<ファイル16>

 「……好きだよ。お前の事」


 「――!!??」


 「どーいう意味に取ってくれてもいいや。全部正解だ」


 「!?!?!?」


 「返事もいらない。あたしが勝手に好きって事でいい。……だから、もうちょっと話をしようぜ?」


 す――。

 すき……。

 ――って……。


 いやいやいやいや!!

 えええ~~~~っっ!!??

 いや待った、待って!! あの待て、待て待て!!

 それはその……。

 なん、何を言ってるんだお前は!?


 打ち上げられた鯉のように口をパクパクしている私に、彼女は言った。


 「いや、別にお前は変わんないでいいよ。いつものお前でいいんだ」


 「わた私は前にその、そういうアレは興味があの興味が、――いや変だろう! ……おかしいだろう!?」


 「お前は、道具なんかじゃないって……言ってくれたじゃん。あたし、それが嬉しくってさ」


 ――あの話だ。

 今なら分かる、彼女を変えたひと言。

 もちろんそれは本心で、確かあの日は。

 夜、彼女の告解をひとしきり聞いた後で。

 ……私から、彼女を抱きしめたのだった。


 えらい事をしてしまった。


 だけどあの時は、そうする事が一番良いと思ったのだ。

 これは本心だ。

 それでまた、笑顔を見せてくれるなら――。


 確かにその効果はあった。

 あり過ぎて困った……。


 さらに彼女は続ける。


 「大切なものを見付けて、それを護れって、な? ……だからお前を護ってやるよ」


 「あ~、その、そういう意味では……」


 「大切なものは、とっくに見付けてたんだ。あんまり近くに居て分かんなかったけど、たぶん……。お前の気を引きたかったんだよ。あたしは」


 「え……っ!?」


 「お前が本気で叱ってくれるのが嬉しかった。言っとくけどマゾじゃねーぞ? 真剣に、あたしの事気にしてくれてるって分かったから……。いや、立場上それは当たり前かもしれないけどさ、それでもあたしは嬉しかったんだよ」


 微笑みながら、それでも真剣に話す彼女。

 そうか――。

 好きだ云々はひとまず措いて(措かないとまともに考えられないので)、彼女の今の言葉を考えてみれば。

 彼女は。

 頼れる姐御のレガリスは。

 ……大きな子供でもあった。

 そうだ。

 きっと、誰かに叱って欲しかったのだ。


 彼女は、こんなに体が大きいから。

 同じ階級の者や部下では、「叱る」という行為が出来ない。

 では上官なら?

 その時は、彼女の「女」が邪魔をするのだ。


 どこの基地にも鬼教官が居る。

 しかし、誰が本気で彼女を殴れた?

 殴れやしない。

 男だったら本気で彼女を殴るなど、出来る筈がない。

 彼女は大きいけれど、息を呑むような美人でもあるのだ。

 そんな事が続くとどうなる?


 そう。厄介払いだ。

 こうしてレガリスは、私の許へ来た。

 女であり、上官であり、本気で彼女を殴れる私の許へ。


 彼女の奔放な性生活と、まるで軍規に挑戦するかのような悪行の数々は。

 どこかで、親の気を引く子供のような心理があった。

 そう考えると分かる。

 彼女がやった多くの事。

 そのことごとくを、この私は知っている。


 軍の上官に悪行を知られる?

 それは普通なら自殺行為だ。

 だけど彼女は――。


 いつも、私の見える所に居たのだ。


 セックスなど隠れてすれば良いじゃないか。

 それを吹聴する事に何の意味がある?

 男のように、落とした女の数でも競っていたのか?

 そうではない。

 それは――知って欲しいから。

 この私に知られる事で、彼女は私とより深く繋がりたかったのだ。


 ああ、レガリス。レガリス――。

 馬鹿だな。

 お前は馬鹿者だよ。

 そんな事しなくても、私はお前を見ていたのに。

 目を逸らせるはずがないじゃないか。

 デカくて綺麗で、やんちゃなお前を、私は――。


 ずっと前から――。


 その……。


 見ていた……から。


 「……ばかもの」


 やっと声が出せた。


 「私はお前の上官だぞ? 真剣に向き合わなくてどうする」


 「うん。……ありがとな」


 「あ~、だから今後もだな……」


 「あたし、お前のおっぱいが大好きだ」


 「急に何だよ!!」


 「目茶くちゃ好きなんだ。お前が抱きしめてくれた時、超柔らかくて感動した。最初に会った時、憶えてるだろ? 顔より先におっぱいに目が行った」


 「それは私もだ馬鹿!!」


 「そう、その顔だよ。泣いたり笑ったり、怒ったりするお前と居るのが、本当に大好きなんだ。これからもずっと一緒に居たいんだよ」


 「この……ッ、この……!」


 いかん、手玉に取られている。

 まったく勝てる気がしない……。

 ちょっと真面目に話したかと思うと、すぐこれだ。


 けれども今、その大輪の薔薇のような笑顔を間近に見て。

 何だかもう、細かい事はどうでも良くなった。


 彼女は不思議だ。

 さっきまで声も出せずにいた私が、今ではもう大声で彼女とやり合っている。

 そうさせたのは彼女だ。

 馬鹿で陽気で、涙もろくて助平な美人だ。

 私の部下で、仲間で、大切な家族。

 これからも、それはきっと変わらないだろう。


 常夜灯の、ほの暗い灯りの中。

 ひとしきり、話した。

 そう、それはいつもの……酒の席と一緒だ。

 今宵もまた彼女が隣で、とりとめのない話をするのだ。


 例えば、そうだな。

 こんな話はどうだ――例の噂だよ、ほら。

 私は見たぞ。居たんだよ、あの空に。

 『赤い死神』が……。

 レガリスの驚きようは見ものだった。


 「マジか! 本当に居やがったのかよ……」


 そして、絵本の先をねだる子供のように目を輝かせる。

 ふふん。可愛い奴め。

 お前には、詳しく聞く権利があるからな。

 お前が居てくれなければ、私は生きて帰れなかったんだ。

 私たち皆の勝利だからな。……ステラも。


 「あの時の対空砲火が、死神を牽制してくれたからな。――助かったよ」


 レガリスが、照れ臭そうに笑う。


 「やっぱ、曳光弾ってイイだろ?」


 「ふふっ、駄目なものは駄目だ。でも……ありがとう」


 彼女がバリバリと頭を掻く。真正面からの賛辞に慣れていないのだ。

 いつも叱ってばかりだったしな。

 こういう時の彼女は、中々にまあ何だ、可愛げがあったりする。

 私は言った。


 「しかしあの時、死神と私の距離はほとんど開いていなかった筈だ。あのタイミングで良く斉射が出来たな。……一つ間違えば、私の機に当たっていたぞ?」


 彼女は答えた。


 「あたしも何でだか分かんねーや。だけど、あの時はあれで良かった。確信があったんだよ、何と言うか……」


 しばらく考え、言った。


 「……手を伸ばせば、お前が必ずその手を取ってくれるって分かった。だから……」


 そして、言葉に出来ない何かを飲み込む。

 ――うん。そうだな。

 私には分かるよ。


 古来、戦場には、説明の付けられない事例が山ほどある。

 生き帰った者たちが告げる真実の中に、どうしても物理では解明できないものがある。

 それを私たちはこう呼ぶ。

 「奇跡」、と。


 あの時に見た光は……。

 真昼のグラウンドを照らす眩しい太陽の光は。

 私がここに帰るための、道標の灯りだったのだろう。

 そしてボールは転がり、死神を追い払い。

 それを手にした事で、私は再び帰る事が出来たのだ。


 いつの日か、この話も。

 バーでお馴染みの「潤滑油」になるのかもしれない。

 私はそれを止めようとは思わない。

 が、それはまた別の話だ。


 そして、当のレガリスの話は。

 わずか5分ほどの間に、彼女の部下たちが着用している下着の傾向を無理やり勉強させられた。

 バーンズは赤いパンツを卒業し、今ではゾウさんの柄のパンツを穿いている。

 ――知るか!!

 本当に最低だ。

 楽しかった。

 孤独に耐える筈の夜が、彼女のおかげで彩られている。

 これは感謝せんとな。


 途中、茶を入れるために彼女が席を外した。

 その後ろ姿を目で追う。

 きゅっと締まった尻が、長い長い脚の上で揺れている。

 うむ。筋肉は重要だ。

 私自身も鍛えているから、それなりに自信はあるのだが。

 彼女の前では、ただの脂肪の塊だ。

 ちょっと切ない。


 この、無駄に付いてしまった胸の肉が恨めしい。

 普段は彼女が近くに居るから目立たないが、彼女がこの基地に来るまでは……。

 まったく、嫌になるほど男どもの視線を感じたものだ。

 そして同性の視線も。


 部隊の若い娘たちの中には、妙にスキンシップが好きな者も居る。

 もちろん厳然たる階級というものがあるから、あからさまに触って来たりはしない。

 いやレガリスは常に別枠である。

 そういう子は、例えば訓練後の入浴時などに、変にまとわり付いて来る。

 レガリスは別枠だ。

 色々と体の事を褒めて来たり、背中を流そうと買って出たりするのだ。


 私は風呂には一人でゆっくり入りたい派なので、そうした申し出は断る事にしている。

 すると残念そうな顔をする。

 気にせず触る馬鹿も居る。

 そうした行為は、今まで特に重要とは思わなかったのだが。

 今にしてみると、何となく想像が出来る。

 それは恐らく、憧れのようなものなのだろう。


 私がレガリスの体に抱く、この気持ち。

 それが近いような気がする。

 そういう気持ちを抱く事、イコール同性愛とかそういう話ではない。

 そういう話ではない。

 ないと言ったらない!

 男における筋肉のようなものだ、きっと。

 ただ女の多くは、互いの体に触れる事へのハードルが、男よりは低いのだろう。

 そんな気がする。


 シャワーは個別に仕切ってあるが、平気でそこに押し入る馬鹿が一人居るので、私はなるべく入浴の時間を皆とはずらすようにしている。

 それと、私の体のコンプレックスの事も……まあ、ある。

 だから今では、風呂で若い子にまとわり付かれる事はなくなった。

 そして今ではレガリスが居る。

 若い子たちの関心は、おおむねそちらへ移行したようだ。


 別に寂しいとは思わない。

 いや本当に。

 ただ、そう考えると。

 ……実は、私って意外とモテるのではないか!?

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