慮願うがなぁ!!」


「それはこっちのセリフだ、駄犬。キャンキャン吠えるな、煩い奴だ」


「あぁん!?」


「ちょっと、浦戸さんも、氷室さんも部屋割りくらいで何を揉めてんすか。まぁ、俺も浦戸さんと一緒ってのは嫌ですけど」


「んだと、コルァっ!! てめえ高木この野郎!! どういう意味だ!!」


「……浩一と一緒の部屋だと、煩くて眠れそうにない」


「そういうことっす。流石は馬崎先輩、分かってる」


「あぁん!! 馬崎まで!! お前らなぁ!!」


 問題は部屋割りだろう。

 誰と誰を一緒にするか、それで、随分モメるのは目に見えて明らかだ。


 そうならないようにと気を使って、私はわざわざ、一人ずつ部屋を使ってくれと言い出したつもりだったのに――。


 はぁ、と、人目もはばからず溜息が口から毀れだしてしまった。

 ソファーにかける体重が、自然と重たくなる。


 そんな私の素振りに気づく感じもなく、彼らはやんややんやと、喧騒を深めていった。


「誰もこの駄犬と一緒の部屋になるのは嫌だとして、どうする?」


「いや、俺、氷室さんも嫌っすよ。一緒の部屋なら、馬崎先輩一択でしょ」


「なに!?」


「馬崎先輩優しいし、料理旨いし、頼りがいあるし。なにより一番大人だし」


「……そんなことはない。買いかぶりだ、高木」


「いや、そーいうとこですよ、馬崎先輩。ぶっちゃけ、俺、馬崎先輩のこと、人間として尊敬してますから、リスペクトしてますから」


 やめてくれ、と、視線を逃げさせる馬崎さん。

 まぁ、高木くんの人物眼については、私も同意見だ。この男子たちの中で、一番大人びているのは、馬崎さんだというのは間違いないだろう。


 しかし、それをわざわざ口に出しても、火に油を注ぐだけである。


「だったらこっちだって、お前みたいなクソ生意気な後輩、お断りだよ高木ぃ!!」


「そうだ!! だいたいなんなんだ、風系の縛影術の才能が人よりあるからと言って、偉そうなんだよお前は!!」


「いや、偉そうとかそういうの関係なくないっすか、ただただ、アンタら二人が大人気ないってだけで」


「あぁん!! 表に出ろや高木ぃっ!! てめぇ、ぶち○してやる!!」


「図に乗るなよ高木!! 水系の影縛術は風系に対して相性有利がない――才能だけで埋められない、圧倒的な実力差があるということを思い知らせてやろうか!!」


「あぁ!! もう、やめて、やめてぇっ!!」


 寮生活初日から、大喧嘩がはじまりそうになるのを、私は急いで止めたのだった。

 ほんと、こんなことで、やっていけるのだろうか。

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