自分自身疑心暗鬼
目が覚めると真っ暗だった。それが夜だと気が付くのに、どれだけ時間を要したのだろう。目が覚めた世界で感じた疲労感は、睡魔にゆだねてしまったせいで引き起こった弊害だった。
頭が鉛のように重く、何も考えていたくはなかった。けれど、近々再び通うことになる学校で、千成と顔を会せたらどんな反応をしたらいいか。
「頭がこんがらがりそうだ」
なぜ、世喜と言えなかったんだ。確かに、千成でいい。間違ってはいない。次、学校で会うのは、今のところ立場が逆転している世喜に会うだろうが、けれどそれは現時点で俺が知る千成であって実際に次会うことになる千成という名を借りた世喜なのだ。仮名千成としても、問題は無い。……無いけど、俺は。
「俺は次、二人にあったら千成がどっちか判るかい?」
自分に問いかけた。頭痛すら覚える。……俺はただ三木と言えばよかった。背筋が冷える。セリフを少し間違えた。
何度か自答で大丈夫、ちゃんとわかるさ、と言い聞かせるがそこに根拠なんて無くて、ただ推論と推定で自信なんて目の前からすいすい消えていくのだった。
やけに静かな夜は、月明かりも弱く窓から部屋に挿す前に霧散してしまった。闇のような青に泥沼のごとく手足を囚われているが、鉛の頭と違って思考だけはふわふわとしていた。――また、酸味のある香りが漂ってきそうで気分はよくはなかったが。二度と目が覚めなければいいなぁ、なんて阿呆なことを想像しながら、また口の中にココアのような甘さを思い出してしまい酷く人工的な甘さと苦みに唾液が反応して、吐き気を感じた。最近こんなことばっかりと、言葉以外を吐く自分を思い出して自傷気味に笑った。そんなことをしたところで、吐き気が収まるわけもなく、一度えずきそうになったが、口を無理やり閉じた。そして俺は再び来たぬるい微睡みに身をゆだねた。
刺されたことで一躍有名人。クラスメイトの男子に質問攻めにあったけど、千成のマネを徹底的にこなす世喜が俺のかわりにポンポンと答える。そして最後は、本人とってもショックだから触れてやるなで締めくくる。千成にありがちな言葉を巧みに使って、けれど偽りである事を知っているのは俺だけだ。嘘に嘘を塗り固めて今日という日が緩やかに終わっていった。
廊下ですれ違い際にクラスメイトの波木が「退院おめでとう」と声を掛けた。適当に返事をすると「何の気なしに病室に行ったわけじゃないんだ」なんて呟いたのだ。思わず波木の顔を見つめると、千成とも世喜とも種類が違う不敵な笑みを張り付けていた。
「それは、どういう意味なんだ」
この手の意味深な笑みを読み取るのは苦手だった。分からなかったから素直に訊ねと、波木は涼しげに言葉を吐いた。
「三木とは同じ中学だったからね。あんたと世喜とは仲がいいみたいだから、きっと合わせ鏡には気が付いていると思って」
それから「じゃあね」と切り上げて、片手をひらひらと振って立ち去った。言葉の意味を理解した俺は血の気が下がった。反芻した設問の答え合わせがしたくて波木の事を呼び止めた。けれど波木は声を上げた俺にはお構いなしに、軽快なステップで階段を下っていってしまった。
それから数十分も経っていない。放課後で誰も居ない教室。
「なぁ、三木」
自然と言葉を選んで苗字を呼んだ。偽る必要がない二人っきりの空間だった。
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