Drittens Kapitel § Sternenfest §

Ⅸ 終焉と祝宴は唐突なフェアフュールング

「はい、じゃあまずかっこ一からね。これは因数分解の問題ですが、あやめさん。できましたか?」


「ええと……」


「諦くんできましたか?」


「はい。エックスノニジョウタスサンエックスワイタスニワイニジョウタスヨンエックスタスナナワイタスサンを因数分解すると、カッコエックスタスワイタスサンカッコエックスタスニワイタスイチとなります」


「その通りです。この問題を解説すると――」


「ぐへぇ。なんだよ、この問題。誰が解けるんだよ難しすぎだろ」


 俺は解けましたよ、俺は。


「ふえぇ、全然わからないよぉ」


「――と、こうなります。では、次の二番の問題を――」


 放課後。


「終わったー。今日は地獄の数学びよりだった! 辛かった!」


 帰寮。夕食。


「おかわりーっ」


「はい。ちょっと待っていてくれ」


 俺は今日も一日騒がしかったあやめから茶碗を対面キッチンで受け取り、炊飯器のふたを開ける。米をよそいながらみんなの様子を見ていると、今日の出来事が遠い昔のことのように思えてきた。



 魔女による屋根の破壊。


 購買の占拠。


 敗北したルビア作戦。


 窓の向こう側に存在した教室と、黒板の裏の世界。


 魔法の絵本と魔法少女。



 机を囲む彼らの話題はもちろん魔女と戦ったいちかが中心で、この話に添えられているのは俺が作った中華料理の品々。定番料理ばかり並べられているが、不評の声が今のところ上がっていないのでおおむね好評と捉えている。デザートの杏仁豆腐づくりも一段落したので、俺も飯にしよう。作ってばかりで腹が減ったぞ。米の上に麻婆豆腐をぶっかけてその辺にあった丸椅子を引っ張ってきて座る。缶ビール片手にカウンターで一人祝杯である。


「……おお、割とうまくできた気がする」


 カツカツとかき込む。そしてもぐもぐと考える。


 今日俺の見た現象は幻ではなかった。いちかが俺の手渡した本で魔法少女となったのは誰もが知る周知の事実。つまりあの本は実在するもの。不思議なもう一つの教室の存在を証明する物。窓の向こうに教室があったこと、そこの生徒が俺たちで俺たちを見えていなかったこと。いちかは元の場所に戻され、俺だけが裏に入れたこと。黒板の裏にもう一つ教室があり、そこにいた見知らぬ生徒は俺たちを視認していたこと。魔法の絵本を手渡したあの少女のこと。気になることを整理すると、俺はそこで最も不思議なことが起きていたことを再認識する。


「時間が相対的になっているよな……」


 この世界で初めて気が付いたのは転校初日。校長室からの長い廊下を歩いているときだ。あのとき時計は十五分経過したことを示していたが、体感的には五分以下だった。

 学校での生活は現実世界とほぼ変わらない。同じ五十分の授業時間を過ごしている。変化がたとえあっても気が付かない誤差の範疇だ。


 そして今日の向こう側の教室。かなりの時間が経過していたはずなのに、いちかと別れてからも戻ってきた時間もおかしかった。魔女のいた世界ではほとんど時間が流れていなかったのである。時間が止まっていたのだろうか。それとも向こう側の時間の流れが極度に遅かったのであろうか。いずれにしてもそこに大きな差異があることは確実で、明瞭に認識できる事実なのだ。


「なんでだろうねぇ」


 麻婆豆腐がなくなったので今度はエビチリを掛けてカツカツ、カツカツとかき込んでいると、そこにきらりがやってきた。茶碗を持っている。おかわりだろうか。


「ここいい?」


「?」


 俺は口がいっぱいである。


「諦くんはどうして一人で食べてるのかな。せっかくみんないるのに」


「杏仁豆腐がまだあってな」


 飲み込んでなんとか話す。


「杏仁豆腐があるの!?」


 きらりは目をこれでもかと輝かせた。まぶしい、まぶしすぎて直視できないぐらいに可愛い。犬のような反応だ。


「ああ、あるぞ。いま冷蔵庫で冷やしている。作り方がオリジナルだから、期待しないで待っていてくれ」


「うん!」


 その笑顔は随分と期待しているな……。誰でも作れる簡単バージョンだから、その期待に添えることができるか不安だ。


「諦くんは部屋どうするの?」


「ん? ああ、そういえばどうすっかな」


 魔女に吹き飛ばされた三階の男子部屋は壊滅。応急措置は施されたが、寝れそうにはない。男子は二階の物置と女子部屋を相部屋とすることで空けて貰った部屋に突っ込まれる形になったが、元々相部屋の部屋もあり数は不足。しかも俺は三階の無理やり作った部屋の住人だ。さらに厄介者である。


「さっき上から布団は回収してきたから、そこのソファでいいかな。朝ごはんもすぐ作れるし」


 俺は笑ってマーボー飯をかき込む。すると、後ろにある冷蔵庫に張り付けたマグネットタイマーが鳴りだした。俺の指定した時間はきちんと経過した。


 席を立って止めに行こうとしたら、そこできらりに声を掛けられた。



「ねえ、今日私の部屋に来ない?」


「……え?」

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