<ファイル22>

 いつまでも、ここにこうしている訳には行かない。

 それは分かっている。

 朝という奴は、夜が終わらないと来てくれないからだ。

 ふと見れば、レガリスも神妙な顔つきだ。

 私と同じ事を考えているのだろうか。


 「よぉ。今夜は一緒に寝るか?」


 「帰るわ! 第一、どこに寝るスペースがあるんだ馬鹿者」


 「上か下か、好きな方で」


 「私は怪我人だ!」


 「じゃあさ、もう一杯付き合え。その間にゲームをしよう」


 「はぁ!?」


 嫌な予感しかしないが、もう一杯と聞こえてしまった。

 その上、冷蔵庫から取り出されたのは……、シングルカスクの12年物のスコッチだった。

 まったく、お前という奴は!!

 こんなの……飲んじゃうじゃないか!!


 おい待て、グラスの使い回しはこの酒に失礼だぞ。

 そうだ新しいグラスを探して来い。

 それでいい。しかし最初に言っておくぞ。

 これで最後だ。これが空いたら私は自室に……。


 「んじゃ、ゲームの内容を説明し――」


 「断る」


 「いやいや聞けよ! 大事な備蓄をお前のために開けるんだぜ? しかも二本も」


 「軍規違反だ。私がひと言報告すれば――」


 「じゃあ体で払え」


 「ゲームの内容は?」


 という訳で、内容を訊いた。

 まず、先手が後手に質問をする。

 質問の内容は何でも構わない。どんな事を訊いても良い。

 ただし、答えようがない質問――相手が絶対に知らない情報など――は不可だ。


 そして、後手がその質問に答える。

 答えられれば後手の勝ち、答えられなかったら先手の勝ちだ。

 勝った方が酒を飲める。


 ここまでが一回戦で、次は先手後手を入れ替える。

 もちろん嘘をついたり、誤魔化したり、押し黙ったり、取り乱して発狂したら負けである。

 制限時間は十秒。


 ……常に冷静沈着なこの私が、取り乱すとは笑止千万。

 発狂などするはずがない。

 しかも相手はレガリスだ。頭の出来も知れたものだ。

 この勝負、もらった。

 さあ、とっとと始めろ。


 「パンツ何色?」


 「うぉうえぅっ!?」


 「十秒以内だぞ?」


 「この……、この……っ! お前という奴は……」


 「はい五秒~」


 「ぐぬぬぬ……!」


 ……負けた。

 エースの私が。

 レガリスなんかに。


 「じゃあ先に頂くぜ、白パンツちゃん」


 「何で知ってる!!」


 「青とかピンクも持ってるだろ」


 「だから何で知ってる!!」


 「そーじゃねぇかと思ってた。ただの勘さ」


 「く……っ、この……」


 「ちなみに、あたしゃ黒です」


 「別に訊いとらんわ!」


 「いや可愛いのもある。実は結構持ってる。でもキャラに合わないんだよな、好きなのに」


 「スーパー訊いとらんわ!!」


 「んじゃ二回戦行こうぜ。いやぁ美味いなこの酒」


 「ぐぬぬぬぬ!!」


 「言葉をしゃべれよ文明人」


 思わず銃を探った。本当にこの猿は……!!

 ……まあ、いい。落ち着け私。

 次に勝てばいいのだ。

 勝ち続けてそのボトルを必ず空にしてやる。


 さて、何を訊いてやろう。

 どうやったらこの雌ゴリラを血祭りに上げられるだろう。

 すでに私の中では違うゲームになっていた。


 「平時において我々が、防衛大臣の許可なく国外で武力を行使する場合、国際法に抵触しない事例を三つ以上答えろ」


 「そうまでして飲みてーかよ!?」


 「飲みたい」


 ……という訳で、圧勝。

 ふん。コツを掴めば大した事はない。

 問題は次の質問だが……。


 「ブラのカップは?」


 「この俗物が!!」


 この私が連敗するとは……っ!

 何たる屈辱。

 しかもその上――。


 「Hカップ、ってとこか」


 「何で知ってる!!」


 「モノによっては、Iカップだな」


 「だから何で知ってる!!」


 「初めて逢った瞬間からさ。あの感触は忘れねーよ」


 「最悪の出会いだったわ!!」


 「ちなみに、あたしゃKです」


 「別に訊い……てかデカイな!!」


 「さ~て次行くか」


 この馬鹿猿には教育が必要だ!

 くそ、絶対に答えられん質問をしてやる。


 「お前が……今までに抱いた相手の人数を答えろ!」


 「もう切り札かよ!!」


 「頂くぞ」


 これで二勝二敗。まだまだ行くぞ。

 どうせこいつはスケベな質問しかして来ない。

 だったら答えてやろう。ああ答えるとも。

 こいつが誰にも話さなければいいだけの事。

 さあ、覚悟を決めたぞ。どんと来い。


 「オ〇ニーは週何回?」


 「刻むぞ貴様!!」


 「ちゃんと答えろよ」


 「ぐぬぬぬ……!」


 まさか、まさか三連敗とは……っ!

 こんな性欲と筋肉だけの女に私が負けるなど……っ!

 この雌ゴリラが……っ!


 「……まぁお前の事だから、普段はせいぜい週に1回か、多くても2回だろ。……でも、ストレスが溜まると相ッ当~に増えそうだな」


 「何で知……」


 ボトルで殴った。

 振りかぶって殴った。

 念のため、もう一発殴った。


 いいか良く聞け……。機密の漏洩は銃殺刑だ……。もし漏洩したら、その時は……。この日本国のどこに隠れていようが、いや世界中どこであろうと……。必ず、必ず見付け出して……。正統な報復を……。

 ……何か言う事は?


 「あーれ~、犯されるぅ~」


 殴った。ごん。


 「いやあ、今の表情最高だったぜ」


 「死ね。土に還れ。カニとジャンケンして負けろ」


 「ちなみに、あたしゃ一日に平均……」


 「訊いとらんわ!!」


 分かった。もう分かったぞ。

 これはゲームの名を借りた闘い、いや果たし合いだ。

 酒はただの飾りにすぎない。

 心の中の恥部をさらけ出させて、今後の付き合いを有利に進めるための駆け引きなのだ。

 こいつは最初からそれを狙っていたに違いない。

 お互いの心を削り合い、そして叩き折った方が勝つのだ。


 私は完全に理解した。

 「答えられない質問」だけでは駄目なのだ。

 それだけだと、ただ目の前の勝負に勝てるのみ。

 本当の勝負はその先にあるのだ。

 真に勝つには、そこまで見据えた質問をしなくてはならないのである。


 ここで考える。

 レガリスが、この先ずっとその質問の意味を考えるような……そんな内容の質問は?


 すぐには思い付かない。

 この女は、自分の弱みを晒す事については、意外なほどに無頓着であるからだ。

 素直に負けを認める。

 相手の方が優れていると分かれば、称賛を惜しまない。

 本当にいい奴なのだ。

 いや、褒めてどうする。


 ――ならば。

 違う発想から攻めてみるのは?

 レガリスは強い。自分が望むあらゆる勝負に勝ち続けるのが彼女だ。

 唯一、私は酒で勝ったが、こんな事は例外中の例外だ。

 だがその強さも、生まれついてのものではなかろう。

 小さな少女の時代もあった筈だ。


 そこで思い付いた。

 純粋に興味もあったので、こんな質問をした。


 「お前の……初恋について詳しく語れ」


 絶対に勝ったと思った。

 しかし即答された。


 「初体験か? 11歳」


 「初体験じゃなくて初……てか早いな!! ……11歳!?」


 「まあ早いわな。実はその前に、施設のお姉さんとイチャイチャした事はある。これカウントする?」


 「知らんわ……。何だか凄い環境だな」


 「そのお姉さんが、これまたすげ~えっちでさ。最初にそっちを憶えちまったよ。おかげで初体験は散々でなあ。ただ痛いだけで、全然良くなかったよ」


 「う……。痛いのか……?」


 「安心しろって。優しくするって約束したろ?」


 「しないと約束したろーが!!」


 「ま、あたしの勝ちだな。貰うぞ?」


 「待て待て駄目だ! 私が訊いたのは『初恋』だぞ? 誰が初体験など……」


 と、ここで気付いた。

 「施設」のお姉さん、だと?

 そうか。資料によると、レガリスは確か……。

 戦災孤児、か。


 レガリスの、若い兵たちに対する想いは。

 もしかすると、自身の体験から来るものなのかもしれない。

 豪放磊落でいつも明るい頼れる姐さん。

 そんな彼女だって、戦争の犠牲者の一人なのだから。


 「初恋、ねぇ……」


 グラスを見つめながら、レガリスが言う。

 その口元には未だ笑みが浮かんでいるが、その瞳はグラスよりもずっと遠い先を捉えている。

 恐らくは、この時。

 これまで誰にも語らず、そして自身も忘れ去っていた過去を、グラスの先に捜していたのだろう。


 沈黙は数秒だった。

 晴れやかに笑って、彼女は言った。


 「話せば、たぶん長くなる。十秒ルールはナシにしてくれ」


 「構わんが、せっかくの酒が温くなるぞ」


 「あ~、んじゃ仕方ねぇ。一時停戦だ」


 彼女は苦笑いしつつ、お互いのグラスに酒を注いだ。

 もちろん私も停戦には同意だ。

 今宵、二度目の乾杯をして。

 そして彼女は語り始めた。


 「前に……。雪中行軍の時か。あの時にも、お前に話そうとしたんだよ。――初恋の話を」


 なに――?

 思わず眉を上げた。


 「そしたらお前、いきなり『却下』ってさ……。せっかく話す気になったってぇのに」


 思い出した。

 『まっくろカラス』だ。


 おおきな もりの おくふかく。

 とりたちの らくえんが ありました――。


 今でもはっきりと憶えている、子供の頃に読んだ絵本。

 その出だしがこの言葉である。

 いや、お前……。

 まさか、それが初恋の話だなんて思うか!?


 恐らく相当に驚いた顔をしたのだろう。

 そんな私を見て彼女は微笑み、ゆっくりと話し始めた。

 ……驚愕の内容を。


 もう20年くらい前になるか――。

 あたしもさ。普通の子供だった時代もあるんだよ。

 施設ん中で、似たような歳のガキ共とつるんでさ。

 あの頃は、ほら。平和とまでは行かなくても、一応落ち着いてたからな。戦況もさ。

 お前も憶えてるか?

 お前みたいな軍人一家のお嬢様でも、あの頃の空気は憶えてるだろ。


 信じられないかもしれねーけど、仲間内じゃあたしが一番チビでさ。

 本当だってば。笑っちゃうだろ?

 一番年下ってのもあったな。あと、ガキの頃は食が細くてさ。

 こんなに育つとは思ってなかったよ。


 周囲も、男ばっかりでさ。

 女はあたし以外、みんな歳が離れてて。

 だからいつも、男に交じって遊んでたよ。

 そんな時さ。初めてあの子に出会ったのは……。


 ほんと、絵本の中から出てきたみたいだった。

 お前も憶えてるか? そう、『にじいろインコ』だよ。

 あの絵みたいに、本当に素敵でさ。

 思わず声を失っちまったよ。


 水色のドレスを着ててさ。

 ボールを拾ってくれたんだ。


 「――――!!??」


 ぱりん。

 グラスを噛み割ってしまった。


 「うおっ? 何やってんだよお前!!」


 「ありがおまふぇ、えべべべっ!?」


 ち、血がーっ!!

 くちびりゅ……ティッシュ! ティーッシュ!!


 …………。

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