ひとりぼっち
平穏な日常に罪悪感のためか千成を偽る、三木世喜は献身的に尽くしてくれる。悪い気がしないのは俺の最低な下心だと、自分の心にピンをしてまだ友達としての域を保っていたからだろう。忘れた俺でも世喜は満足のようで、品川真也の一番の友達であるような態度を取っていた。
偽りの平和をこなす中、俺の家の近くで千成が待っていた。何処で誰が見ているか分からないので、住宅地の細い路地裏に手招いた。素直に千成はしたがって来てくれたけど、場所が場所の故、なんとなく来北生の学ランがガラを悪くさせているのかカツアゲでもされているかのような構図になっていた。
「ありがとう、品川」
千成がお礼を述べるから自虐的に笑ってしまった。俺にはお礼を言われる筋合いはない。どうみても完璧なハッピーエンドではなく、ただの延命治療みたいなものだった。
「弟には必要な茶番だった。だから俺は何も言えなかった。この関係だってやめようと思えばやめられた」
「けれど、それも解決じゃないからか」
「同罪だろう。俺じゃダメなんだ」
歯を食いしばるように顔をしかめるから、悔しい気持ちは見て取れた。いまだから千成だってツラいってわかっている。一人で悩んでいれば、余計にしんどかっただろう。
「あんたは傍観するだけでなにも出来なかった」
「俺は双子である事を特別だと思っていないからね。――俺はただ、鏡の向こうの自分にも、幸せになって貰いたかっただけだ」
伏し目で諦めたように笑うから、心からそう思っているに違いない。
「幸せになれたか?」
「分からない。なんせあいつの気持ちは、あいつ自身にしか分からないから」
オカルト話みたいに、鏡の向こう側の自分と自身がイコールではない喩え。わかりやすいが、とても酷な現実だった。
「でも、この嘘が続く限りは今までみたいな醜い自傷はしなくて済みそうだ」
醜いかどうかで言えば、判断基準がどこにもない。言い返す言葉を探していると、頭の冷静なところで思っていた誤算を呟いていた。
「だけど本当の名前を呼ばれる機会を俺が奪ってしまった」
「いいよ。忘れかけていた名前を思い出させてくれたのは品川だから」
自身の左胸を握りしめて笑っていた。
「じゃあね、品川。ウソがばれるその日まで、サヨナラだ」
世喜と同じ顔の割には全然違う表情を見せるモノだ。
「サヨナラ、千成」
軽く手を振ると、千成も軽く手をあげた。夕暮れ時を背景に歩く千成の姿は黒い学ランがカラスの様だった。
義務じみていたココアの缶を買えなくした自分の行いに後悔はない。それよりもずっとずっと甘い秘密を味わっている。どんな形にせよ、嘘つきには孤独が付きまとう。それだけのこと。限りある自由を少しでも謳歌できるよう、俺は心から彼の幸せを願っていた。
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