第四話
御陵坂学園文学部は、私と
いや、より厳密には、御陵坂学園内で才能を見出された、若き『天眼の衛士』たちが、活動の拠点としている場所であった。
前にも言ったかもしれないが、ここ御陵坂学園は『天眼の衛士』の素養のある少年・少女たちを京都府内から集めた学園である。
そして、これはと思われる才能を持った者たちには、秘密裏に接触を図り――『天眼の衛士』としての訓練と、実戦を通しての訓練を行っている。
「……遅かったな、天崎、浦戸」
「特進クラスの僕より遅いなんて。どうするんです、部活としての活動時間は、もう残り少ないですよ。今日は、勧誘する生徒の目星をつけるんじゃなかったんですか」
「うっせーな!! お嬢にもいろいろと事情があったんだよ!! なぁ、お嬢!!」
部室に入るなり浴びせられた部員の声に
高木くんに逃げられたことを、彼も怒っているのだろう、ちょっとおっかないその口調に思わず私は肩を竦めてしまった。
しかし――私たちと同じ『天眼の衛士』である二人は、校内でもヤンキーと恐れられている、
今どきのモダンな造りの校舎の中に、実にふさわしくない木目の床に壁。
これは、文学部といったらこういう内装だろう、と、
正直、そこまでしなくてもと思ったのだけれど、ノリノリの
そんな木目がどこか場違いな部屋の真ん中。
これまた、
「……そうか」
学校指定の黒ジャージの上から、お気に入りのグリーンのパーカーを着ている。
ブリーチがかかっている訳ではない――とある事情があって――白色をした丸刈りの頭に強面の表情。筋肉質な体躯と、
スポーツ特待生で、中学校時代にはボクシングのジュニアカップで優勝したことがあるという、結構すごい人だ。今でも時々、彼との勝負を求めて、御陵坂学園のボクシング部には、他校から人がやって来るというのだから驚きである。
けれども今はこの通り、文学部の一員である。
ボクシング部に行ったとしても、彼に会うことはできないし、彼はもう、二度とグローブを拳につけることはないと公言していた。
ちなみに、強面の顔や頭髪、その格好や言葉少ない言動からついつい誤解されがちだが、凄く良い人である。
私がよくチームの運営やカゲナシの対処で悩んでいると、そっと、お菓子やら、お茶やら差し入れてくれる。口数こそ少ないが、気遣い、心配り共に、よくできる人である。
そして何より、あの、人見知り――というかメンチを切って牽制――する
今回の遅刻についても、彼は、特に私たちに対して、咎めるつもりはないらしい。
色々大変だったのだろうなと頷いて、そっと、目を閉じた。
対して――。
「僕たちのリーダーとしての自覚が無さすぎる。君のために、わざわざ気比学園から転校してきた身にもなってくれ。時間は有限なんだぞ」
「あぁん、こらぁ、なんだお前こらぁ。氷室。火だるまにされてえのか、このスカタンが」
「口の利き方に気をつけろ駄犬」
「利き方気を付けるのはてめえの方だろうがボケェ。てめえコルァ、先輩様に対する敬意はどうした」
「一年早く生まれたことがそれほど偉いのか。一年以上知能の差があるというのに」
「どういう意味だオルァアア!! てめえあれだかんな、ぜってぇーあれだ、夜道歩いてたら背中に気をつけとけよ、氷室、このボケコルァ!!」
「……寮生なのに、どうやって夜道を歩けと言うのだ、馬鹿め」
文庫本を読む手を止めずに、
水色の髪と、縁なしプラスチックフレームの眼鏡が涼やかな少年だ。
ただ、二人と比べると――少しばかり背が小さいのが珠に瑕。
私と同じ二年生で――水系の影縛術を得意とする『天眼の衛士』を多く抱えている気比学園から、わざわざやってきてくれた生徒である。
その実力は折り紙付きで、『
また、彼も、
実力的には、
この御陵坂学園文学部――こと、若き『天眼の衛士』の部隊において、実質的な主力と言っていい実力を持っていた。
特進クラス所属ということもあり、頭の方も申し分ない。
私などよりよっぽど、文学部のリーダーが似合っているような、気がしないでもなかった。気比学園に残っていたら、それこそ、相応の立場になっていたのではないだろうか。
そう考えると、彼には、いつも頭が上がらない。
「それに、僕は、君ではなくて、天崎に対して言っているつもりだ」
「あぁん!?」
「ごめんなさい、氷室くん。私としたことがついうっかりとしていました。活動開始の刻限に遅れたことはお詫びします」
これ以上、
私が素直に謝ると、
円卓――まるで海外のファンタジー映画かドラマに出てきそうなテーブルの前に、私は移動する。
皆が、食い入るように、視線を卓上の書類に向ける。
「……これが、今期の『天眼の衛士』の候補者リストか」
「どうなんだ天崎? モノになりそうなのは居たのか?」
「残念ながら、って奴だ」
「だから。お前には聞いていないと言っているだろう、浦戸。少し黙っていろよ、口が臭いんだよ」
「あぁん!? てめぇ、やっぱ、今ここで○してやろうか!!」
「喧嘩はやめてって!! もう、二人とも!!」
たまらず、私は叫んでいた。
たまたま相性がすこぶる悪いだけで根は二人とも良い人である。
言えばやめてくれる。
ただ、言わなくてもどうして仲良くしてくれないのだろう。
同じ人類の平和を守るという使命を負った仲間だというのに。
これも私の人徳のなさだろうか。もうちょっと、私がしっかりとしていたら、二人とも、こんなにいがみ合うこともないのだろうか。
ふん、と、息まいて、
テーブルから一人離れて、部室の窓辺へと移動した彼は、空いていた丸椅子に腰かけて、夕闇に染まる校庭に視線を下すのだった。
机に置かれた資料にさっと目を通す氷室くん。
彼が再びそれをテーブルに戻すと、次に、馬崎くんがそれを手に取った。
「桝井先輩の抜けた穴を、埋められるだけの人材はどうも居なさそうな感じだな」
「しかたないよ。言って、桝井先輩も風系影縛術の
「……俺はこの道に入ったのが一年前だからよくは分からんが、地火風水、バランスよく各系統の影縛術を使える人間が居た方がいいんだよな、天崎?」
「はい、馬崎さん。私たち『天眼の衛士』もそうであるように、カゲナシにも地火風水の四属があり、それぞれ相性というものがあります」
どのようなカゲナシが現れたとして、その弱点を突くためにも、こちらもバランスよく、四属性の『天眼の衛士』を揃えておきたい。
大太郎亭の名跡を持つ、
さきほど説明した通り、気比学園からやって来た氷室君は、水系。
そして、高校に入ってから、影縛士としての才能を開花させた馬崎さんは、土系の影縛術を得意としている。
今、御陵坂学園文学部には、風系の影縛術を使える人材が不足していた。
しかし――。
「それについては、実は目星があるの」
私はつい先ほどの出来事、階段でたまたま出会った一年生――高木連太郎くんについての話をメンバーに対して語りだした。
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