<ファイル13>

 「大尉っ……! 機が……っ!!」


 「……!?」


 制御が……利かない……っ!?

 ……さっきの被弾か!!

 機を……水平に……!

 ……っ!!

 フラップが……千切れたか……っ!!


 「大尉っ! このままだと街に……!」


 「…………!」


 「大尉っ!!」


 「信じろっ! 私はエースだ! 我々は必ず帰還する!!」


 「はいっ!」


 「周辺に退避勧告!」


 「はいっ!」


 「消防に連絡!」


 「はいっ!」


 「合図をしたら車輪を出せ!!」


 「ええっ!? 気でも狂ったんですか!!」


 「いいから出せ!」


 「無理です! 街の上ですよ!?」


 「外を見ろ! 港だ!!」


 港湾整備で使われていない埠頭があるはずだ。

 そこを、滑走路として使う。

 ただし――長さは四百メートル。

 空母のように着艦設備がある訳ではない。

 この機もSTOLではない。


 自殺行為だ。

 だが――やるしかない。


 「ステラ。――聞け」


 「聞いてます!」


 「車輪を出したら、お前は脱出しろ」


 「はいっ!? 脱出!?」


 「この機は街から海に向かっている。ぎりぎりまで待つんだ。着水したらすぐに無線で救助を呼べ」


 「嫌です! できません!!」


 「脱出だ! 聞こえなかったのか!?」


 「無茶ですよ! ナビゲートなしに、そんな……っ。不可能です! 激突して――」


 「脱出しろと言っている! 命令だぞ!!」


 「絶対に嫌です!!」


 「馬鹿者!! 私の言う事が聞けんのか!!」


 「聞けません!!」


 「いい加減に――」


 「私は死にませんっ!!」


 「……!?」


 「死んでやるもんかっ! 最後まで戦わせてください! 私はナビゲーター……。いや、あなたのパートナーです!!」


 「馬鹿者!!」


 「私は家族です!!」


 ――家族。


 「私はみんなが好き……。レガリス姉さんも! 大尉の事もみんな好きなんです!! だから近くに居させてください!!」


 みんなが好き。

 ………………。

 ――馬鹿者。


 「……聞いてくれ。ステラ」


 「聞けません!」


 「いいから聞くんだ! 私は飛ぶ、そして戦う。――私はエースだ。だがそれは才能があるからじゃない。……飛ばなければ、戦わなければ生きていけないからだ!」


 「……!?」


 「飛ぶ事が……戦う事が私の生き甲斐なんだ! ステラ!! 私を解放してくれ!!」


 「ばかっ!! 勝手な事言わないで!!」


 「ステラ!!」


 「あなたは私が護るから!!」


 護る――!


 「――車輪だ!」


 「はいっ!」


 「……いいか、これが最後のチャンスだ。……脱出してくれ」


 「嫌です……っ!」


 「では掴まれ。……絶対に離すなよ」


 「……!?」


 「何が『私が護る』だ、このヒヨッ子。それは私の役目だ。……私の仕事を盗るなよ」


 「大尉……!」


 「お前は私が絶対に護る! ステラ! お前は私のパートナーだ、大事な家族なんだ! だから信じろ!!」


 「信じます!!」


 「来るぞ! 掴まれ!!」


 衝撃。

 機体が弾み――。


 すぐに何も見えなくなった。


 闇……。


 …………………………。


 …………………。


 …………。


 『大尉……? 大尉……っ!』


 何だ……。お前……。

 ステラ、か……?


 『良かった……。上方に明かりが見えます』


 ああ、明かり、か……。

 今、何時だ……?

 すまんが、もう少し寝させてくれ……。


 『大尉! 起きてください! こんな所で寝たら風邪をひきますよ?』


 いいじゃないか少しくらい。

 お前は私の母親か?

 いい子だから、そこで絵本でも読んでいろ。

 私は眠いんだよ……。


 『駄目ですってば。またレガリス姉さんに襲われますよ?』


 なに、レガリス?

 あいつか。

 あいつの事など放っておけ。

 どうせまた、その辺の男を見付けてイチャイチャしてるんだろ……。


 『何言ってるんですか大尉。レガリス姉さんが好きなのは、大尉だけなんですよ?』


 なに? ……馬鹿かお前は。

 あいつの性遍歴を知らんのか。

 この星を見ろ。……ほら、無数に輝いてるだろう。

 これがみんな、あいつの男って訳さ。

 おっと、女も混じっているな。

 まったく……。先が思いやられるよ……。


 『本当に……。そう思ってます?』


 当たり前だろ。だってあいつは……。


 『まだ……分からないんですか?』


 何がだよ……。

 こんなに眠いのに、お前という奴は……。


 『……ほら。光ってますよ? どんな星よりも大きく、強く――』


 お……。おいおい、眩しいじゃないか。

 目が覚めてしまうぞ。

 ステラ、カーテンを引いてくれ。

 早くしろ。命令だぞ……。


 ……おっと、これは?

 おいおい、ちょっと待て!

 待て待て! まだ私は――。

 心の準備が……。


 『素敵な鋼鉄の処女さん。私がナビゲート出来るのはここまでです。……早く起きないと、あの光……。またすぐ消えちゃいますよ?』


 やめろ! おい!

 だって私は……。

 女だし上官だし処女だしあああ。


 まったく。

 まったく本当に。

 本気で本当に仕方のない奴だ!

 仕方がないから、私が居てやる!

 ほら、手を伸ばせ!

 お前の手なら届くだろう。


 さあ、私を見付けてくれ。

 この手を取るんだ。

 そうしたら……。

 私も、お前を……。


 ああ……。

 何だか、いい気分だ……。


 …………………………。


 …………………。


 …………。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


  ぐごー。ぐごー。

  にんげんたちは、 すっかり ねむって います。

  いましか チャンスは ありません。


  まっくろカラスは、 しずかに しずかに

  いえのなかを さがしました。

  ぬきあし さしあし しのびあし――。


  やがて、 へやのおくの とびらの すきまから、

  あかりが もれているのを みつけました。


  (きっと あそこに いるに ちがいない。)


  ちかよって のぞいてみると――。


  てんじょうに つるされた とりかごから、 なんと。

  まなつの たいようの ような、 あかるい ひかりが

  さしているでは ありませんか。


  (――にじいろインコだ!)


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 ……ああ、もう夕方か。

 ずいぶん寝てしまった……。


 …………………。


 ――いや待て!

 ステラは!?

 ……機体はどうなった!?


 「痛ッ!?」


 「バカヤロー、まだ寝てろ!」


 れが、りす……?


 レガリスが居る。

 心配そうに私を見ている、いくつもの瞳。

 私の隊だ。

 ここは……病室か?

 私は――、生きているのか……。


 「……戦況は……?」


 「大勝利さ。お前が親玉をファックしたからな。……今は寝てろ」


 「そうか……」


 「心配掛けやがって。生きた心地がしなかったぜ」


 「…………」


 その場全員から漏れる、安堵のため息。

 負傷者は……。うん、どうやら居ないようだ。

 スターゲイザー、レインメーカー、ファルコンアロー。……よし、全員揃っている。

 ジャガーノート隊は……どうせ殺しても死なん。

 私が一番の負傷者か。ふふっ、当たり前だな。

 あれだけの無茶をしたのだから。

 命があっただけ奇跡だ。


 そうだ、大事な事を訊かないと。


 「……ステラは?」


 「今話すよ。……お前ら、ちょっと外せ」


 背中に冷たいものが奔る。


 「ステラは!?」


 「早く出て行け!!」


 「ステラは!? おい、ステラはどうしたんだ!?」


 レガリスが、振り返る。

 あの表情は何だ?

 今まで見た事がない、何か……。

 寂しい、ような……。


 彼女が、告げた。


 「……死んだよ」


 「――!?」


 「あの子は死んだ。……お前が起きるだいぶ前にな」


 「……うそ……」


 「いや……。本当だ」


 「嘘だ!! だって約束したんだ……私が護るって約束したんだ!!」


 「…………」


 「だってあの子……。死なないって、言ったんだぞ……? 私は死なないって、言ってたんだ……」


 「…………」


 「みんなの事が好きだって……。そうだ、お前の事も言ってたぞ!? レガリス姉さんが好きだって……! あの子、は……」


 「…………」


 「ステラ、は……」


 「…………」


 「……そうか。――死んだ、のか……」


 14歳。

 まだ14歳の少女、ステラ。

 ナビゲーター候補生。

 初めての実戦で……。

 ………………。

 死んだのか。


 最後まで私と共に居る事を願った、ステラ。

 最後まで戦ったあの子。

 私のパートナー。

 私の……。大切な家族が。


 あの時――。

 脱出させていれば……っ!!


 「私が殺したんだ……」


 「いや……」


 「私が殺したんだよっ! 私があの子を殺した!! あの時無理やりにでも脱出させればあの子は生きていたんだよっ!!」


 「それは……」


 「私のせいだっ! 私が殺したようなもんだ!! あの子は助かったはずなんだ、助けられたはずだった!!」


 「……もういい」


 「元々あの子は後方支援だった! 乗る予定のない機に、私が乗せてしまったから……っ!」


 「…………」


 「私がっ!! ……私が……っ! 何がエースだっ!! あの子一人護れなくて何がエースだ!!」


 「…………」


 「あの子には将来があった! 未来があったのに!! 私が奪ってしまったんだっ!!」


 「…………」


 「あの子に言ったんだ……。お前は私のパートナーだって。お前は私の家族だって!! 約束したのに……っ!!」


 「…………」


 「私が死ねば良かった……っ」


 「もういいんだ」


 何か柔らかいものが私を包んだ。

 力強く、優しい、それ。

 レガリス――。


 「もういい。大丈夫だ。……ありがとう」


 「……!?」


 「帰って来てくれて」


 「……!」


 そして私は泣いた。

 ただ、泣いた。

 子供のように。

 レガリスの優しい胸に包まれながら、泣いた。


 ステラ。

 ステラ――。

 ごめん。

 ごめんなさい。

 約束を、守れなくて……。

 お前を護ってやれなくて。

 大切な家族を、護る事が出来なくて。


 ごめん……。


 …………………………。


 …………………。


 …………。

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