第十話

 月曜日。

 休み明けの学校は、妙な活気で満ち溢れていた。それは放課後まで続き、夕闇に暮れる教室の中でも、そわそわとした雰囲気が続いていた。


 元気だな、と、どこかそんな同級生たちの様子を、人ごとのように思いながら、私は教室を出た。

 向かうのは、もちろん、文学部の部室だ。


 あの後――土偶のカゲナシとの交戦のあと、五分も経たないうちに、京都府警の『天眼の衛士』たちがやって来た。

 それに合わせて、瀬奈姉も車に乗って現場へと駆け付けた。

 臨戦態勢、天崎家に伝わる秘伝の武具まで持ち出しての、緊急出動である。

 京都府警から派遣された面々も、『大太郎亭』の高弟が多数おり、土偶のカゲナシの討滅に並々ならぬ意気込みが感じられた。


 しかし、既に倒すべき、大型のカゲナシの姿はなく、彼らは、私たち若き『天眼の衛士』たちが、それを単独で駆除したことに驚かされることになった。


 あの鉄面皮な瀬奈姉にしても珍しく、顔色を変えていたくらいだ。

 それだけに、説明をするのは骨が折れた――。


 風系の影縛術の使い手として、規格外の力を見せた高木くんは、すぐに京都府警及び学園――『天眼の衛士』の養成機関の者たち――により、身柄を拘束された。

 今頃、事情を一通り私たちのことについて説明されて、『天眼の衛士』として活動するようにと説得されていることだろう。


 風系の影縛術を使う『天眼の衛士』は、関東地方に多い。

 あれだけの潜在能力を持つ使い手となれば、相応の師匠をつけて、きっとみっちりとした修行が課せられることになるだろう。


 民間から、大名跡を継ぐ者が出ることは珍しい。

 だが、高木くんならばひょっとすると、大名跡を継ぐことになるかもしれない。

 なにせ関東はこちらと違って、カゲナシの暗躍がますます激しいと聞く。それに対して、強力な影縛術を使える『天眼の衛士』は絶対的に不足しており、年齢を問わず常に『天眼の衛士』を募っている。


「そうなると、今度会うのは、いつになるかしら……」


 あの夜、私のことを、天崎家の娘でもなく、『大太郎亭天目』の妹でもなく、ただ、先輩として信頼して、力を貸してくれた高木くん。

 そんな彼のことを思うと――少し、こそばゆい気持ちを感じない訳でもなかった。


 会えるものなら、また、会いたい。


 そんなことを思って、文学部の扉を開くと――。


「だから一年坊主!! そこは俺の席だって言ってんだろうが、どけや!!」


「先に座ったもん勝ちでしょうが!! ていうか、なんでそんな開口一番に喧嘩腰なんですか!! こっちはまだお客様なんですよ!!」


「なーにがお客様だこの野郎!! お前みたいなポッと出の、ろくに教育を受けてない中途半端な『天眼の衛士』、俺は認めないね!! 才能があるのかどうだか知らねえけど、そんなのは関係ねえ!! 認めないったら認めない!!」


火男かなん師匠ってばおとなげなーい。連太郎のおかげで私たち助かったってのに」


「ほんと考え方が古臭いというか、考え方が前時代的だなお前は」


「んだと氷室!! てめぇあれだかんな、こいつへの話が終わったら、次はお前の説教だかんな!! 覚悟しとけや!!」


 テーブルを挟んで、二人の男の子が睨みあっていた。

 一人は燃えるような紅色の髪の毛をした、ちょっと強面で背の高い男。

 もう一人は、茶けた髪をしたスポーツ刈りの少年。


 大型犬対柴犬という感じの、その構図に思わず口がぽかりと開いた。


 そんな二人を、冷ややかな視線で遠巻きに見る、二年生と一年生。

 彼らのことなど我関せずという感じに、私のためだろうか、紅茶を入れている緑のパーカーの三年生。


 いつの間に、文学部はこんなにも騒がしくなったのだろうか。

 と、そんなことを思っていると、ぽろりと手の中から革鞄が抜け落ちた。


 鞄が床を打つ音に、ぐるり、二匹の人型ワンコがこちらに視線を向けた。

 まるで、待ってましたというばかりの感じだ。


「お嬢!!」


「先輩!!」


 二人は先ほどまで争っていた席のことなど、まるでどうでもいいという感じにこちらを振り向くと、テーブの横を抜けて私に向かって駆けて来た。

 そして、そのちぐはぐな背丈をピンと伸ばして整列する。


 えっと。

 とりあえず、何をどうすればいいのだろう。


 こうして喧嘩をすぐにやめたということは、椅子の話はどうでもいいはず。

 まずは高木くんの話を聞くのが先――かな?


 困って固まっている私に、浩一こうさんが食い気味に話しかけて来る。


「聞いてくださいよお嬢!! この新入りがクソ生意気で仕方ないんですよ!! 大人しく、関東の金時学院に転入しとけっていうのに、聞きやしないんです!!」


「どうしてそんな遠い所に行かなくちゃならないんだよ!! というか、どこに進学しようがそれは俺の勝手だろうが!! アンタに関係のあることかよ!!」


「関係おおありだね!! 『天眼の衛士』としての修練を考えれば、ちゃんとした指導の受けられる高校に進学するべきだ。金時学院は、風系の――」


「だぁもう、だから、そういうのは良いって言ってるじゃないですか!!」


 この調子だぁ、と、浩一こうさん音を上げたように叫ぶ。

 なるほど、だいたい話の筋は読めた。


 高木くんは、どうやら関東の学校――風系の影縛術を得意とする『天眼の衛士』をまとめる金時学院への転入を拒否したらしい。

 拒否した上で、どうやら、御陵坂学園ここに残ることを選んでくれたらしかった。


 さらに言えば、この、文学部若き『天眼の衛士』たちの寄り合い所に。


 髪をかきあげるようにして額に手を当てて、あぁもう、と、呟く、浩一こうさん。

 そんな彼を横目に、高木くんが視線を私に向けた。


 身長がちょうど同じくらいということもあって、真っすぐに顔を見られるとちょうど視線があってしまう。先ほど、彼のことを想って感じたむず痒さが、また胸の中に揺れる。


「先輩。あの夜は、本当に、危ない所を助けてくれてありがとうございました」


「え、あぁ、うん。そんなあらたまってお礼を言われるようなことじゃないよ」


「友達の――祐二、太彦、そして久美の仇も取ってくれた」


「……それをしたのは、君の力でもあるんだよ」


「けど、使い方を教えてくれたのは先輩だ。俺は、友達の――訳も分からず死んでいった久美たちの、仇を取ってやれたことが嬉しい。これは心の底からそう思ってる」


 思った以上に、友達想いな子みたいだ。

 その友達への純粋な思いが、彼の中に眠っていた、『天眼の衛士』としての才能に、火をつけたのかもしれない。


 そして、こうして、ここに彼を留めたのかもしれない。


「――それで、俺、考えたんです。『天眼の衛士』でしたっけ。それになれって、警察の皆さんや、学園の偉い人が言ってきました」


「うん」


「それになるのは構わない。俺が戦うことで、久美たちみたいな目に会う奴が、減るんだったらそれは意味のあることだと思う。けど、戦う場所は自分で選びたい――」


 先輩。

 そう言って、彼は私の手を握りしめた。


 本当に不意打ち。

 鞄を落として空いていた右手を握りしめて、茶色い髪を揺らして高木くんは、真っすぐな目をしてこちらを見て言った。


「俺を仲間に――この文学部のメンバーに加えてくれないか、天崎先輩!!」


 どこまでも一途で真っすぐなその言葉に、私はただ、頷くことしかできなかった。


 お嬢、と、その隣で浩一こうさんがなぜか叫び声をあげる。

 やれやれ、と、氷室くんが何に呆れたのか皮肉っぽく微笑んで、文庫本を開く。

 わぁ、わぁ、と、香奈ちゃんが口元を手で隠して、よく分からない感じに声を上げる。

 そして、馬崎さんが、私の指定席――さきほど浩一こうさんと高木くんが所有権を争っていた席の向かい――に、温かい紅茶の入ったティーカップを置いた。


「ようこそ、御陵坂学園文学部へ。部長の天崎美紀よ、歓迎するわ、高木連太郎くん」

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