第三話
結局、男子の部屋割りについては、くじ引きで決めることになった。
先端を赤くなったこよりを二本、普通のこよりを二本、私が手に持って、じゃんけんで勝った順番にそれを引いてもらった。
その結果――。
「やった!! 馬崎先輩と相部屋だ!!」
「……ふむ」
高木くんが要求していた通り、馬崎さんと彼が相部屋を組むことになった。
そして、それは、裏を返せば――。
「……マジかよぉ」
「……それはこっちの台詞だ、駄犬」
相性最悪である
くじの結果だから仕方がない。仕方がないけれども。
一番なって欲しくなかったシチュエーションである。
正直に言わせて貰って、彼らが一緒の部屋になったのは頭が痛かった。
こんなことなら、何かこう、上手く細工をしておくんだった、と、馬鹿正直にくじを引かせた自分を今更ながら後悔した。
まぁけれど、彼らもなんと言っても良い年齢をした人たちだ。
つい最近まで中学生だった高木くんと違って、高校生として、多少の分別はついている、と、思いたい。
くじで部屋を決めるという話を受け入れて、こういう結末に至ったのだから、そこはきっと仲良くしてくれるだろう。
「てめぇこの野郎、氷室。くじで決まっちまったもんは仕方ねえが、生意気こいてみろよ。いくらてめえが気比学園からの預かり者だからって、俺は容赦しねえぞ」
「何をイキっているんだ、
「いいぜ、お前、部屋に行く前にいっちょ外で技くらべといこうや」
「望むところだ」
「望まないで!! もうっ!! 初日から止めてよ二人とも!!」
たまらず、私は声を荒げて、鎧袖一触、喧嘩をおっ始めそうな
あぁ、もう、神様。どうしてこんな悪戯をするの。あんまりだわ。
「おいこら、お嬢が困ってるじゃねえかよ氷室!!」
「僕のせいみたいに言うのはやめろ。お前がいちいち突っかかってくるのが、そもそもの発端だろう!!」
「なんだと!!」
「やるか!!」
「やらないで!! もう、お願いだから仲良くして!! 仲間でしょう!!」
◇ ◇ ◇ ◇
そんな、こんなで。
いろいろとひと悶着がありつつも、新しい寮への引っ越しは、なんとかその日の内に完了した。
前まで住んでいた寮は個室だったこともあり、一つの部屋に二人分の家財を押し込むのに難儀した。だが、いがみあいつつもそこは協力することでなんとかなった。
気が付けば夕方。ぐぅとお腹が鳴った頃、ちょうど共同食堂の方から、いい匂いが漂ってきた。
いつの間にそうしていたのだろう。
一足早く、荷物の運び込みを終えたのだろう馬崎さんが、調理室で六人分の料理を作ってくれていた。
おぉ、と、すきっ腹に染みるいい匂いに、思わず、文学部メンバーが唸った。
「……なかなか、いいキッチンだ。これなら何でも作れる」
「なんでも作れるって。食堂に行けばいいのに、わざわざ作らなくてもいいんですよ、馬崎さん」
「……俺の趣味でやっていることだ。気にするな、天崎」
白髪の丸刈り、強面の顔でそういう馬崎さん。
キッチンに立つ姿が、まったくといっていい程に似合っていない彼は、そう言って、浅利と水菜が踊っているフライパンを、ひょいと手首のスナップを使ってかき混ぜる。
隣で茹でているスパゲティの麺を、しゃもじの先にひっかけの付いた棒でからめとると、ゆで汁と一緒にフライパンに放り込んだ。
そんな風に、三つあるフライパンを、器用に扱いながら、手際よく料理を作っていく馬崎さん。みんなが作業を終えて、へとへとの顔をして食堂に顔を出した頃には、それはすっかりと完成していて、待ってましたとばかりに彼らに振る舞われた。
「ボーノ!! ボーノです、英二ちゃん先輩!!」
「うっめ!! 流石です、馬崎先輩!! 疲れた胃に、浅利の旨味と塩気が染みるぅ!!」
「ほーんと、お前は顔に似合わず、こういうの得意だよな馬崎」
「ふん。料理ができるくらいがなんだというんです。そんなことより、縛影術の修練でも積んだらどうなんですか、馬崎先輩」
「氷室くん。せっかく馬崎さんが、親切で作ってくれたものなのだから、そんな言い方」
「……いい。事実だ、天崎。氷室の言う通り、影縛術の技でも磨いた方が、よっぽど有意義なのは間違いない」
そんなことはないと思うけれど、と、思いつつ、私は馬崎さんを見る。
この、思いのほか人に対して気配りがよくできる先輩は、剛毅な見た目に反して意外に繊細だ。こうして、私たちに世話を焼くのも、影縛術では、一等劣るとでも、自分のことを思っているからなのかもしれない。
確かに、馬崎さんは、特にどこの門下にも属していない――この学園に入り、とあるきっかけで才能を開花させた、『天眼の衛士』だ。
若くして名跡を継いでいる、
土系の影縛術の使い手から、定期的に指導は受けているとは聞いているが、あまり飲み込みはよくないと、瀬奈姉伝手には聞いていた。
人には部相応というものがある。
影縛術については、優秀な師匠による指導もそうだが、本人の才能――遺伝的な要素も含む――が大きく影響してくる部分もある。
気にしてみたところでどうなるというものではない。
影縛術はさておいて、馬崎さんのボクシングの技術については、確かである。
単純攻撃力だけを考えた時、それは、
それで、いいではないか、と、私は思っているのだが。
本人が納得しないのだから、こればっかりは仕方ない。
実際、私だって――それは思っていることなのだから。
天崎という、火系の影縛術を得意とする、家に生まれておきながら、名跡の一つも継ぐだけの実力を有していない。
あるいは、将来そうなるという、才能の片鱗さえ見せることができない。
そんな歯がゆさは、十分に分かっているつもりだ。
その気持ちが分かるからこそ、馬崎さんが抱えているその歯がゆさに対して、軽々しいことが何も言えなくなる。
辛い話ではあった。
こればっかりは、自分と上手く付き合って、乗り越えていくしかないものである。
そして、一年長く生きているだけに、その辺りは、私からどうこう言うより、馬崎さんの方が思い知っていることだろう。
皆が、食事にありついたのを確認して、馬崎さんが自分のテーブルへと着いた。
そうして少し冷めたパスタにフォークを入れる。
「馬崎さん」
「……なんだ、天崎」
「ありがとうございます。このパスタ、とてもおいしいです」
「……そうか、なら、作った甲斐があった」
顔色一つ変えずに、そうぼそりと呟いて、馬崎さんはパスタにフォークを入れる。
また、リーダーとして、フォローを失敗しただろうか。
そっけないその態度に、つい、そんなことを考えてしまった私。
そのスカートの中で、不意に、スマートフォンが振動した。
どうやら電話のようだ。すぐさま、それを取り出して、発信者が誰かを確認する――。
「瀬奈姉?」
それは、私の姉。
そしてこの寮に引っ越すように命じた人。
畿内一帯の『天眼の衛士』を取りまとめ、その総大将として京都守護役を拝命し、かつ、火系縛影術の大名跡『
こんな夜中に、いったいどうしたというのだろうか。
嫌な、予感がした。
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