坂を転がる石のように
意識が戻ったときには、下校点検の放送が流れていた。はっとして起き上がると、千成はいないしベッドの下に鞄が置いてあった。俺は携帯電話を取り出し確認すると、メールが一通だけ届いていた。
無題のタイトルに本文も飾り気がなく『悪かった』の一言だけ。アドレスだけの表記だけど、すぐわかった。文面から察するにどうみても千成からだった。返信する気にはなれず、ぱちりと音をたてた後、携帯電話をポケットにしまった。
――帰ろう。
頭痛がひどかった。千成と出会ってからなぜか立ち寄らなくなった自動販売機。
異常に喉が渇いていた。
硬貨を三つ入れて、ココアを選択した。缶のプルトップを開けて口に喉に、そして胃に。どろどろの茶色い液体を、喉に流すと吐き気がした。咽かえり胃の中ごと全部、吐いてしまった。
とてもじゃないが飲めたものではない。半分も飲まないままココアを全部、アスファルトにだらだらと零し空き缶にした。後悔はしなかった。ただただ喉に残った甘だるさ残る。空になったスチール缶を遠くに投げた。放物線を描いて、どこかにいってしまった。
なぜか飲めなくなってしまった。好きったはずなのに。
好きなものを拒絶した喉に、右手を当てる。少し押すと痛む。あざになっているかもしれない。血管の通りが悪くなっている気がした。
家に帰ってすぐ洗面台についている鏡で首元をみた。よく見ると薄ら蒼くうっ血していた。幸いにも一晩寝ればとれるような位の薄さだった。
溜息をついて、自室に戻ると携帯電話が鳴りだした。着信履歴。メールに書かれていたのはクラスメイトで名字しか覚えていない男子。
「今度みんなとカラオケいんだけど真也も行か――」
そこまで読んでどうでもよくなってしまった。明るい絵文字にあのココアと同じ吐き気を覚えた。携帯電話を雑にベッドへ投げると、窓ガラスに写った自分の顔がしかめている事に気が付いた。
ぼぅとしたままブレザーを脱いで着替える。洗濯機にワイシャツを放り投げに行くと、洗い終わった洗濯物を抱えた母とすれ違う。
「帰って来たんなら、お帰りぐらい言いなさい」
母の声に我に返った。歯を食いしばるかのように「はい」と返事だけして、自室に逃げる。別に嫌いなわけじゃない。だけど接し方がイマイチ分からなかった。母親だけど、父の再婚相手、本当の母じゃない。
結局メールは返信しなかった。おっくうだったのもあるけど、なんだか、しなくても良いような気しかしなかった。
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