微睡みの前で。
されるがままの三木をやんわりと手放して、描いた未来の断片を話した。俺にとってそれが一番いいと俺は思えるシナリオだったけど、二人にとってこれがいい結末だとは思えなかった。
精神的に遠くへ連れてってやるとだけ宣言して、もう元の関係には戻れないだろうと伝えた。けれど三木千成は朗らかに笑って「奈落より底なんて、どこにもありはしないさ」と呟いた。
返す言葉を選んでいるうちに鞄を肩に下げて彼は教室を後にする。俺はその後ろ姿をただ見送る事しかできなかった。
しぶしぶ自宅に帰って、今度こそ吐き気の起きない自室にこもる。散々だった今日という日を反省する前に、時間を掛けるわけにもいかない事柄を見つめなおす。自分がどうすべきかはわかっていた。だけど、それをするためには、もう少しだけタイミングを見計らいたいと思っている。
俺の事を「品川」と呼ぶ方の三木はたぶん本来は三木千成で、俺の事を「真也」と呼ぶ方の三木は三木世喜で間違いないだろう。だから二人と同中だった波木はこの学校に通っているのは千成なのにもかかわらず、世喜と呼んでいたのだろう。
ゲーセンでの出来事を思い出す。あの時の三木世喜の要求は千成にとっての必要な人を探していた。そして何らかの判断基準を持って居るに違いない。
「必要な人、……特別な事柄?」
そうなると三木世喜からの要求は三木千成にとっての必要な人と、自分を指し示す言葉を僕と言い直す事が暴力をやめる条件になっていた。偶然に正しい解を導き出していく現実に血の気が静かに引いていった。
つまり、いまこれが、本来の正しい状態という事に、俺は気が付いてしまったのだ。
「あいつは、」
……もっとも、現状を変えるための手段は俺にも心当たりがある。それだけでまだ救いがあるような気がしてくるし、根拠もない勇気の源になっている。
あいつに嘘を吐くまでは、絶対に間違えてはいけない。プレッシャーで嫌に傷口がうずく。緊張感を抱いたまま、疲れた脳味噌はあっという間に睡魔に負けてしまった。
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