命令形と鏡


 次の日、千成に「笹山が怒ってた。返信が返ってこないって」と開口一番に言われた。軽いノリで返信しなかったのがあだになったようだった。なぜ俺宛ての誘いを千成が知っているのかは分からなかったが珍しく千成から俺に話しかけ案件だった。

 前と同じような関係。だけどクラスの輪の中にいる時の顔じゃなくて、酷く冷酷な目をしていた。あの冷ややかな目を何度か浴びて、これが「三木千成」という人間の本質だと悟た。

 いつもの明るい彼はきっと一つの仮面にすぎない。裏付けに俺と二人っきりの時だけ、千成は自分自身の事を「俺」と言う。それはとても自然に、今までの会話の中やクラスメイトが居る時の「僕」よりとても自然に聴こえる。内心ではやっぱりなと思いつつ、俺は何も言わなかった。関係性自体は悪化したような気がしたが、前より千成を近くに感じられる。千成はもう俺に偽ることをやめたようだ。

 それにもしかしたら千成は、俺と似たような人種じゃないか、なんて。そんな風に思えてきた。切り替える一人称に裏表の性格。きっと、二重人格みたいなものだろう。――そしてまんまと騙された俺は、そう思い込んでいたのだ。



 二人っきりになると、決まって千成の方から話しかける。今までとはだいぶ対照的だった。話しかけてくれる代償として、感情の無いただ説明文を読むかのような話し方。きっとどこかに台本があって、それをただ感情もなく読みあげているかのようだった。

 必要最低限を話しているようで、実は大半は無駄な会話。何でこんな事になったのだろうと、千成との会話を上の空で聞いていると「ちゃんと聞いているのか」と尋ねられる。「あぁ、ちゃんと聞いてる」と言うが、内容を尋ねられると、答えられない。

 冷たい瞳。睨まれただけで、脊髄から妙な刺激を感じる。不器用に顔を歪めて笑いたくなる。


「真也、俺の話を聞けよ」

「聞いてるさ」


 ほらその目。煽っているようにしか感じない。それとも俺がおかしいのか。複雑怪奇な感情が沸いてきて笑えてくる。


 いつだったかの夕暮れに、千成からゲーセンに行こうと言いだした。珍しかった。千成は騒がしい店とか嫌がるのはクラス内で結構有名だった。だからゲーセンなんて誘えば付いてくるが、自分から行こうなんて言うは意外だった。

 何の感情も抱かない顔で、制服のままゲーセンに行く。たしか校則では、制服でゲーセンは違反だったはずだ。気には留めたが、あんまり重要に思えなかったので指摘はしなかった。

 千成の後ろをついて歩く。店内にはいるとガチャガチャと様々なBGМが混ざったうるさい音が耳につく。俺は腹の底から震える音は嫌いじゃなかったが、千成の隣に並び表情を見ると酷く辛そうな顔をしていた。


「真也」


 そんなつらいなら、なんでこんなところに来たんだろう。上の空で理由を推測していると「ねぇ、真也」と強く呼び止められた。


「なに」

「俺とおんなじ顔をした来北高生を探せ」


 一瞬聞き間違えたと思った。


 俺があっけに囚われていると、もう一度繰り返しプラス怒声で「はやく」と言い放った。尋常じゃない様子だと思いつつ言われた通りあたりを見回す。気をつけてみる事によって数人の他校生がいる事が解った。来北高生、ウチと同じ私立の高校。来城坂北高校の制服は確か黒の学ランだ。学ランは制服としてはありふれてるから、顔まで判別するには少し気が滅入る。なんせ人が結構いる中で――なんて思っている間に、千成似の人を見つけた。

 拒絶気味に目を閉じている千成に「あっちにいたよ」と言うと「連れてこい」と命令。

 なにがなんだかわからないまま、友人と思しき人らに囲まれているそいつの腕を引っ張って連れて来ると千成はそのまま店内を出た。俺もそれにならって付いていくと、俺が腕を引っ張っている千成似の人は「はぁーあ」と声に出したため息をついた。

 顔だけではなく、声までも同じ。

 多分、俺の推測が正しければ、つか、推測しなくてもすぐに双子なんだろうと変換してしまった。

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