エピローグ
最終話
六月十六日。土曜日。
私と
その正面には脇息を横に座布団の上に座っているのは、私たちの棟梁――京都守護役にして『大太郎亭』の頭目である『
瀬奈姉は、いつもの悠然とした感じで私たち――というよりも、私と
「よく来てくれました、御陵坂学園文学部のみなさん。貴方たちの日ごろの働きには、京都守護役として、とても感謝しています。貴方たちのおかげで、ここ京都でのカゲナシの活動は日増しに衰えてきています。今後も、『天眼の衛士』の一員として、貴方たちが更なる活躍を期待してやみません」
実に、『大太郎亭』一門の棟梁として相応しい、威厳と尊厳を感じさせる挨拶だ。
そんな瀬奈姉の挨拶に、慣れている
そんな彼らの様子をどこか楽しむような感じに、瀬奈姉がふふふと、口元を隠して微笑んで見せる。
「そのようにかしこまらなくていいのですよ。棟梁とはいっても、貴方たちとそれほど歳は離れていないのですから」
「……あ、いや、なんというか、その」
口を開いたのは、高木くんだった。
彼は瀬奈姉とは今回初めて顔を合わせることになる。たぶん、メンバーの中で、一番恐縮しているのも彼だろうし、緊張しているのも彼だろうと思われた。
そんな彼に視線を向けて、どうぞとばかりに瀬奈姉が頷いてみせる。
話す許可を貰った高木くんは、おずおずと、なんだかちょっと申し訳ないというような顔をしてみせると、意外なことを話始めたのだった。
「なんていうか、先輩とあんまりにも雰囲気が違っているので、ちょっとびっくりして」
「……美紀とですか?」
「はい。えっと、なんだか上から目線の言い方になっちゃうんですが」
「いいですよ。聞きましょう。下の人間の人物評を聞くことも、棟梁としては必要なことですから」
ちょっと言いづらそうにした高木くんに、遠慮しないように、と、瀬奈姉が申し付ける。 失礼なことを言うなよ、と、『大太郎亭』の正式な門下である、
天然なのか、それとも肝が据わっているのか。
そんな視線を受けながらも、顔色一つ変えない高木くん。
なんというか、天才というのは、凄いものだな、なんてことを思っていると――。
「先輩と違ってお姉さん――じゃなかった、『大太郎亭天目』さんは、一人でなんでもやっちまうんだろうな。そんな感じがしたもので」
天才故、という奴だろうか、彼はちょっと聞いているこっちがヒヤッとするような話を、突然に瀬奈姉に向かって話はじめたのだった。
いきなり何を言い出すんだろうか、高木くんは。
失礼、というか、そういう次元の話ではない。瀬奈姉が気を悪くしたらどうするんだ。
まぁ、確かにその言葉に一理はある。
瀬奈姉は、どこかワンマンプレイ、ともすると、一人で先行しがちな所がある。それもまたリーダーシップだということもできるが、時に孤立しがちな性格をしているのは、間違いのないことだった。
そこを、火系の影縛術の使い手としての圧倒的な技量、そして『大太郎天目』としての実績でもって、無理やり従えている。とも、言うことが出来なくもなかった。
そこに触れるか、と、明らかに
しかし、それを指摘された瀬奈姉は、案外けろっとした顔をしていた。
おまけに。
「そうですね。どちらかと言うと、私は美紀と違って、皆に支えて貰って事を成すような、そのようなタイプではありませんからね。違うと貴方が感じるのは、あながち、間違っていない感覚でしょう」
「……ですよねぇ」
あっさりと、高木くんの発言を、瀬奈姉は受け止めてしまった。
まるでそんなの、今更言われなくっても、知っているといわんばかりな感じで。
正直、ちょっとその発言が意外過ぎて、そして意図が分からなくて、私もぽかりと口を開けたまま固まってしまった。
そんな私に、一瞬だけ視線を向けると、瀬奈姉はまた高木くんに視線を戻した。
「リーダーとして求められる資質は様々なものがあります。私のように、威光で皆を引っ張っていくタイプも居れば、美紀のように周りから支えて貰うことで真価を発揮するタイプも居ます」
「はい。先輩がなんとなくそういうタイプだっていうことは、ここ数カ月、一緒にカゲナシ退治をしていてよく感じました」
「そうでしょうとも」
まるでそんあことは当たり前、知っていたという感じに話す瀬奈姉。
思いがけない、実妹の私への評価に、途端にむず痒くなって、私は下を向いていた。
まったく、高木くんてば、なんて話をいきなりし出すのだろうか。
それに私はそんな魅力が自分にあるとはちっとも思っていない。
もちろん、皆に支えて貰って、今、ここにリーダーとしての役目を果たしているのは、紛れもない事実だけれども――。
「こら、美紀。貴方は、せっかく後輩が貴方のことを褒めてくれているというのに、どうしてそんな、そんなことはないという表情をするのですか」
「……瀬奈姉」
「彼の言う通りですよ。貴方には、周りが放っておかない、人間的魅力があります。私がリーダーとして、貴方を指名したのは『天崎家』の人間だから、というだけではありません。その才能を使う場として、適切だと感じたからです」
そうなのだろうか。
いまいち、そうは言われても、その実感が湧いてこないのだから、なんと返していいのか困ってしまう。
ふふふ、と、また瀬奈姉さまが、口元を隠して笑う。
「こうして、それを感じて、言葉にしてくれる仲間がいる時点で、それは疑う余地のないことではありませんか」
「……ですが」
「もう、その自信のなさはいったい何処から来るのですか!! 貴方は間違いなく、背中に居る天眼の衛士たちのリーダーなのでしょう!? だったら、もうちょっと胸を張りなさい!! でなければ、後ろに控えてくれている、仲間たちにも失礼ですよ!!」
そう言われて、私は、ふと後ろを振り返る。
馬崎さん、氷室くん、高木くん、そして香奈ちゃん。
皆、私に向かって、疑いようのない真っすぐな視線を向けてくれていた。
たしかに。私への信頼は、その表情からちゃんと伝わってきた。
隣に座っている
そうだ、私は彼らに信頼されている。
リーダーとして信じられている。
だとしたら、それに応えるのが、若き『天眼の衛士』たちを率いる者としての、当然の責務なのではないだろうか。
急に、背筋が張った。肩に力が入った。ピンと、背伸びをして、彼らに向かって背中を向けると、私は再び瀬奈姉さまの方に視線を向けた。
「……はい!!」
「少し言い淀みましたが、それはまぁいいでしょう。なんにしても、一年前、リーダーの役目を申し付けた時からは見違えたいい顔です」
これからも期待していますよ。
そう言って、瀬奈姉は、静かに私の前で頷いた。
さて、と、ここで彼女が崩していた相好を、気の張ったものに差し替えた。
「今日、皆さんに集まって貰ったのはほかでもありません。浩一の再テストについての御礼というのは建前。直々に、私から任務を申し付けるためです」
「……任務、ですか」
「おぉ!! 棟梁自らの
「香奈、そんな呑気なこと言ってられねえっての。こうして集められて、直々ってことは、相当な厄介事には違いないぞ」
「……やはり、青林女学院の後始末についてか」
「そう考えるのが妥当だろうな」
「なんにしても、俺たちはリーダーである先輩の指示に従うまでだ。そうだろ、皆? それに、先輩?」
高木くんの言葉に、皆が頷く。
文学部のメンバーたちの信頼の眼差しは先ほどとまったく変わらない。
その、力強い視線をそのまま受けとめると、私は瀬奈姉に向かって、改めて向き直った。そして、その任務とはいったいなんでしょうか、と、力強く尋ねたのだった。
「……やれますね、美紀?」
「やれる、やれないではないはずです。やる、しかない」
「そうはっきりと言い切ることができるようになったことを、私は、『大太郎亭』の棟梁としても、貴方の姉としても、とても嬉しく思いますよ」
そう言いながらも、瀬奈姉の相好は崩れない。
その任務というのはおそらく、相当に厄介な部類に入る任務なのだろう。
けれども、それを恐れなどはしない。
だって、私にはついているのだから。
馬崎さん。
高木くん。
氷室くん。
そして、香奈ちゃん。
こんなにも、頼もしい仲間たちが、この御陵坂学園文学部――若き『天眼の衛士』たちには揃っているのだ。
きっと、上手く、やることができる。
私たち、チームならば。
「ご命令ください、瀬奈姉――いえ、『大太郎天目』さま。必ずや、その命と期待に応えてみせます」
胸を張って、堂々と、私は姉に向かって言ってみせたのだった。
そうできるようになったのは、きっと、後ろに控えてくれている、皆のおかげだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
聖堂の中には、また夜の暗黒の帳が落ちていた。
その屋内に満ちている暗黒で染め抜いたような、どす黒い礼服を身に纏った神父が、聖遺物が入った祭壇の前で、金色の箔押しがされた書物に目を落としている。
その金色の箔押しで書かれた文字は、人類のどの言語に属するものではない。
どのような民族も、そのような文字を使ってはいない。
しかし、その奇怪なる文字が背表紙に印字された本を眺めて、神父は怪訝に顔を歪ませるのだった。
「……なるほど。なかなか、手際が良いではないか。
神父は、愛おし気に本のページを撫でる。
目で読むと言うよりは、触れて何かを感じ取っている、という感じであった。
怒りもない、悲しみもない、失望もなければ、なんの感情の色も浮かんでみえない。
凍り付いたような顔を闇の中に浮かべて、神父は次のページをめくる。
「さて、ならば、我々もそろそろ、動き出さねばなるまい。京都十二影。このままおめおめと、五百年ぶりの好機を前にして、引き下がる訳にはいかぬ」
「……そのために、四影を犠牲にしてまで、わざわざ『大太郎亭』に壊滅的なダメージを与えたんだものなぁ」
その視線が、ふと、教会の入口へと向けられる。
そこに立っていたのは、朱色をした長髪に、黒色のコートを着た女だった。
凛としたその顔つきから発せられるそこはかとない殺意に、神父がその目を細める。
彼女の手に嵌っている黒色のレザーグローブが、霜柱を砕くようにハシハシ、と、音を立てた。かと思うと、季節はもう六月だというのに、全てを凍らすような、冷たい風が教会の中へと流れ込んだ。
「……ほう、火系の影縛術使いとして磨き上げた霊脈を反転させ、再起不能にしたつもりだったが。どうして、それを逆手に取るとは、なかなかやるではないか」
「探したぜ、嘉納永夜――いや、京都十二影が第三影『斬月の
「その名で呼ばれるのは久しぶりだな」
「忘れられるか。『天崎家』ひいては『大太郎亭』の名が世に出た時からの、永きに渡る宿怨だ――お前をぶち殺すために、俺たちは居ると言って過言ではない」
なぁ、そうだろう、と、赤髪の乙女が声をあげる。
すると乙女の横に、朱柄の槍を持った青年が音もなく現れた。
闇の中にも更に黒く映える艶やかな黒髪に、思わず息を呑みそうになる女と見まごうほどの美顔。純白のトレンチコートに身を包んだ彼は、背中に、燃え上がる炎の十字の紋章を背負っている。
はたして、それが意味する所は――神父の方が彼に代わって答えた。
「ほう。なるほど、先代大太郎亭のオンパレードという奴だな」
「大安売りみたいに言ってくれるんじゃねえよ、このバケモノが」
「真奈くんの言う通りだ。誰のおかげで、若くしてこの名跡を譲ったと思っているんだ」
「己の不覚というものであろう。どちらとも」
「……てめぇ!! 行ってくれるぜ!! 俺はともかく、功史朗は違うってのに!!」
「真奈くん、奴の口車に乗るな。悪いけれど、『大太郎亭』としての宿怨も、僕らとしての宿怨も、ここで断ち切らせて貰うよ――『斬月の
朱柄の槍に炎がとぐろを巻いてまとわりつく。
美青年が構えると同時に、赤髪の乙女が腰を落とした。それに呼応するように、彼女の拳に、どんどんと、冷ややかな冷気が集まっていく。
たちまちのうちに、氷により包まれたその腕を後ろに引いて、赤髪の少女は笑う。
「さぁて、とびっきりに楽しい夜と行こうじゃないか」
「……いいだろう。お前が、影縛術の使い手として、何度でも蘇ると言うのなら、何度でもその芽を摘んでやろう!! 元『
「そいつはおあいにくさま!! 二度も不覚は取らねえよ!!」
「真奈くん!! 系外の
分かっている、と、叫んで、乙女が拳を突き出す。
拳と共に、吹き荒れる吹雪。しかし、それを飲み込んで、紫をした禍々しい闇が、教会の中からあふれ出していた。
いつの間にか、神父の姿は鎧武者のカゲナシへと変じていた。
「楽しませて貰おうか天崎真奈――真なる『大太郎亭天目』の後継者にして、燃え尽きた『天眼の衛士』、その新境地という奴を!!」
月が冷たい光を放つ中、影ある者と、影なき者の拳が交差する。
私たちの知らぬ月下にて、人知れず『天眼の衛士』とカゲナシたちの戦いは続く。
夜が続く限り。
月が彼らを照らす限り。
いつまでも、いつまでも……。
「いくぞ功史朗!!
「言われなくても分かっているさ。元、だけれどもね――」
「くはははっ!! 来い、『天眼の衛士』よ!! うぬらとの血で血を洗う、戦いもまた、我らが求める煉獄の宿業が一つ!! さぁ、戦おう――血肉消えるまで!!」
【了】
Moon Seekers kattern @kattern
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