<ファイル6>

 いい加減、私自身について書かねばならない気がしてきた。

 しかし彼女の話も続けたい。

 こんな文章を何万枚書いた所で、お前の気持ちが変わるはずもない事は、私が一番良く知っている。

 お前の事なら何でも知っているからな。本当だぞ?

 私はお前の上官だからな。

 仲間だし、家族だし、こ……。

 こっ、ここに来てからずっと一緒だしな!


 ……冷房の効きが悪い!


 危うくここで筆を置く所だった。

 これでは負けてしまう。

 ひょっとして、そうなる事を読んでいたのか?

 甘いぞ。

 甘いぞマクルーア軍曹。


 書いている間の状況まで、しっかり書けと言っていたな。

 ああ、書くさ。

 書いてやるとも。

 今、私は、お前の事だけを考えている。

 どうだ満足か?

 お望み通りだろ。

 くそ。


 大丈夫、まだ行ける。しっかりしろ私。

 たっぷりと文章を費やした方がお前を焦らせるはずだ。

 焦らされて頭でも搔きむしればいいのだ。

 この馬鹿が。

 デカ女。

 ビッチ。

 大すk<強制停止されました>


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 


  まっくろカラスは ききました。


  「このもりで いちばん うつくしい とりは だあれ?」


  とりたちは こたえました。


  「そりゃあ もちろん、 にじいろインコさ。」

  「そうだ そうだ。 にじいろインコだ。」

  「ほら みてごらん。 あそこに いるよ。」


  まっくろカラスが やまのてっぺんを みてみると、

  そこには まるで、 にじのように うつくしい

  いちわの インコが おりました。


  「わあ、ほんとうだ。 まるで にじのように きれいだね。」


  まっくろカラスが おどろいて いいました。


― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 <再起動します>


 ……前の行からこれを書くまでに30分以上かかっている。

 危なかった。

 今のは思考記録のバグである。

 バグと言ったらバグなのだ!

 私が何もそんな事を思っていないのに、勝手に文章にするからいけない。

 困ったものだ。

 冷たい水を二杯飲んだ。

 まだまだ続けられるぞ。

 偉いだろ。


 だから、褒めて? ……くれても構わんぞ別に。


 さて、続きだ。

 私自身の話だった。

 とは言え私は、それほど大層な人間ではない。

 お前の所業や特徴を並べた後で書くのだから、なおさら普通の人間に見えるだろう。

 それに、どうせお前は私を詳しく知っている。

 だから軽めに済ませよう。


 容姿は、並。

 隊の内外で時おり「美人」と形容される事を知ってはいるが、それは軍隊式の誇張が多分に含まれているはずだ。

 何故なら、それは事実と異なるからだ。

 私自身の評価は並である。

 もしかしたら、このやや冷たい印象を与えている(らしい)瞳のせいで、実際のランクはもう少し下がるかもしれない。

 まあ、別に構わない。容姿で戦果が変わる訳ではない。


 ただし唯一、レガリスだけは私の事を「可愛い」と評する場合がある。

 断言するが、それは間違いである。

 誰が何と言おうと間違いだ。

 むしろ、可愛げのなさにかけては、我が基地においてエースを名乗れるのではないか。

 ……と、自分では思っている。


 そして、この顔の傷。

 唇に残る、薄いがはっきりとした傷の痕がある。

 この傷の由来は戦闘行為ではない。教練でも実務でもない。

 傷付けたのは私自身だが、自傷ではない。

 ある事故が原因なのだが……。まあその何だ。

 あー、そのうち書く。と思う。……たぶん。


 他はまあ、特に書く事もない。

 髪も瞳の色も、黒。

 どこにでも居る地味な女だ。

 それが私である。


 ほら、やっぱり大した話ではなかっただろう。

 私はただのお堅い軍人だ。

 こんな話よりも、お前の話を続けようじゃないか。


 階級では私が上、年齢では彼女が二歳ほど上。

 そんな私たちが、こうした関係になるまでの話だ。

 だから違う! 同じ部隊の仲間という意味だ。まったく。

 言うまでもなく私たちは女同士で、だから私は彼女の度重なる攻勢にいつも辟易していた。

 今は……今でも。今でも、だ。


 しかし。

 あの夜の私は……私たちは。

 そうなるしかなかった、のだ。

 だから流された。

 ただ、流された。

 そう思っていた。


 流されたのは事実である。

 「ただ」、ではない。


 私は流されたかった。

 今なら分かる。

 溺れてしまいたかったのだ。

 私自身、気付かなかった事。

 でも彼女は知っていた。

 そして、本当は私も。


 一時の気の迷いなどではなかった。……と思う。

 自由の利かない体で、それでも必死に……彼女を。

 私の持つ常識の鎧なんて紙切れに過ぎなかった。

 私は塗り替えられてしまった。


 私の体の小さなコンプレックスまで、彼女は「愛する」と……。

 そう言ってくれた夜。


 ……駄目だ。駄目駄目。

 書けない。これ以上は。

 でも書かなきゃ。


 トイレに行って来た。

 違う、そういう意味じゃない。ただの普通の生理現象だ。

 そんな事するもんか。


 あ~、気を取り直して。

 チラッと私のコンプレックスの事に触れたが、彼女にもその手の話がある。

 何度も書くが彼女はデカい。

 それこそが彼女のコンプレックスではあるのだが、彼女の場合はその、何と言うか。

 極めて特異な方向にだけ、そのコンプレックスが作用していた……と言うか。

 その話をしておこう。


 あれは宿舎の歓談室だったか。

 ちょっとした食堂並みの広さがあり、大きなモニターにソファー、バーカウンター、そして彼女自身が拾ってきたビリヤード台などがあって、隊員同士の憩いの場として機能している。

 ビリヤード台をどうやったら拾えるのか未だに謎だが、そこはレガリスだから仕方がない。


 そして夜には立派なバーに化ける。

 古参の者たちが持ち回りで「マスター」を気取って、酒など振舞うのである。

 肴は諸々の噂話だ。

 どこぞの部隊の上官が女房に逃げられたとか、出入りの業者に魅力的なヒップの女性を見かけたとか、そんな下らない話である。


 さすがに若い隊員に聞かせて良い話ではない。我が隊には未成年者も数多く居る。

 よって、夜の八時以降は大人だけの空間としている。


 もちろん、あの日も彼女が隣だった。


 「よぉ、聞いたかよ。赤い死神の話」


 レガリスが、私の分のグラスを持って隣に座る。

 虹色のそれを受け取りながら先を促す。


 「敵さんの『天使』に、赤い煙を吐くのが居るんだってな」


 天使とは、敵軍の使用する航空兵器を指す。異形の外観からこう呼ばれている。


 「とんでもねースピードで旋回して、見付かったら命がねぇとか」


 「だったら噂も広がらんだろ」


 「カッケーよな! わざわざ赤くしてんだぜ? 普通の奴より三倍くらい速いんじゃねーの」


 「ただの噂だ。戦場でわざわざ目立つ馬鹿はすぐ死ぬ」


 「そうでもねーさ。あたしが証拠だ」


 笑いながら彼女がグラスを傾ける。

 今夜のつまみは野菜スティックだ。

 私も彼女も煙草は吸わないので、こうしたつまみが会話の潤滑油となる。

 私は言った。


 「目の錯覚さ。燃焼剤の加減でそう見えただけだろう」


 「あたしゃ信じるぜ? この狂った世の中だ、何が出たっておかしくねーよ」


 「……祈るのは許可する。だが信じるのは、自分の目で見てからにしろ」


 この業界、こうした噂の類は週に三度は聞く。神と幽霊がセットになってワゴンセールで大安売りだ。

 私は、これを止めようとは思わない。

 むろん好ましい訳でもないが、要は酒に対する野菜スティックのようなものなのだ。

 歯車を動かすには油も必要なのである。


 「目立つって言えばさ、曳光弾って増やせないのか?」


 「曳光弾? あれは教練の時だけだろう」


 「すっげー好きなんだよな~曳光弾。なんか花火みたいじゃん? うちの部隊だけ全部曳光弾じゃ駄目か?」


 「駄目に決まってるだろうが! 敵に自分の位置を知らせてどうする」


 「んじゃさ、AAMの推進剤ってカラフルになんない?」


 AAMとは空対空ミサイルの事である。

 当然カラフルになどならん!


 「お前には教育が必要だな」


 「手取り足取り、組んずほぐれつ」


 「それは寝技の教育だ! キジも鳴かずば撃たれまいと言うだろうが」


 「ヤワなキジだよ。あたしが鳴くなら何発食らっても平気なキジになってやる」


 「ただの迷惑な奴じゃないか!!」


 レガリスと話していると、一事が万事この調子である。

 そうそう、コンプレックスの話だった。つい筆が滑ってしまうのは断じて私のせいではない。

 では続けよう。

 隊の若造たちに休暇を与えた後、私を始めとする大人の隊員が、ここで仕上げに一杯飲っている所……の続きである。


 バーカウンターに背を預け、カードに興じる隊員たちを眺めつつ。

 野菜をまとめて三本ほどかじりながら、レガリスが言う。

 最近どうも面白くない。

 あたしがデカいのは仕方ないけど、見てくれだけで判断するなよ。

 そういう話だった。


 「そういう噂をする奴は、あたしの真価を知らねーんだよ」


 「真価とは?」


 「その気になりゃ、あたしだってバナナジュースくらい楽に作れるのさ」


 「ほう?」


 「オマ○コで」


 「ぶっ!!」


 酒を噴いたわ。

 言うに事欠いて何だそれは。


 「どうせあいつはデカいから、オマ○コだってガバガバだと。ふざけんじゃねーよ。キュウリのタタキだって作れるんだぜ? この前試したから」


 「食べ物で遊ぶな!!」


 「そういう奴は、本気でシメ上げて悶絶させるんだ。レガリス様の膣圧を舐めんなっての」


 「結局するのかよ」


 「だいたい、てめーのモノを自慢する奴に限って大きさ以外は大した事ねーのさ。ただデカいだけじゃ気持ち良くも何ともねーんだよ」


 「そろそろ失礼する」


 「オマ○コだって同じだろ? ただ狭けりゃいいって訳じゃねーんだ。そんなの単なる要素の一つさ。全体が揃ってこその交響曲だろーが」


 「すべての奏者に謝れ」


 「いいか、あたしはその気になりゃナンボでも繊細になれるんだよ。一度あたしとヤッてみろ。今までの女、全部忘れさせてやる」


 「この会話を忘れたいわ」


 「要するに、人は見かけで判断するなって事だ。周りに訊いてみやがれ。み~んな、あたしの締まりは最高だって言うからさ」


 ……などとまあ、一気にまくし立てられた訳で。

 彼女にも、コンプレックスはある。

 その体の大きさが原因だ。

 ただそのコンプレックスは。

 ――場所がおかしいだろうが!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る