<ファイル17>

 こっ、これには気付かなかったぞ。

 てっきり皆、肉欲だけで私の胸を見ているのかと思っていた。

 恐らくそれは九割方は事実だろうが、よくよく考えてみれば。

 そうした感情を一切交えず、恋愛に発展する事など……有り得るのだろうか?


 そうか、きっとそうだ。

 恋愛感情は清くて肉欲は汚いとか、分けて考えるから駄目なのか。

 そうした諸々を含めた、広い広いものであるのだ恋愛は。


 何だか悟りを開いてしまった。

 私はこの二十数年間、一体何を見てきたのだろう。

 その昔、食事に誘われたのは。

 あの時、連絡先を訊かれたのは。

 以前、高価なカットグラスを頂いたのは。

 ……もしかして、そういう事だったのか!?


 おいおいおい……。

 早く言ってくれよ!!

 そういう恋愛事の機微とか何も分からんわ!!


 「な~にをブツブツ言ってんだよお前は……」


 トレイを持って彼女が戻って来た。

 私はとにかくこの大発見を彼女に伝えたくて、一気にまくし立てた。


 聞いてくれ。私……実はモテるかもしれない。

 今まで色々その、誘いのようなアレを受けた事があるんだ。

 今思えば、アレはその……私からの好意を受けたかった、のではないか!?

 もしかして、そういうアレは、恋愛への入口だったのか!?

 そうだとすると……。ああ、大変だぞ。

 私は普通に言葉通り受け取って、普通に食事をして帰って来てしまったり、とか……。


 この辺りから彼女はゲラゲラ笑っていた。

 ちょっと待て、私は真面目なんだぞ?

 私は、何という事をしてしまったのだ。

 今まで全然知らなかったぞ。

 思うに、相当私は、他人の気持ちを踏みにじってしまったのではないかと……。


 「いや~最高だ! お前はやっぱりアイアンメイデン様だよ!」


 「笑うな! 私は真剣なんだぞ? もしこの仮説が真であるなら、私は彼らに何と言って……」


 「お前、本気でそれ言ってるのか! 今まで自分がどれだけモテモテだったか気付いてなかったのかよ!」


 「きっ、気付くはずがないだろう! だったらなぜはっきりそう言わない!?」


 「こんな感じか! よろしければ次の日曜、一緒に食事をしましょう! 分かりました! ……んで、メシだけ食って帰って来ちゃった! ぎゃははは!!」


 「だって食事なんだから食事だろう!!」


 「メインディッシュお預けかよ! 普通そこは一発ヤるだろ!! あ~もう最高!!」


 「普通じゃない! お前の方が変だ!!」


 「お前をベッドにエスコートする粋な紳士は居なかったのかよ!」


 「私が約束したのは食事だ! だから食事が終わったら普通は帰るだろう!!」


 「お前ほんと最高……。涙出てきた……」


 「泣きたいのはこっちだ!!」


 まったく、私の方が間違っていたと言うのか!?

 言葉にしなければ分かるはずがないだろう!

 私はエスパーじゃないんだ。

 食事代だってちゃんと払った!


 「払っちゃったのかよ! ぎゃははは!!」


 「当たり前だろうが! 人として普通の事だ!」


 「相手、絶対渋ったろ! んで無理やり半分出したんだな!?」


 「それは……そうだが。でも……」


 「堅い! 堅すぎる!! いや~今まで処女な訳だよ」


 「大きなお世話だ!!」


 「はっきり『付き合ってくれ』って言われた事は?」


 「それくらいある! ……何回か」


 「お前、どう答えたんだよ」


 「ちゃんとその、了解の意思を伝えたが」


 「んで、その後は?」


 「あ~……。場所を訊いて、だな」


 「その付き合うじゃねーよ! ぎゃははは!!」


 い、今なら分かる。

 私はその、うん。

 相当なレベルでボクネンジンだ。

 あああ。

 どうしたらいいか分からない。

 こら、笑ってないで教えろ!


 「いや~笑った笑った……。お前はそれでいい! そのままの君でいなさい! わははは!」


 「まだ笑うか! 私は真剣なんだ!」


 「そりゃそうだ。相手だって真剣だったろうさ」


 うっ……。

 じゃあ……どうすれば良かったんだよ!


 「直球も変化球も、あたしみたいな剛速球も効きやしねぇ。どこ投げても打ち返して来やがる。伝説のスラッガー誕生だぜ。……いいか、お前の魅力はそこだよ」


 「どこだよ!?」


 「ある屋敷に、最高の絵が飾ってあってさ……」


 突如、彼女は語り始めた。


 ……その絵は、すげー素敵な絵でさ。

 その屋敷の目玉なんだ。

 もちろん、触ったりしたら怒られちまう。

 だけど誰もが、そいつを持ち帰ってさ。自分の部屋に飾りたがった。

 自分のものにしたかったんだよ。


 ある者は、屋敷の住み込み奉公だった。

 まあメイドでも執事でも何でもいいや。

 毎日その絵を見てたら、自分の部屋に飾りたくなったんだ。

 でも、そいつは屋敷の主人が許さない。

 相変わらず絵はそこにあるけど、その絵は主人のものだからな。


 ある者は、購入を持ちかけた。屋敷の主人にな。

 だけどその絵は売り物じゃない。ケンもホロロに断られたよ。

 そういうのが何人も居た。

 だから諦めたり、仕方なしに違う絵を買ったりしたのさ。


 ある者は、無理やり盗もうとした。

 当然、屋敷の主人にタコ殴りだ。

 それで現実を知ったんだな。おおむねみんな更正したよ。


 ところで、毎日その絵を見てたメイドの中に、変わった奴が居てな。

 その絵が好きで、勝手に触っては怒られ、盗もうとして張り倒されて。

 だから考えたんだよ。バカなメイドだったけどな。

 自分がここで働いてりゃ、毎日この絵を見られる。

 だったら別に盗む必要もない。

 だけど、どうしていつも手を出しては、張り倒されているのかって。


 ――メイドはさ。知ってたんだよ。

 自分はこの絵が大好きだ。

 だけどもっと好きなのは、そうやって手を出して、屋敷の主人とバカやってる事。

 そうする事によって、主人の気を引きたかったんだな。


 メイドが本当に好きだったのは、屋敷の主人の方だったのさ。


 「……最初にお前に会った時。まず、『おっぱい』に目が行った」


 「…………」


 「後は……。言わなくても分かるな?」


 ――さすがの。

 さすがのボクネンジンの私でも。

 そういう事に対し、鈍感が飛行機に乗って飛んでいる私でも。

 彼女が何を話しているか、分かった。

 お前という奴は……。

 おっぱいを絵に例えなくてもいいじゃないか!


 「そんなデカいメイドが居るか!」


 「ふふっ、確かにな。掃除も洗濯も洗い物も得意じゃねぇ。ダーツの腕もヘボだしな。けど、腕っ節は相当強いぜ?」


 「まったく。……その話に続きはあるのか?」


 「そのメイドは、ご主人様とめでたく結婚。そして二人はいつまでも、いつまでも幸せに暮らしました、とさ」


 「200%有り得ん」


 斬って捨てた。

 だが、彼女の言う通りだとすると。

 私の魅力は、イコールおっぱいの魅力、なのか!?

 その事を訊いた。


 「そうじゃねーさ。お前は清楚で美人なお嬢様だよ。でも最初に目が行くのは、そこだからな」


 「うーん、なんか納得行かん」


 「あたしの場合は身長だ。次におっぱい。ま、似たようなもんだ」


 「うーん、そう……だなあ」


 確かにそれは言う通りだ。

 でも、恋人たちが一緒に居るのは、その事があるから……ではないだろう。

 そんなものは、ただのきっかけに過ぎないのだ。


 過去はまあ、仕方がない。

 重要なのは今だ。

 そして未来こそ大切なものだ。

 ただし過去は、未来のための良き教師となる。

 これからは、もう少し。

 相手の言葉や態度の裏を……気に掛けるようにしよう。うん。


 茶を飲み、ひと息入れた。

 もちろん彼女の話はまだまだ続く。

 今度はこんな話を振ってきた。


 「Gスーツ着たお前、カッコいいよな~。あたし好きなんだ。出撃前の、さ」


 「そうか? 別に……」


 「尿道管になりたい」


 「殴らせろ」


 「スーツ姿も好きだ。あたしの世界で、お前ほどタイトスカートが似合う女は居ない。……見るたびに犯したくなる」


 「そこの花瓶取ってくれ」


 「お前さ。本を読む時、メガネ掛けるだろ? それがまたイイ。初めて惚れた学校の先生を思い出すよ。だから今度、ピンヒール買って履いてくれ。金は半分出すから」


 「半分かよ!!」


 「大丈夫だ、先生よりもずっとお前の方が美人だ。可愛いし、スタイルもいい。……本当に大好きなんだ。頭のてっぺんから足のつま先まで、全部あたしのモノにしたい」


 「この……変態が……っ!」


 「今の、タンクトップ姿のお前も最高だ。すげー色っぽい。ノーブラだし、ブラもしてない」


 二回言ったよ。


 「その割には、ふむ。……不思議だな。乳首が立ってないぞ」


 このやろー!!


 「陥没乳首で悪いか!!」


 勢いに任せて叫んでいた。

 デリカシーのデの字の右上のテンテンもない。

 くそ、私が気にしている事を。

 もう怒ったぞ!


 「そーかそーか。安心しろ、すぐにビンビンになる」


 「もうやめー!! あったまに来た!!」


 枕で殴った。

 花瓶には手が届かなかった。

 ずっとコンプレックスだったのに……。

 いてて。少し捻った。


 「大丈夫か? ごめんな、普段言えない事を全部言っておきたかったんだ。隠さずに全部。……調子に乗った、謝るよ。ごめん」


 「ごめんじゃない! 気にしてるんだぞ馬鹿!!」


 「あたしも、身長の事でからかわれたよ。散々さ」


 う……。

 ずるい。


 「だから分かる。もちろん墓まで持ってくし、嫌なら二度と言わない。……肩、痛むか?」


 「あ、平気……だと思う」


 彼女が、私の肩を撫でる。

 今の彼女は、例の冗談めかした笑顔じゃない。

 真剣だ。

 言わないと言うのなら、本当に言わないだろう。

 しかし……。言って良い事と悪い事がある!


 「こんな風に喧嘩出来るのだって、あたしは嬉しいんだ。あたしとタメに喧嘩できる奴、今じゃお前しかいないんだよ」


 「だからって、この……!」


 「調子に乗ってごめん。謝るよ」


 「あ~、もういいよ……。私も相当お前に似たような事言ってるし」


 「じゃあ仲直りだ」


 「え……、ええ……っ!?」


 ……頬にキスされた。


 あああ、あまりに瞬間的に一瞬の秒殺だったから防ぎようが……ッ!!

 急に、急にそんな事するなよ馬鹿!!

 本当に、本気で本当にお前という奴は……!!

 くそ。


 「そういうの……。やめろ、よ……」


 くすり、と彼女が笑った。

 いかん。

 困った。

 すっごい美人だ。


 いやいや、そうじゃない。

 そうじゃなくて。


 「あ~、謝罪を受け入れる。以後注意するように!」


 「……くす。了解しました、大尉どの」


 今度はおでこにキスを……。いやさすがに二度目は分かるぞ!

 馬鹿者。甘いわ。

 逆に彼女のおでこをピシピシと叩いてやった。

 そういうジャレ合いはまだ早いわ!


 まだ、じゃなくて。

 ああもう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る