日常の断片、なじんだ茶色。
点滴の中身がぽたりぽたりと一定に落ちていく。中に入ってる成分はよくわかっていないが、きっと体に必要なものなのだろう。
何時間後かに再び警察が話を聞きに来たけれど、さほど新しいことを思い出せないとか言って逃げた。恐持て顔もここぞとばかりに険しくなる。そんな顔で睨まれたところで、困るわけでもない。知らないモノは知らないのだ、なんて。
夕方になる前に、珍しい人が来た。クラスメイトの波木捨輝が制服のポケットに両手を突っ込んだまま病室に入ってきた。特に、といったら失礼だが、波木とはあまり接点が無い。取りあえず愛想よく振る舞うことに努めようと思った。
「やぁ、通り魔に刺されるとかびっくりした」
開口一番に波木が口にしたのは世間話にしてはド直球。冗談めかしにしては不謹慎だった。
「そりゃさいで。……んで何しに来たんだよ」
「いやぁ、三木から聞いて心配になって来た、じゃダメか?」
三木。聞き覚えがあるハズなのに、忘れかけていた千成の苗字。あぁ、どっちだろう。この場合は世喜から聞いたのか千成から聞いたのかわからない。けれど波木に聞く訳にもいかない。
「なるほど。てかなぜ疑問形なんだよそこ」
「まぁ細かい事は気にしないことさ」
そうけらけら笑って、波木は右手をポケットから出して俺の前に差し出した。それこそ疑問形が頭を過って、差し出された手は甲を向けられ空に缶が落下する。つい反射でベッドの上に落ちる前に両手でキャッチした。ほんのり温かいそれは、ラベルを見ると自動販売機で売られてるココアだった。
「なに買ったらいいかわかんなかったから、それでゆるして」
それだけ言って、はらはらと手を振って帰って行った。
野次馬なのかなんなのか、良くわからないまま純粋に「好意」ということにしといて、記憶にファイル名「出来事」ととして保存した。温かさが消える前に、缶のプルタブを開けて乾いた口に流し込む。気だるさを覚える甘さとチョコレートの香りに喉が鳴った。胃に入ると粘膜と融合している感覚をじわりと感じたが、悪い気はしなかった。そのまま全部飲み干して、あともう少しだけ量が多くてよかったかな、なんて物足りないと頭の奥が唸りだした。空っぽになった缶の中は黒い空洞で、底が見えなかった。
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