ⅩⅪ 可能性世界線世界扉【メークリヒカイト・エーヴィヒ・ゲート】

 四本の線が交差していた十字路に立つ俺を中心として交差路は回転を始めた。その速度は目に見えなくなるほどに加速していき、やがて四本を隔てていた壁が見えなくなった。


 交差路は円形広場に姿を変え、無数の扉に囲まれていた。扉に書かれている札には人物の名前が書かれており、俺は近づいてひとつずつ確認した。



 白城元気

 柳沢あやめ

 白樺いちか

 主島らいと

 副島あおい

 高木みきの

 宮森このみ

 山内しゅう

 木下たける

 葉山まさゆき

 赤嶺すずね

 島田らん

 大山瑞樹れん

 小山内このは

 屋久島霧斗

 島内れん

 黒羽根諦

 佐倉ゆり

 柚留木りら



 俺はこの名前をしっかりと刻んだ。忘れてはいけない、忘れたくない名前。この世界の住人で、俺と同じように迷い込んだ人間。


 これだけの数がある中、俺は迷わずにきらりの扉を選んだ。それは、俺が何を託されているのか、試されているのかをこの扉の向こうにいくことでようやく分かるからというのもあるのだが、それ以上に俺はここに行かなければいけない気がするのだ。世界の端を知り、世界の動きの極部を覗いた俺は自分が不可思議に巻き込まれた被害者のように感じていた。巻き込まれたのだから、突然おかしなことに出会ってしまったのだから仕方がない。諦めて順応しようと、ただただ、三年間過ごせばいいと思っていたことを、俺は今なら愚かだと思える。


 この世に純度百はない。必ずどこかに誤謬が含まれているはずなのだ。例えそこに間違いや真実があっても、正解や誤解が新聞の一面を踊るのだとしても、インターネットを介して匿名の書き込みに振り回されるのだとしても、それはそれで事実なのだ。事実ではあるが、それが百ではない。すべてではない。多数決の中に否定票が存在するように、結果を出すまでの過程で様々な葛藤が存在するように見えるものだけが百ではない。そしてこれから分かるように百を全て知ることは到底不可能なんだ。そこで諦める選択肢を選んだわけなのだが、それもそれでとてつもなく愚かなことだということを、今の俺は分かる。つまり俺は愚か者なのさ。理由はもう述べなくてもいいだろう。これ以上装飾ばかりの文章を並び立てても目に毒だ。あとは各々の思考に任せるよ。だからこれから俺が言うことも、選択することもその果てだ。



「さあ、いこう」



 俺はりらの、きらりの扉を開ける。その少女は理想を手にするために自分の存在さえ、名前さえ変えた。そして宇宙と宇宙の間に新しい宇宙を生み出し、不可思議を生み出した。そして今、また一つ目の前に創られた。


 それはどこかでいつも見ているはずの扉だった。だが俺はそれを思い出す前に、扉はひとりでに開いた。入り口は目の前へと迫り、俺は重たく前に進む。



「おはよー」

「おはよ、あきら!」

「お、おお」



 急に声を掛けられ一文字三音しか声を出せなかったが、俺が入ってきた扉から次々と俺の入った方向へ人が入ってくる。彼ら彼女らはとても若く、皆一様に同じ制服を着ている。とある高校の指定服ではなく、もちろん女子はセーラーではない。ブレザーだ。


 俺はその流れに適度にあいさつしながら、邪魔にならないように一歩奥へ進んだ。すると誰かが手招きしている。俺は辺りをうかがいながらそっと、近づき、いつの間にか手にしていたスクールバックを机の傍に置いて招いた女の子の指示に指定された席に座った。


 そこで〝ガタン〟という音が耳に入る。俺は怯える猫のごとくその方向を向き、そして俺を目の当たりにした。



「あれは、あれはあの時の俺……?」



 俺が見たのは黒板をすり抜けて行く男の後ろ姿。普段見たことのないはずのその姿は、それでも確かに自分自身であることを俺は認識した。黒板の裏を行き来したのは、魔法少女いちかは聖書の代替品を手にするために〝向こう側〟へ行った時だ。ということは、この位置に座る、今俺を手招きした女の子はあの時の女の子か。それにしてはこの間よりも大人しく見える。とても年相応というか、甘えたいだけの猫のような少女だ。



「おはよう、クロさん。どうかしたのですか? まるで初めて来たみたいな顔してますが」

「いや、なんでもない」



 俺は上の空で答えた。俺は思い出しながら考えを進めていた。魔法の書を俺に手渡したあのとき、彼女は、俺の隣にいるこの女の子は、



『やっぱりそうなんだ。クロさんはすごいです……。全部言っていた通りです……』

『あの、私にはもうこれは必要ないんですが、もし必要なら使ってください』

『魔法の絵本です』

『それを白樺いちかに渡すことを選ぶのでしたらお持ちください。そういう可能性もあるのです』



 と、このように言っていた。そして俺のことをクロと呼んでいる。つまりこのときの重要人物が俺にされてしまっているのだ。疑問はもう一つある。ここはきらりの扉だったはず。どこに関連があるのだろうか。すべてが手探り状態で、苦虫を噛み潰したような気分だった。





 時刻は8:15 であることを教室の壁かけ時計は示していた。室内は若さと青春の喧騒で満ちており、俺の隣の女の子も近くに寄ってきた他の女子とアイドルの話を始めている。


「八時……!?」


 俺は口元を押えて必死に考えを集中させる。俺が〝向こう側〟へ行ったのは十時前後だったはず。これでは時間が違うではないか。事実が変わっている? 魔女の襲撃が早まったのか? ここはすでに俺の知っている世界――かの少女の言葉であれば別宇宙ということになるのか。いや、でも――。


 しかし、俺のこの案じは愚考だった。この考えの答えはすぐにきらりの登場によって示されたからだ。


 音もなく、挨拶もなく現れたきらりは教室の中心且つ一番後ろに座る俺からみて右前方の席に座った。きらりの髪は真黒なストレートで、胸まで届くような長髪だった。彼女はゆりでも、りらでもないのは明白だが、それでもきらりと名乗っていた少女と同一人物だ。その彼女が姿を現したのだ。俺のバカな考えはやはり愚行に過ぎなかった。



「そうか、きらりが望んだ世界がここにはあるのか」



 一時限目は移動教室らしいのだが、しかし俺はどこに行けばよいのかすらわからない。そもそも俺がこの名前も知らない学校の生徒であるのかという確証も、今のところはどこにもない。きっと探せばどこかにあるのだろうし、そういうことになっているのだろうが、今はどこかに私用で出かける時ではない。ちょっとトイレに行くのも、飲み物を買いに廊下へ出るのもよしておくべきだろう。


 教室内に残されたのは俺ときらりと隣の少女。俺は静かに尋ねる。



「魔法の絵本って知っているか?」

「……! どうしてそれを知っているのですか。これは、誰にも見せたことないのに」

「その本を開いたときに何か不思議なことは起きなかったか。炎が出るとか、うさぎが出てくるとか、魔法のステッキが飛び出すとか……魔法少女に変身してしまうとか」

「わ、私は夜な夜な戦う勇気はないですし、戦う相手もこの平和な日本にはいません!」

「魔法少女に変身したことは、あるみたいだな」

「クロさん、どうしたんですか。急にそんなこと、だって、どうして――」

「まあ、静かに聞いてくれ。聞くだけでいいから」


 きらりは俺たちの話が聞きたくないのか、席を立った。そして当然であるかのように黒板を持ち上げて裏扉を通った。隣の少女には何も見えなかったようだ。特に反応はない。俺の話に耳を傾けているだけ。



「たぶんこれから俺とそっくりな人間がここに来るはずなんだ。そしてそいつはその【魔法の絵本】を必要としている」

「これは父の書斎で見つけた私の大事な――」

「だが、それを渡す必要はない。きっと渡しても、渡さなくてもそいつは魔法の絵本を手にすることになるんだ。手にしなかった方の世界がどの結末に収束するのか、魔法無しで魔女を無事に倒すことができるのかは、それは俺の辿った世界線ではないから分からない。どちらを選択しても選択しなかった方の世界が創られる。別宇宙としてだから、決してもう一つの選択肢を見ることは、それこそ不可思議な魔法でも使わないと無理だろうけど。見えないだけで、可能性はどこかの世界の運命としてある。この世界の運命がどちらなのかは、俺も知らないんだけどね」

「うぅ……クロさんは時々良く分からないことを言います」

 いちかにそっくりな少女はクロが俺と同一人物だと信じて疑わない。そいつとはきっと、趣味とか合うかもしれない。吸っているたばこも似たような自家製だろう。

「キミは魔法少女になりたくて、でもなれなかった女の子だ。俺が知っているいちかという女の子は、魔法少女になるしかなくて魔法少女になった。理由は魔女を倒すためだったけど、そのうち自分が魔女になってしまう可能性だってある。そういう世界があっても、おかしくはない」



 ダンジョン初挑戦の世界はいちかは魔女だったしな。魔法少女のいちかは魔法を使う理由をきちんと自分で見つけて、そのために使っていた。おそらく、魔女はきっとそれをまだ見つけることができていない。そういう存在で、そういう女の子だ。自分の身に起きた不可思議を、定められた命運をどう扱っていのか、分からなくとも、選択肢を選ぶことすらできていないのだ。迷ったままの女の子。何かしなくちゃいけないけど、でもどうしたらいいのか分からない。そんなんじゃあ、そりゃ誰だって魔女にさえなっちまうだろうよ。迷うことはもう止めるって決めるだけで、全然違う存在になれるのに。



 俺は自分に言い聞かせるように、いちかという少女を定義づけるために、詭弁を続ける。



「何か選ばないといけなくなったとき、その時は一つでも、複数でも、選ばないという選択肢でもいいから選んでおけ。選んで後悔するのなら、それでいい。きっと後悔していない世界もあるんだから。貧乏くじだとは思わず、運命だと思って諦める。遠くの方にはまだ最高のイベントが残されているかも、そういう運命かもしれないと歩き出すしかない。難しいようで、何も難しいことではないさ。当然のことだ。自分なりに、自分自身で言葉にできるものを選ぶ。己を見失わなければ、生きるための強さは、まだ残る」



「クロ、さん……?」



 俺はようやく立ち上がる。もうそろそろここにが来る時間だ。先に出たきらりの姿を向こう側の廊下から見つけ、そしてここの存在を認知する。



「じゃあな。こっちの俺とこれから来る向こうの俺と、それからまた会えることを祈って」



 がらがら、と黒板が再び動き出し、そして教室の裏扉がひとりでに開く。俺は入れ替わりで次の部屋に飛ばされた。



 ***

 

 

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