ⅩⅩⅢ レズルタートは埒外からの計略

 これは一人の少女が理想を求めて時間を駆けた物語の余波であり、とりわけその中で巻き込まれた被害者が物語の中心であった。これまで必死に理性を保って、発狂せずにこの複宇宙中間的可能性世界を乗り切ってきた彼は、十分に讃えるべきであり、表彰ものだ。まあ、俺なのだけど。最も大きく影響を受けて、それで一番大きな変化が起きた彼ら――柚留木りらといじめ対立していた時の諦と過去を改変させられて殺人犯となった諦――は異なる宇宙にいたはずなのだが、りらの時間遡行の際に発生した電気的物質が一つの運命に結びつけた。もちろん二人いるのだから結果は二つ存在する。存在する事実は二つだが、世界は一つ。然らば導かれる答えはただ一つで、一度世界が行われ、そして消えてからもう一度世界が創られた。これが最も今起きているタイムパラドックスの合理的説明を可能とすると同時に全員の文句を引っ込めて黙らせる真実だ。事実が何かは別にしても、これが真実であることは変わらない。そしてこの真実を知っているのはアンテキティラの操作人と操作された人物。操作された側の俺ときらりが知っているのは少女一名と大人女性一名。それぞれこのとある高校のあるとある世界で小学生と学級担任を務めている。かなりの確率でそれぞれ同一人物であるかどうか疑わしくなるが、それもかの機械の特徴なのかもしれない。



 さてはて、二週目のとある世界で奮闘してきた少年少女たちだが、それを一週目から参戦していたことになっている俺ときらりは一体どうしていたのか。どこで過ごしていたのかというと、もちろんこの一年一組と共に生活していたさ。きらりはきらりとして、俺は俺のもう一人の俺として生活していた。簡潔に言えば精神的立場ってところかな。完全に分離したのはタイムトラベルがこの俺に起きた時だ。あれにはさすがに驚いた。だってこの世界には時間という概念はないのだからね。時間と空間で構成された時空的四次元空間のユークリッドではない。ただの三次元空間だ。強力な重力によって宇宙で構成されている本来の時間という物に当てはめるのであれば、それは止まっていると表現するほかにない。このように時間移動するという考えすら愚行な世界で俺は時間遡行したのだから、本当に驚いた。ただ、実際に跳んだのは俺ではなく二週目の俺として創りだされた俺。元の運命づけられた宇宙からやってきたこの俺ではなく、巨大な重力を利用して破壊されたとある世界をもう一度作り直した際に生み出された偽物の俺。この俺が自ら時間を観測して定義づけ、そして世界の核へと至らんとした。これをアンテキティラ側は拒絶することなく受け入れ、導くことを選んだ。俺はこれを世界がきらりを許したのだと解釈した。



 そもそもこのとある世界が生まれた理由はもう一人の俺が見てきたように、きらりの時間旅行によって生じた歪みの収束場としてだった。自らの自己中心的行為の愚かさを自省し、求めた形とアンティキティラが求めた試験場が一致したことによって三大アンティキティラ機械を用いて創造、維持し始めた。だが、そこで生活していた俺はきらりが幸せでないことを身をもって感じた。こんな俺でも「好きだ」と言ってくれた彼女が苦しむ姿を俺は見ていられなかった。俺はきらりが幸せを求めて奔走することが罪だとは思えなかったし、確かに俺の人生は大きく変えられてしまったが、それもこの宇宙での運命だと考えれば受け入れることができる。俺の名前は諦だ。諦観の諦だ。多くの理不尽の源を諦めて受けて流し、その中でも光り続けられる欠片を抱きしめて生きることが大人だと、就活を終えて実感したこの俺だ。彼女だって運命を受け入れたのだから、自分の存在と、容姿と、能力と、価値を認めて受け止めたのだから幸せを探すことぐらい許していいと思ったし、そうであるべきだと思った。



 だから俺は実験体にされている恋人を救うために計画を実行した。仮想世界を破壊することで相手との立場を崩壊させ、対等関係に強制的に持ち込む。二週目の世界では自分自身を信じ、時間遡行が起きた時点で計画を再始動。俺はきらりを元の宇宙に送り返してあげることに尽力した。そしてこの計画もほぼ順調だ。昏睡とされているきらりの意識はこの世界を離れつつある。あとは行き先を選定するだけ。元居た場所ではまた同じ境遇にさせてしまうので、もちろん他の宇宙に送ろうと思う。他の宇宙に送るぐらいであれば、彼女のために世界を、宇宙を作ってそこに送っても問題はないだろうと思っている。そしてそれに俺は今成功した。もう一人の俺が命を引き換えに成し遂げてくれたのだ。



 額から流れていた血液は涙ぐむメンバーの一人であるすずねさんが包帯を巻いてくれた。とても安らかな寝顔に俺も安堵する。



「きらりも、この諦さんも元の世界に戻ったのですね」


「そうだ。エデンの園とまではいかないが、それでも理不尽は少ない世界に二人は逝った。本来続くべきだった時間の続きを楽しんでいるはずさ」


「なあ、諦。お前は本当にこれでよかったのか? きらりと恋人だったんだろ。あのきらりが想いを言わずに、ただ噂になるような秘め方をするとはどうにも考えられなかったが、それが本来の諦の計略だったのなら、それなら納得したよ。でもさ、でも俺たちが共に過ごしてきた諦はここで寝ているこいつで、今も意識を取り戻さないきらりだって言うことは間違いないんだろう?」



 そうだ、その通り。幾ら俺が全く同じ感情と記憶を共有しているからと言って、それが共に過ごしていた俺である証拠にはならず、もちろんここにいるシロやすずね先輩、いちか、ゆり、このは、あやめと同じ時を共にしたのはすでにこの世界にはいない俺だ。時は流れていないが、想い出を共有したのはそこの俺だ。



「計略なんて難しい言葉、よく使えたな」


「うるせぇ。お前が使ったんだろ」



 よかった。相変わらずの調子を取り戻してくれている。彼らにとってこれはショックな出来事であり、そのショックは現実世界で起きたショックと相似的だろう。ショックは今まで保っていた方向性を狂わせて見失うように仕向ける悪質な理不尽だ。彼らを前世界と共に消すことができなかった俺は、記憶を修正保持した状態でこの世界へ引き継がせた。それでも、ショックの影響は計り知れないものがあり、彼らの記憶の相違が様々な異常を引き起こした。たとえば消えたはずの世界につながってしまうとか。零週目世界は一週目世界の中で生き続け、もう一人の俺が訪れた二週目世界さえも創造した。これがこの世界のすべてだ。運命などない。ちゃちな地球如き重力に縛られて、定められた命運を受け入れるようなちっぽけな世界ではない。ここは宇宙ではないのだから運命などなく、未来を俺たちが決めることができる。逆説的に言えば俺たちの行動には常に因果が付きまとい、そのすべてがこの世界における結果を生み出している。だから、だから俺たちは――



「だから俺たちは、ここにいたこの黒羽根諦をいなかったことにしてはいけない。奇しくも俺と同じ想いを抱いていた彼の想いを引き継ぐことが、俺たちにできる存在証明だ」



 メンバーをそろえる必要がある。誰かが欠けてしまえば、必要十分条件は成り立たない。



「でも、どうやるんだ?」



 俺は考え込むあやめにそっと笑顔をくれてやった。



「言っただろう。そのために俺はこの壮大な計略を仕込んで続けてきたのだ。そして九割がたその行程は終了している。そして、これがいよいよの終幕だ」



 俺は自分力で、意志で扉を開いて外にでる。



「きらりを取り戻しに行くぞ」

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