<ファイル25>

 「お前が言った通り、お前の半分は私が持つ。だからお前にも、私の半分を持ってもらうぞ」


 「半分持つ?」


 「私のパートナーになれ。正規のパートナーに。……アイアンメイデンをサポートして、完璧にナビゲートできるのは……お前しか居ない」


 彼女の目が見開かれた。


 「マジか!! いや、お前……っ、おいおい! ジャガーノート隊はどーすんだよ!」


 「お前の腹心に任せろ。士気も高いし、ゴミ掃除も終わっている。……私がお前を新しい空に連れて行く。だからお前は私を護れ。私一人を」


 「いやいやいや……。だってお前、アレだぞ!? あたしの適性スコア知ってるだろ!?」


 「そうだ。酷いものだ。気が合わない相手とならな。……だが私は知っている。気に入ったパイロットと組めば、エースをも超える事を」


 「…………」


 「私の命をお前に預ける。レガリス、約束を果たせ。私一人を護ると誓った約束を。……これは命令だが、それ以上のものだ。私は、な……」


 深呼吸して、言った。


 「――お前じゃなきゃ、嫌だ。……お前が好きなんだよ、レガリス」


 「…………」


 ごく自然に、そう言った。

 胸の内を伝えられたのだ。

 密やかなる沈黙が、数瞬だけ部屋を支配した。

 そして彼女は口を開いた。


 「やっぱり、あたしのにじいろインコだな。お前は……」


 頭を垂れた。豊かなブロンドが、はらりと落ちる。

 そのまま深く溜め息を吐き――ぽりぽりと頭を掻いた。

 次に顔を上げた時、そこには、やはり変わらぬグレイの深い瞳があった。


 「――拝命します。まっくろカラスことレガリス・マクルーア軍曹は、あなた一人のためにこの生涯を捧げます」


 その瞳の奥には、真夏の太陽の下で駆け回る少年が、今でも潜んでいるのかもしれない。

 私の追いかけたあの影が。

 今では立派に美しく――、そしていささか大きく変貌を遂げた彼女と、再び出逢う事が出来たのだ。


 互いに敬礼をし、ちょっと笑った。

 そして彼女はニヤリと笑い……。


 「つきましては大尉どの。こちらからもお願いがあるのですが」


 「言ってみろ」


 「セックスしよう」


 「やっぱりな!!」


 「結婚しよう」


 「急か!!」


 「子供作ろう」


 「どうやって!?」


 「何だお前、知らないのかよ。女同士でもデキるらしーぜ? なんか技術的な医学的に」


 「しら知ら……何を言ってんだお前は!!」


 「本当のパートナーになりてーんだよ。お前の本当の家族に」


 「…………」


 「式はいつにする?」


 「早いな!!」


 「あたしも覚悟決めっから、お前も覚悟決めろ」


 「そんな……そんな大事な事、いい今ここで即答できるか!!」


 「よ~し、だったら勝負しようぜ。お前が勝てばあたしはお前のモノだ。ナビでもヘビでも何でもやる」


 「簡単に言うなよ馬鹿!!」


 「あたしが勝ったら、今あたしが言った事を全部やってもらうぜ。……ではルールを説明します」


 「まま待たんか!!」


 「あたしについて書け。余す所なく、全部」


 「へっ!?」


 「ちゃんと書けたらお前の勝ちだ。安心しろ、読み終わったら破棄するから」


 「――???」


 「そうそう、新型のフライトレコーダー、何て言ったっけ? ナントカ記録を使えよ。確かお前モニターだろ?」


 「思考記録……。いやしかし、何なんだその勝負は!?」


 「あたしはお前をずっと見てきた。だから、あたしには分かるんだよ。……お前は溜め込み過ぎだ。少し吐き出せ」


 「それが何でお前についての事なんだ!?」


 「知りてぇからさ。お前の本当の内面を。……口から出た言葉だけじゃ伝えきれねー事も山ほどあるんだ。まぁ、セックスするのも近道だけど――」


 「ことわっ、ことわりゅ!」


 「だからさ。――書けるな?」


 彼女の言った事を吟味する。

 書けば私の勝ちで、ナビゲーターとして彼女を得る。

 もし負けたら……。

 あああ、えらい事に。


 「……その勝負とやらに私が勝てば、お前は私のパートナーになると誓うな?」


 「さっきからそう言ってんじゃん」


 よし……。よし分かった。

 この勝負、買ってやる。


 「……しばらく待て。必ず書く」


 「よ~し決まりだ。もう一本飲むか?」


 「もちろん……ではない! さすがに寝るぞ」


 「ちょっと待ってろ。寝袋出すから」


 「結局泊まりか!?」


 「心配すんな。セックスまでしかしない」


 「それが心配なんだ!!」


 「冗談だよ。……同じ夢、見ようぜ」


 「…………」


 そういう事になった。

 いやいや、そうじゃない! そういう事はしてないが、そういう結果になったという事だ。

 ただ私たちはその、一つの寝袋で……。


 あ~、その。

 何だ。

 いやアレだ。最後まではしていない!

 ただちょっと、抱き締め合って、だな。

 これは寝袋が狭いから科学的に説明が付く。

 後は、何と言うか、その。

 う~~~……。


 何で私は今、花瓶を素振りしているのだろう?


 いや分かった。書くよ。書くから。

 まあ何だ、そのキスはしたな。

 何回か。

 何回も……。


 真っ暗な部屋の中。

 いや、月が明るかったから、互いの輪郭がほんのりと分かる程度の暗さの中で。

 お前の左腕を枕にして。

 怪我をした私の体を包み込むように、お前は……護ってくれていて。


 最初は、おやすみの挨拶だった。

 ごく軽く、ただ唇同士が触れ合って。

 耳元で愛を囁かれ。

 何度も、何度も、愛してる……と。


 ……この状況で眠れるか!!


 ああそうだよ、やはり間違いだった。

 やはり三本目を飲むべきだったのだ!!

 けれど、私の体は酒に対する耐性があまりに強く。

 反対に、こうした事態に対する耐性は……。


 耳元に愛を囁いたお前の唇が、そのまま私の耳たぶを、いわゆるその甘噛みしてだな。

 ――上官の許可もなく!!

 びくん、と体が跳ねて。


 バッチ来おぉぉーーーーいっっ!!!


 同時に、お前の指が私の背中を這い上がり。

 思わず力が入って。

 怪我をした腕でお前の体にしがみ付いたその時、お前の舌先が私の首筋を……そろりと舐め上げて……。


 ぞくぞくぞくっ。

 瞬時に私の皮膚は泡立ち、噛みしめた奥歯から呼気が漏れた。

 ――これ以上は駄目だ馬鹿者!

 言おうとしたが、今声を出せば……。

 それはきっと、歓喜の調べにしか聞こえない。

 それほど私の体は高揚し、興奮し、皮膚のすべての神経がむき出しになったかのように鋭敏にされていた。


 わずか数秒で。

 何も知らない私の体は、あらゆるものを屠り食った凶悪な肉食獣に……ひと舐めで敗北したのだった。


 声を出す事を必死に拒否する私は、まるで父の背中にじゃれ付く子供のようだったろう。

 そこまで圧倒的な戦力差がある。

 私は息も絶えだえに逃げ場を求め、電流のように襲い来る快楽の波に抗いながら、お前の背を掻きむしった。

 声が――出て、しまう。

 舌先が鎖骨に達した時、切なく抵抗する私の理性を……体が裏切った。


 は……っ。


 ……う、ああっ!?


 一度堰を切った体はもう止められなかった。

 圧倒的な快感の前には、私の抵抗など砂の城だった。

 声が、出た。

 震えが奔った。

 からだ、が……。熱く、な、る……。


 そして、これはまだ始まりに過ぎなかった。


 心のどこかで、私は――。

 こうなる事を望んでいた、のだと思う。

 幾重にも重ね着をした鎧を剥ぎ取り、ただの裸の獣になりたかった。

 レガリスのようになりたかったのだ。


 そう。私は彼女に――憧れていた。

 彼女のように、自由に快楽を貪りたかったのだ。

 そうでなければ、今ここに居る説明が付かない。

 私はいくらでも……断れたのだ。


 同じ部屋で、同じ寝袋に入るなんて。

 それでいて何もしない?

 馬鹿な。子供じゃないんだぞ私は。

 これは自分で招いた事――。

 彼女のせいではない。また一時の気の迷いでもない。

 ずっと前から待っていたのだ……この夜を。


 一人で慰める時もそうだった。

 汗にまみれた男どもの体を夢想するよりも。

 お前の……。鋼のような、それでいて柔らかく官能的な姿態の方が、快楽をより引き出せた。

 お前の香りが。

 ……お前の、牝の匂いが――ああ、私は好きだったんだ……。


 このわずかな間にも、彼女の巧みな舌は。

 私の体の奥底にある快楽の泉を探り当て、それを沸き立たせている。

 自分でも触れた事のない場所を、彼女の指が滑る。

 唇同士が触れ合い、離れ、また触れて。

 耳たぶが、舌先で遊ばれる。

 熱い吐息が耳に……。

 そこで囁かれる。あの深い声で。


 好きだ。

 可愛い。

 愛してる。


 ああ、私は変われるのだろうか。

 変わらされてしまうのだろうか。

 もう……いい。

 明日死んでしまうかもしれないなら、今をこうして生きた方がいい。

 幸せになる覚悟をしたのだから。


 だから――。

 受け入れよう。


 レガリス。

 私を……連れて行ってくれ。

 私はお前を。

 お前を――。


 ……愛してる――。


 ………………………………。


 ……………………。


 …………。


 ――あれ?


 えっと……。


 お~い???


 …………。


 き……っ、


 貴様アァァーーッッ!!


 この馬鹿者があぁぁっっ!!


 何を勝手に熟睡しとるかあぁぁーーーーっっ!!!


 私の覚悟を返せ馬鹿者!!

 私がどれだけ葛藤してこの夜を越えようとしたか分かるか貴様!!

 こら! 起きろ!! 起きんか!!

 起きんと独房入りだこの馬鹿ーっ!!


 ――はあっ、はあっ、はあっ……。


 分かった……もう分かったぞ!

 もうお前の事など知らん! そこで死ぬまで眠りこけろデカ女め!

 こうなったら、私にも考えがあるぞ。

 お前の寝ている間に……。


 ――見付けたぞ!

 シングルモルト12年!!

 こんなもの、こんなもの……捨ててやる!

 私の胃袋に捨ててやる!!


 ……結局私は。

 ぐごーぐごー眠る粗大ゴミの横で。

 この日、都合三本目のボトルを一人で空けてしまったのであった。

 空前にして絶後のスピード記録だった。


 そして私は図らずも、最新型の思考記録の強度限界を知ったのであった。

 再起動出来て良かった……。

 許してくれ花瓶くん。

 生まれ変わったら今度こそ、ちゃんと花を生けてやるからな……。


 ……………………。


 ………………。


 …………。

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