刃に照り返すは夜


 やはり双子は通説のようにテレパシーでもあるのだろうか。やけに確信を持ったその瞳と全てを恨むその瞳が半々に溶け込んだ結果、鏡のように夕焼けであってほしい赤を映しだし。俺はその色に気圧されながらとぼとぼ歩き始めた。それからゆっくり歩く速度を合わせて千成の横を歩くように世喜の横に並んだ。いくつかの角を曲がり袋小路に入りいつのまにかたどり着いたところは、ビルとビルの間に不自然に空いた空間に建てられた古い建設現場だった。それも建設予定と書かれた看板は雨や風で風化し詳しいことは読めなかった。

 夕闇はとうに過ぎ、世界はだんだん暗くなる。街灯は火を灯し小さな羽虫が飛び交う。建物の中自体はぼんやりと照らす街の明かりで幸いにも目に映る限りで世界は輪郭を保っていた。

 静かすぎて不自然に聞こえるキーンッと痛む耳鳴りとカツンと響く二人分の靴音しか鼓膜には届かない。階段を使って二回ほど上へあがるとひらけた階にたどり着いた。ガラスがはめられなかったせいもあって夜空が一望出来て風通しもよい。しかし日陰特有の湿度や温度は最悪だった。そのだだっ広い空間でべったりと床に張り付くように広がった塊が違和感として見える。それが人の形だと認識するのに明かりが少し足りなくて、思考回転速度は鈍かった。微動だにしないその塊は探しいてた人物だろうと推定する。

 鉛のように重くなった足を一歩一歩踏み出しその塊に近づく。俺が膝をつく前に世喜が一度蹴り飛ばした。咳き込む声が聞こえ千成本人だと認識すると共に世喜に「やめろ」と制す。薄暗い空間なのになぜか世喜の瞳だけはほんの少しの光が反射して俺をにらんでくるのだった。


「だ、れ」


 かすれた声が今にも消えそうに響く。がくりと首をこちらに向ける。感情を忘れてしまったかのような虚ろの目は俺よりも先に世喜の方を捉えていた。それから壊れたように「ははは、」と以前にも聞いた笑い声をあげた。世喜は苛立ちながら口を開く。


「なにがおかしい」

「べつに。世喜がのこのこ、こんな、ところに来るとは、思わなかった、からね」


 千成がすべてのセリフを述べる前に世喜は殴るか蹴るの動作に移ろうとしていた。俺は急いで千成を引きずり自分の背の後ろにかくまった。自分の後ろから「あははは、」と冷たく笑う声が聞こえる。自虐的に笑うその声に酷く腹を立てているのは世喜よりもむしろ俺の方だった。しかしここで世喜の前に千成を付きだすと首でも絞めて殺してしまうような気がしてならない。


「世喜、一ついいことを教えてあげる」


 笑いをやめた千成は俺の肩に手を掛け立ち上がった。それから先ほど笑いなど浮かべていたとは思えないほど冷酷さを持った瞳を向けていた。夜を溶かした瞳に光などない。世喜よりもずっとずっと暗い色を溶かした眼下に何が映っているのか見当もつかなかった。憎しみとはすこしずれた感情でも抱いているかのように静かに張った緊張の膜。破られたらきっと俺は千成も世喜も見分けがつかなくなってしまうだろう。


「俺は世喜と違って、喜びを手にすることはできなくても成せることができるんだぜ」


 歪んだ口元はもはや人ではなかった気がする。だが、人だからこそここまで邪気が帯びることができたのだろうとも思った。背筋が凍って自分が急に達観的になったときにはこれは本当に「やばい」としか言い表せない三文字が脳裏に浮かんで張り付いた。


 頭の中がぐらぐらと煮詰まる。


 おかしいと気が付いたのは「カチカチカチ」と金属とプラスチックがぶつかる音が耳に入った瞬間からだ。嫌な予感だけしかしない。予感であってなにが嫌なことなのかはまだ認識できていない。認識できていない刹那で事象が起きた。もしも世喜が千成を蹴ることがなく俺が手を取っていれば回避できたのかもしれない。そんな何千分の一かの確率。

 あわてて受け身を取ろうとした世喜を片手で押さえつけ千成は身をひるがえしその音を発したなにかを持った手で肩を刺した。床に倒れ込むよく似た二人。暗闇が邪魔をして全容が把握できない。


「いっ……」


 うめき声。

 自分以外の声。片方を払いのけようとする自分は無言。千成も世喜もその顔だけでは判別ができない。誰が悪いかもわからない。どこか蚊帳の外の俺に居場所はないが、居場所が無くてもこの二人が超えていけないラインを踏みとどまる枷にならなければならない。それは千成のためだった。けっして、世喜の身の安全じゃない。けれど結果的には、世喜を助けてしまうことになる。


 それが第二の事象だった。


 急に横腹が熱を帯びぬめりけを感じ始めてから気が付く。都合のいい月明かりがあたりを照らし始めて、やけに黒い液体がぽたりぽたり。震えた手で握る刃と蒼白の千成しか滲んで見えない。腹を一突きされたのは、世喜を助けた代償だろう。

 自分の倒れる音と服の擦れる音。自分の呼吸と千成の荒い嗚咽に似た声。驚いて俺の名を呼ぶ世喜。それだけ理解した後、急に眠気によく似ている感覚が津波のように押し寄せる。飲み込まれたが最後。頬に生暖かい滴が落ちる。


 耐え切れず、俺は目を閉じた。

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