<ファイル4>
「軍を金儲けに使うのは否定しねーよ。でも、あたしらに還元しないのは許せねーからな」
そう言って彼女は笑った。
別の場面なら、惚れ惚れするような笑顔だろう。
私は考えた。
この女は、何故ここに配属された?
その手腕は明らかに一介の軍曹の成せるものではない(特に個人戦闘能力)。
彼女を寄越したのは誰だ?
噂では、厄介払いと聞いている。
その噂には非常に頷けるものがあるが、果たして本当にそれだけなのか?
彼女の前歴をつぶさに検討する。
……素晴らしい。
部隊の高い生存率、高い士気、高い功績。
どれもが目を見張るレベルにある。
例えば彼女がまだ新兵だった時期、南方の戦線において、士官を含む十四名の捕虜を救い出したとある。
それも、ほぼ彼女の独力で、である。
十四名もの捕虜を救った――。
これは……勲章ものではないか。なぜ厄介払いなどと噂されたのか。
されど少々、ギャンブル癖と言うか――何事も勝ち負けで解決したがるきらいがあった。
一応法規は守っているが、素行の悪さは大概だ。
例えば、新兵を犯す。
広報を犯す。
上官も犯す。
気に入らない上官は殴り飛ばして病院送り。
……いやこれ厄介払いのレベルじゃないだろ!
なぜ除隊にならないのだろうか。
そしてまた。
私自身も知っている、彼女の明確な「兵士としての欠点」がある。
彼女は軍に対し、明確な非難をしているのだ。
それは、少年兵の起用に関する項目だった。
この文章はお前しか読まないはずだから、細かい説明は省こう。
だが、第三者に読ませる体で書け、とお前は言った。
だから最低限の説明をしておく事にする。
我が軍の主力兵器は、少年兵によって運用される。
それは完全に正しい訳ではない(私自身もその兵器のパイロットである)。
されど、その主力兵器をもっとも有効に扱えるのが、十代半ばの少年兵である事に変わりはない。
若さゆえの反射神経が求められるからだ。
よって年端も行かぬ若い世代が戦場へ向かう。
彼女にはそれが許せない。
「こちとら、お前らの代わりに死んでやるためにここに居るんだ。あたしの仕事を盗るんじゃねーよ!」
そういう事らしい。
主張は立派だ。博愛精神が旺盛なのだろう。
そして戦況は、それが通るほど甘いものではない。
それも彼女は分かっている。
分かった上で、なお彼女は主張する。
おっかない敵が来たからって、てめーの子供に尻拭いしてもらう親がどこに居るんだよ。
大人が子供を護るんだよ。
子供に護られてどーすんのさ。
……それが出来れば苦労はしない。
少年たちは、彼ら自身が生き残るために戦うのだ。
そんな理屈は百万回も聞いたよ。
しかし事実だ。
だから彼女は実践している。実践し続けている。
彼女が戦う事によって救われる未来が一つでもあるなら、彼女は戦う。
彼女はそういう女だから。
そして、公然と上層部を非難する者が出世できないのは世の常だ。
よって彼女は今でも、これだけの功績を上げながらも、その身分は軍曹のままだ。
彼女が彼女である限り、この事実は変わらないだろう。
「厄介払い」という噂は本当だった。
されどそれは、彼女が使えないという事ではない。――断じて、ない。
今まで誰も彼女を上手く使えなかっただけの事だ。
ならば。
この私なら。
「……マクルーア軍曹。我が隊は君を歓迎する」
いきなり抱き付こうとしたので花瓶で殴った。
「敬礼しろ!」
「拝命します。……レガリス、でいいよ」
「マクルーア軍曹。床の掃除をしろ」
「あたしがやったんじゃないじゃん!!」
「早くしろこのデカ女!!」
こうして、彼女は仲間になった。
何度も何度も書く。
最初の印象は、本気で本当に最悪だった。
ただし、彼女が私に絶対に勝てない事もある。
と言うより、傲慢な言い方を許してもらえれば、「他のほとんどの人間がこの私に勝てない事」となる。
その事実を基地で知らない者は居ない。
例外はもちろん、入隊したばかりの彼女ただ一人だ。
その話はぜひ書いておきたい。
浮かれた新顔の鼻っ柱を叩き折るのは、今後のために必要だ。
あれは彼女の歓迎会だった。
いきなり男連中の股間を撫でまくる暴挙に出た馬鹿に、この私が厳しい制裁を与えたのだ。
その内容は「飲み比べ」で、彼女と私の一騎打ちである。
もちろんお前は結果を知っているな?
私が飲み比べをする場合、通常とは違う賭け方になる。
普通はどっちが勝つか、である。
しかし私が参戦する場合、賭けるのは「10」とか「20」などと書かれたプレートに賭ける。
確かこの時は「50」が一番人気で、「40」がその次、「30」と「60」がそのまた次の人気だった。
……最初は余裕だったな、レガリス。
で、結果だ。
丸一時間後には、床に大の字になって盛大にいびきをかく巨大なオブジェがあった。
私は当然涼しい顔だ。
この私を相手に、都合70杯もショットを飲むとは大した奴だ。史上初の快挙だな。
もちろん賭けのプレートはショットグラスの単位である。
小さなグラスではあるが、中身はもちろんストレートだ。
「私の相手をする可哀想な犠牲者が、一体何杯まで耐える事が出来るか」
これにみんな賭ける訳だ。
どっちが勝つか、という次元ではないのである。僭越ながら。
それでは賭けにならないのだ。
これが『アイアンメイデン』の実力だ。どうだ参ったか。
「いや~参った参った、完ッ全にあたしの負けだ! お前目茶くちゃ強ぇんだな。生まれて初めてだよ、酒で負けたのは」
「大尉どのと呼べ。本気で私に勝ちたければ、お前自身をあと四、五人は連れて来い」
「おうよ、いつか絶対に勝ってやるからな? また真剣勝負しようぜ!」
「何度やっても結果は変わらん。何度でも相手になってやる」
「気付いたら自分の部屋で寝てたんだけどさ、あたしそんなに寝相悪かった?」
「五人がかりで連れて来たんだ! 牛かお前は」
「まあ、あたしも女だ。認めるよ。お前にあたしの体を自由に出来る権利を与えよう」
「ではこのモップを持って講堂に集合だ」
「そういう自由じゃなくてさぁ~……」
……という訳で、自由気ままを人の形に切り抜いた彼女でも、この私にだけは一目置くようになったのである。
なあ、レガリス。
あの夜は楽しかったよ。
また勝負しような。何度でも。
悪い事ばかり書いてしまったので、良い事も書いておきたい。
先ほど、彼女の博愛精神について書いた。
彼女のそれを超えるには、聖者にでもなるしかないのではないか。
そう思えるだけの根拠がある。
見ず知らずの人間にも、平然と話しかける。
重い荷物を持つ者が居れば、それを肩代わりする。
病気の仲間のためにタオルを絞る。
誰彼となく共に飲み、共に食い、同じ話題で盛り上がる。
笑える映画では爆笑し、泣ける映画では誰よりも多く涙を流す。
そして、困っている仲間を放ってはおけない。
そんな彼女に、我々はつい共感してしまう。
感情の生き物である。
社交性の塊だ。
彼女と数分も話せば、もう彼女が掛け替えのない存在になっている事に気付かされる。
それは才能だ。天賦のものだろう。
幼い頃からこうした性格でないと、こんな風に成長できるものではないはずだ。
必要以上に巨大な体躯の彼女だが、小さな少女の時代もあっただろう。
この社交性があればこそ、軍という特異な環境で、彼女の地位を独特のものにしているのだと感じる。
そして……。
彼女はまあ、何というか、いわゆるその、「助平」である。
要するにエロい。
そうした事が大好物であり、そうした行為は彼女にとっての水や酸素であり、それは相手を一切選ばないという点で顕著である。
これは非常に困った事である。
私は彼女を監督するという立場にある以上、あまり色々と掻き回されると困るのだ。
だから何度も注意をしたが、当の彼女はどこ吹く風だ。
軍規に恋愛を禁止する項目なんかないよ、などとほざく。
それでも軍人は民間人の手本となるよう己を律して行動しろ、と私が言う。
「な~にをそんなに怒ってんだい。みんな喜んでるぜ? 特に最近入ったあの若い事務の子なんか……」
「貴様、もう食ったのか!」
「え? うん、食った」
「馬鹿者! 相手はまだ十代だぞ!? ……女だぞ!?」
「……それが?」
「それがじゃない! シロアリかお前は! 以後そうした行為は禁止だ、これで何度目だと思ってるんだ!!」
「そうした行為って? 受け付けさせながら下で色々いじった事?」
「そんな事までヤッてるのか! 貴様は正真正銘の馬鹿か! 次にヤッたら独房入りだぞ!!」
「え~……。うん、じゃあ、もう下でいじるのはやめとく」
「そういう話じゃない馬鹿者!!」
私の忍耐にも限度がある。
毎回その限度の先を超えられる。
どうにかしてこの猿を繋ぎ止められないものか。
「人類みな兄弟」という言葉が現実味を帯びてしまう。
きっと、普通の人間とは違う倫理観の下に彼女は生きているのだ。
セックスとそれに類する行為は、彼女の中ではただのスキンシップの延長であり、互いの溝を埋めるためのコミュニケーションの一つに過ぎない。
問題なのは彼女が「女」であり、しかもすこぶる美人である点だ。
そして彼女の体躯と筋力は、個人戦闘において世界有数の実力を有しているのだ。
組み伏せられたら終わりだ。
さらに彼女の社交性は群を抜いている。
一人の女を取り合っての修羅場、というものがない。
その女がレガリスである限り、誰も彼女を縛ろうなどと思わないからだ。
むしろ、同じ経験をした者同士で結束が深まったりする。
彼女が来てから、この基地は変わってしまった。
数字の上では非常に良好な結果が出ている。
冗談ではない。
前述の、基地内における麻薬の掃討作戦なども行ったが故に。
私個人として、一応は基地の総司令官と(極めて細いながらも)パイプを持っている。
そして司令は実に厳格なお方である。
若い頃には大変な苦労をされたと聞く。
……レガリスの事を知られる訳には行かない。
まったく。
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