Ⅵ対峙するツァオバークンストーDreiー

 沈黙。それは誰かが口を開けばきっとこれからどうするのか考えなければいけないからこの空間を支配しているモノ。俺たちは恐れている。あの恐怖に立ち向かうことを。先ほど見たモノを認めることを。すべてを許容すれば俺たちは二度と目を逸らすことができなくなる。逃げるという選択肢が失われる。前に進めなくなる。だから沈黙に支配させる。


 話を続けること、沈黙を嫌うことは常に時間を進めたがる心象の現れといえる。逆に言葉を選んでいる時間というのは、自分の時間を作ることで一度時を止めることに等しく感じられる。今は各々自分の時間と向き合う時間だ。これでいい。ここまで考えているのは俺だけで、他はただただ怯えているだけで何も考えてなどいないのかもしれないが、それはそれで正しい。まずは現状を受け入れねばならない。例えそれが絶望を目の前にした後でも。


 俺は全員に向かって一服してくると言った。ちらりとしか向けられない視線を受けたが、誰からも反論がないことを暗黙の了とした俺は沈黙の端から教室を出た。きらりだけは「気を付けてね」と言ってくれたので、少し顔が緩んだ状態で火を点けることができた。


 俺は廊下の窓を開けて煙を吐き出す。


 きっと黙り込んだこの状態でも、少なくともきらりはあの魔女に対抗する手段を考えているだろう。目に光がまだ灯っている。しかし、やがてその思考はショートし、放心へと至る。魔力あるかぎり無限に増殖する魔女の分身。その分身も当然の如く魔術を、魔法を使用する。一人でできないことも人数が集まれば、皆でやれば大きな事ができると世間ではよく勘違いが迷い子に言うが、まさに魔力の集結は大成に繋がった。異界の生物。この世あらざるモノ。ゾウとカバを混ぜ合わせ、サイに似通っているようで非なるモノ。魔術によって構成された魔方陣を目視することもできぬまま、怪物【ベヒモス】は魔女と俺達の間に姿を現した。少なくとも魔女はそれを【ベヒモス】と呼び、呼び出した。


 天井ギリギリの巨体は俺達を目玉だけで見下ろし、ドライアイスの息を噴出。俺達は魔法にかかったように息をすることや体を動かす方法をすっかり忘れてしまい、ただ見上げるだけだった。それは日本人が富士山に圧倒される心情に近い。一目で敵わないとわかる。逃げるしか選択肢はなかった。


 

 ***


 

 ドゥンンン!

 

 爆散の音は全員をすぐに恐怖と絶望という、普段であれば感じることない感覚を思い出させた。アンチ魔法が全面に施された二重に囲われた檻は魔女の魔法によって砕かれた。そして大量の魔女と大量の魔法によって現れた【ベヒモス】。俺たちは逃げ出した。



「逃げろおおおおおお」

「言われなくてもっ」

「うわあ! なあに、あれ!」

「おいおい、やべえな」


 俺たちは一目散に逃げだした。


「……っ!」

「おい、いちかも逃げろ」

「でも……私がなんとか、しないと」


 いちかは魔法を撃ち続けている。魔法を打ち消すための、魔法で呼び出された怪物を止めるための魔法を。


「いいから、走れ。あれは駄目だ。今は逃げろ」

「――っ! ……はい」


「きゃあっ」

「きらり! 大丈夫か?」


 混乱に巻き込まれてきらりが転んでしまった。どうやら足を捻ったようだ。しかし敵は容赦なく、破竹の勢いのまま衰えない。このままだと殺られる。逃げなければ。


 俺は意を決する。


「少し辛抱してくれよ」


「ちょっ……な、なにを」


 俺は彼女の背中に手をまわし、自由が制御された足を膝で折ってそこは腕を通す。拒否したくてもできない状況と成す術を失ったきらりはただされるがまま。俺はきらりを抱えてお姫様抱っこで走り出す。俺は体力に自信がある方ではない。体は人並み以上に鍛えているわけでもなく、特別なスポーツ用の筋肉もない。平均・平凡・アベレージ。つまり最低限度、一般アナリティクスに算出される平均男性に該当し、その数値の期待値通りの成果を発揮できる男であると言える。


 つまりお姫様抱っこをするって結構大変なんだぞ。

 あやめは必死に冷かしてくるが相手にはなれない。逃げるのに必死だ。すると前を走る皆が右へ曲がっていった。俺も習って先を急ぐ。


「早く、早く。こっちー」


 誰かがこちらを向いて大きな身振りと手ぶりでやたらと俺を急かしてくる。するとその手前で防火シャッターがゆっくりと降り始めた。……っておい。


「待ってくれえええ。ま、待てええええええ」


 防火シャッターの降下速度は非常に遅い。だから早めに閉めなければ敵から身を防ぐ役割にはなれない。その判断は賢明だ。敵はまだ角を曲がっては来ていない。足音が大きくなりつつあるが、この馬鹿みたいに巨大なマンモス校舎だ。あのシャッターが閉まれば一安心できそうだ。間に合えばだけど。


「ダッシュするぞ。掴まっとけ」


「え? でも――」


「その辺に抱き着いとけ。行くぞ」


 きらりは少し戸惑ったあと、速度が上がったので仕方なく体に抱き着く。お姫様抱っこというより、普通の抱っこに近い格好になった。足の筋肉に全エネルギーと精神をつぎ込み、息が上がる事とか体力の残量には一切の気を回さずに走り出した。走るというよりも足を動かすことに俺はより意識を注いでいる。敵が真後ろについたときにはより手足に力がより入った。相手に遠距離攻撃の類がなかったのは唯一の救いといえよう。魔女は魔力切れなのか、それとも体力が極端にないやつなのか分からないが、俺たちを追っては来なかった。敵意むき出しなのはバカでかいバケモノだけ。つまりあとは閉じかけているあの防火扉と冷たい床の間に滑り込むことで任務完遂だ。


「突っ込むぞ。しっかり掴まっていろよ。……いくぞ!」


 俺はさらに速度を上げて助走とし、徐々に小さくなる隙間にスライディングを決めに掛かる。もちろん、負傷のお姫様をしっかりと抱いてな。


「うおおおおおおいけええええええ」


 こうして俺たちは再び、そして一時的にだが時間を得たのである。時間を止め、また前に進むための時間を俺たちは得た。


 

 ***


 

 防火扉を作動させたのは遅れてやってきた副島さんたちの援軍部隊だった。到着した時にはすでに戦闘が起きており、俺たちがわき目もふらずに逃げてくる姿だけ。辛うじて傍にあった防火扉で遮蔽することで俺たちを救うことができたが、目撃してきた情報を聞くなり黙り込んでしまった。どうしていいのか分からなくなったのだ。


 近場の教室に集まった俺たちはただ静寂を守っていた。しかし、それではせっかく手にいれた時間を活かすことにはならない。それと、ここまで静かだとラブもコメディもあったものじゃない。せっかくなら俺はもっと楽しい高校生活を送りたい。どんな状況だってそれは本人の心持次第なんだぜ?


 そこへ教室からいちかがやってきた。恐る恐る覗き見るようにして。


「よお、今のところ敵はいないよ。左右の防火扉は完全に閉じているから心配しなくていい」


「……諦さん。少し、いいですか」


「もちろん。少しヤニ臭いけど」


 彼女は俺の自虐に安心したような笑いを見せ、それから話し始めた。


「私、本当は魔法少女じゃないんです」


 俺は煙を吹きながら「そうか」と返す。


「魔女でも、魔法使いでもない。その、諦さんが思っているようなトンデモ高校生じゃないんですよ」


「お、俺そんな失礼なこと言ったかな~」


 口には出していないと思っていたのだが、もしかして無意識のうちに? それは相当にやばい。


「いえ、聞こえてしまったんです」


「えっと……やっぱり俺そんなこと言っていた?」


「そうじゃなくて、すみません。私魔法じゃないけど、この類の能力を借りるとき他人の感情が聞こえるんです」


 他人の感情。俺は小さく繰り返す。


「魔法って不思議なもので、方程式が曖昧なんですよ。子供向けに語られる物語の他愛のない能力だったり、魔術、魔道、魔法を区別していたりしていなかったり。曖昧だからこそ、神秘的に語られるんですけどね」


 そして彼女はここから真剣に語りだす。それは神秘的であり、曖昧な存在についての噺。

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