「ビッチ&メイデン」
豪腕はりー
<ファイル1>
「ありがとう」と言われた時の、彼の顔を憶えている。
小さな痩せた体。
不釣り合いに大きなグローブ。
そして、真夏の太陽のような笑顔。
ドレスが汚れるのも気にせず、小道に座って彼の姿を追った。
これが私の初恋だ。
残念ながら、彼には二度と逢えなかった。
――でも。
『ビッチ&メイデン』
<新規・入力OK>
以下の文章を、世界中でただ一人だけに捧げる。
内容は最低だ。
もしこれが世に出たなら、私は灯油でも被って火を点けねばならない。
個人的な恥部、心の闇、決して人に話す事のない性癖とその行く末が、以下に詰まっている。
普段の私なら絶対に書かない。
死んでも書かない。書く訳がない。
そういう文章だ。
しかし書かねばならないのだ。最後まで。
だから書く。
それによって得られるもののために書く。
嘘偽りなく、すべてを書ききる事。――それが条件だからである。
これは正統な「勝負」であり、書く事によって私は勝利を得る。
その後、この文章は破棄される約束だ。
……当たり前である。
私との約束を、彼女は確実に守る。
彼女以外の誰かが、この文章を目にしたなら。
以下を読まずに破棄すべし。
これは絶対である。
そうしなければ、私はあなたを必ず見付ける。
この日本国のどこに隠れていようが、いや世界中どこであろうと、必ず、必ず見付け出して……正統な報復を行うだろう。
だから忘れなさい。
では始めよう。
レガリス・マクルーア。
これはお前に捧げる文章だ。
馬鹿でやんちゃで助平で、世界中の誰よりも強いお前に。
私の大切な仲間に。家族に。
そしてたぶん何度も何度も書くだろうけれど……。決して、今は恋人ではないお前に。
違う。断じてそうじゃない。
何度言ったら分かるんだ。
お前と私は同じ部隊の仲間、それだけだ。
だからもう、余計な行為は慎むように。いいな、命令だぞ?
――この勝負が終わるまでは。分かったな?
私は名乗らない事にする。
何かの間違いで、この文章を目にする者が居るかもしれない。
もちろん絶対にあってはならない事だが、もしもの時のために匿名とする。
その必要がある場合は、私自身を「A」、またはコードネームで記載する。
ああ、正確には「書く」と言うより「記録する」だった。
私の拙い文章力では始末書が精一杯だ。
だから今、個人割り当ての分の思考記録を使っている。
これなら書き漏らしはないはずだし、絶対にバグも起きないし、絶対にコピーが出来ない。ここは重要だ。
手で書くよりもはるかに早いしな。
今の私は療養中だから、時間だけは売るほどある。
良い暇つぶしになるだろう。病室の壁を見て過ごすよりも有意義だ。
ちなみにお前も知っての通り、左腕と左足首の骨折である。
そしてまあ、何と言うかその、唇の裂傷……だ。
この唇の傷は、体の怪我とは別の機会に出来たものである。
いずれ詳しく書かねばいかんのだろうな……。
せっかくなので、私の性格描写も多少は真面目にしてある。
一人称が「私」になっているなど、読みやすさを優先してみた。
ただ何と言うか、感情の機微やら何やら、余計な所まで拾ってしまうのは困りモノだが……。
ともかくやってみよう。私もどんな文章ができるのか楽しみだ。
まあ、私の事はいい。
彼女の話をしよう。
レガリス・マクルーア。
階級は軍曹だ。
出会う前の印象は、あまり良いものではなかった。出会った途端に最悪になった。
今では互いが知るように、最高の仲間であり、家族だ。
……いやいや違う、そうじゃない。
そういう意味ではない。
私の背中を任せられる仲間、という意味である。
私が戦場に立つ理由を与えてくれたのが彼女で、私がここに帰る理由が彼女なのだ。
彼女もそれを良く知っている。
そして私も今では、彼女が同じ理由で生きている事を知っている。
正直、特殊な形の関係である事は分かっている。
私はそのおかげでずいぶん躊躇をしたし、葛藤もした。そして彼女は正面からそれを粉砕した。
私の常識が打ち壊されてしまったのだ。
その事を感謝する。……まあ、何だ。
一応はその、ひとまずはその、素直に接するようになれたのだから。
だが――はっきり書くぞ――、お前という女は。
本当に、本気で本当にふざけた奴だ。
つい先日の事だ。あの時お前は、事もあろうに私の大切な純潔を……。
……いや、待て待て。
モノには順序がある。
まずは出会いだ。
ともかく、場違いな美人だった。それが第一印象だ。
履歴書の写真や添付データには、なぜ軍部にこんな美人が存在するのか黒幕を疑うレベルの美貌が写っていた。
プラチナブロンドの長い髪。
きりりとした眉の下に、印象的なグレイの瞳が光っている。
見る者によっては冷徹な印象を与えかねないその瞳だが、微笑によってその氷の溶ける様をぜひ見てみたい。そんな瞳だった。
真っ直ぐに通った鼻筋と、ルージュの必要のない情熱的な赤い唇。
それらが、完璧なボディの上に乗っている。
完璧というか、完璧過ぎる――。
アスリートの目指す完全な肉体と、男どもが夢想する完全な肢体。
相反する二つの要素が見事に融合しているのだ。
最初に目を奪われたのが「胸」だ。
これはもう暴力と言っていいかもしれない。
巨乳だの、爆乳だの、そういう陳腐な言葉で表すのは失礼ではないかとさえ思う。
漫画のような胸をしている。
こんな胸が実在するとは知らなかった。
不肖、私自身も胸の事でからかわれる程度には大きいわけだが、彼女のそれは次元が違う。
軍服を着た上で、これだ。
ブラウス姿の写真も見たが、このために生地を特注したのではないか。
戦略ミサイル発射の瞬間を思い出した。
ペントハウスの表紙を超越するレベルの胸がそこにあった。
そして、例えば二の腕。
筋肉である。
それは当たり前なのだが、人の有する機能美を超え、まるで肉食の獣が持ち得る躍動感を宿しているようだ。
いわゆるマッチョなテイストからぎりぎり一歩引き、その爆発力が「女の肌」で覆われている。
そう、彼女は「女」だった。
おそらく常人よりもはるかに多いであろう鍛えぬいた筋肉を、しとやかな女性の肌でコーティングしたのが彼女なのだ。
女の私が見とれる女。
それがレガリス・マクルーアだった。
しかし彼女には欠点があった。
それは「スケール」である。
これまで彼女の容姿を褒め称えてきたわけだが、彼女の一番の特徴についても語っておかねばなるまい。
彼女は大きさがおかしい。
遠近法が狂う。
グラビア写真などで、モデルが自動車の屋根にもたれかかって微笑んでいるシーンを思い出して欲しい。
彼女のデータにも、それに類する写真があった。
車の屋根に肘を乗せている彼女。
そして、その車は我が軍の主力戦闘車両だった。
車高、2メートル近く。
要するにそういう事である。
彼女はデカい。
ともかくデカい。
本当に、ほれぼれするほどにデカいのである。
身長はほぼ2メートル。
我が基地では最も身長が高い。
筋骨隆々の猛者が集まる軍事基地において、そのことごとくよりも背が高い。
並み居る男どもより大きいのだ。
ましてや彼女は女性である。
平均的な体格である私の目から見れば、まるで雲をつくような巨人に見える。
目の前に立たれると、その巨大な胸しか見えない。
何から何までスケールが違う。
劇場で、前の席に座っただけで係員から退場を求められそうだ(実際にあったらしい)。
80キロはある新兵の胸倉を掴み、片手で持ち上げてぶんぶん振っているのを見た事がある。
枕を抱えているかと思ったら土嚢だった。
ジャッキが必要ない。
フォークリフトが必要ない。
電柱に蹴りを入れたら停電した。
ナプキンの代わりにマットレスを使っている。
こんな話に事欠かない(最後の例は非常に信憑性が高いがデマである)。
彼女の得意な余興として、「水枕を膨らませて破裂させる」というのがある。
あの分厚いゴムで出来た水枕である。
これをいとも簡単に膨らませ、風船のように破裂させる。
実は未来から来たサイバーダインか何かではなかろうか。
神は、酷な事をする。
外見はそのままで質量を65%くらいに抑えられていたら、きっと今よりずっと華やかな世界に生きていただろうと思う。
ああ、分かっているよ。先に書いておく。
お前がデカくて良かったよ。
この場所で知り合えたから。
今まで彼女の容姿ばかりを書いてきたので、今度は内面について書く。
一言で言えば、情に厚いオヤジである。
豪放磊落という言葉を辞書で引くと、彼女の名前が出てくる。
細かい事は気にしない。
すぐに手が出る。
彼女が出す手は威力で言うと105mm無反動砲に匹敵し、常人なら当たり所さえ良ければ重篤な後遺症が残る程度で済むくらいの話になる。
だいたい兵器で合っている。
しかし、彼女が手を出すのはあくまで、彼女の中の「基準」を超えた時だけだ。
人間誰しも自分なりの基準、規範、法、良心から来る一定のラインや経験による規則を持っていると思う。
彼女のそれは実に、非常に顕著である。
彼女は情に厚い。
仲間意識が強い。
仲間が痛みを受けたなら、倍以上にして返す。
自分の体にはまったく無頓着なので、時にそれは激しい流血を伴う。
だが彼女にとっては、自分に流れるすべての血よりも……仲間の血の一滴の方がはるかに重い。
そういう女だ。
そういう時の彼女は容赦をしない。
そんな彼女を良く知ってもらうために、かつて彼女が一人の若者を想い、そして壁のヒビによって軍法会議を逃れた話を書こうと思う。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
とりたちは、 くちぐちに いいました。
「わあ、 なんて みすぼらしい とりだろう。」
「おかおも からだも、 おまけに はねまで まっくろけ。」
「みっともない みっともない。」
まっくろカラスは とても はずかしくなって、
きの かげに かくれました。
「やあやあ、 みてごらん。 かげに かくれて もうみえない。」
「まっくろだから、 かげのなかが おにあいさ。」
「ぼくたちみたいに、 きれいだったら よかったのにね。」
とりたちは、 まっくろカラスを からかいました。
まっくろカラスは、 かなしくなって かんがえました。
「どうしてぼくは、 おかおも からだも まっくろなの?」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
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