ⅩⅩⅣ 約束されたゼルプストアインフュールン・オブ・クス







 零週目  とある世界  とある高校  一年一組  自習時間







「私、あなたのことが好きです。付き合ってください!」

「……きらり?」



 突然の告白にざわついたのは俺の心だけではなく、これを目撃している他のクラスメイトたちもざわざわとざわつきだした。それは自習時間と言われても特にやる気のない我がクラスのメンツで、それこそ阿保な高校生の定番であるプリントをくしゃっと丸めたボールとくるっと丸めたバッドを用いた教室野球が開催されていた時だった。俺は試合の行方を左右する主審を務めていたのだが、きらりは窓際に凭れる俺の横にそっと近づいて肩を叩き、頬を染めながらとびっきりの笑顔を見せると、片手を差し出して告白したのだ。声音は大音量ではなかったが、教室内にとどろかせるには十分で、一躍注目の的となり、時の人となった。



「二度は言わないよ?」



 首を傾げてこういわれるともはや釘付けになる他なく、俺はぼうっときらりを見つめていた。照れちゃうとか言いながら肩をすくめているが、そのしぐささえ可愛く見えるこれは恋なのか? 恋なんだろうか!?


 さて、こうなると流れは俺の返事待ちとなる。視線は時の少女から時の少年へ。紙のボールは床に転がったままで、投手のあやめは茫然自失、バッターのシロも虚脱状態。ちなみにキャッチャーはいない。俺が代わりに拾っていたのだが……って今はそれどころではない。



「……ちょっと考えてもいい?」


「まぁ、いいよ」



 ため息交じりにきらりは腰に手をついて、諦めの笑顔で俺の返事を保留するとの回答を受諾した。



「……優柔不断」

「……意気地なし」

「……ヒトデナシィ」



 悪かったな、軟弱者で。それと白城、しれっとヒトデナシ呼ばわりするの止めてくれ。私怨がすごいぞ。


 それからの教室の空気は異様だった。普段感じたことのない監視の目と好奇の視線。それと怨嗟にまみれた男子一名。割と人が少なくなる昼休みに俺はそっと、相談をした。相手はあやめしかいないわけだが、これは結構デリケートな問題だから真剣にのってくれるはずだ。



「あやめさん、少しいいでしょうか」

「うむ。構わぬ。して何用だ、申してみろ」



 ……今日は一体どういうテンションなのだろうか。だが仕方がない。ここはあやめに合わせておこう。



「実は、とある女の子に愛の告白をされたのですが、何せこういうのは初めてなもので、どうしたものかと」


「ふむ、そうか。一つ尋ねるが、そちは二十二であろう」


「はい」


「なして二十二年もなぜ恋愛してこなかった? おぬしは理想が高いのか?」


「そんな、滅相もありません。我がクラスの姫君方は総じて可憐で美しく、愛しさが常に芽生えるほどのハイレベルでございます。私の理想などとっくに凌駕しておられます」


「ふむ。では、そちは女性嫌いなのか?」


「いえいえ、全くもってそうではございません。お恥ずかしながら、夜な夜な酒池肉林のハーレムを夢見る節操なしでございます」


「ふむ。では、そちは女性恐怖症なのか?」


「いえ、違います。私が畏れるものなど、この世にはございません」


「はて。ではなぜじゃ。どうしてそうも悩む。幸せの時じゃろう。いったい、何を迷うておる」


「はっ。私が相手に務まるか否かでございます。なにせ、相手は未成年、私はこう見えても成人ですので」


「同学年ではないか」


「それは学生としての身分でございます。このような年にもなると、あれやこれやと余計に考えてしまうのです」


「ふうむ。まぁ、良い。相分かった。夢見がちな迷えるチェリーボーイに、わらわが一つ、アドバイスを差し上げてしんぜよう」


「はっ。ありがとうございます」



 長かったな。ここまで来るのに随分と掛かったな。そして、その上であやめのアドバイスとは――。



「タバコ吸いまくってカッコつけろ。こう、すぱーって」


「えぇ……。なんですかそれ。普段の俺となにも変わらない……。しかも恋愛と関係ない……。どうすればいいのかという答えすら出ていない……。あと、これ以上本数増やしたら俺はヤニカスになってしまう……」


「シャラプ! 黙れ、チンカス。文句言わずに実行あるのみだ。態度だよ、態度。態度で示すんだよ」



 ああ。さっきまでチェリーボーイだったのに、すぐさまヤニカスまで降格させられてしまった……。やっぱりあやめに相談したのは間違いだった。



 机に突っ伏す白城をつついているこのはを見てのどかな光景だなぁと、俺はこういう日常が良かったのになぁ、と。それでも俺は幸せなんだろう、とも思った。自分のことだ。どすうるかぐらい自分で決めるべきだし、誰かに聞いてもそれは参考資料にしかならない。役立つかどうかなんてのは、開いて見てみないと分からないときた。だったら自分で考えた方がいいのは目に見えているし、実際こういう問題の答えは考えるまでもなく出ているものだ。それをきちんと伝えることができるかどうかというのが、肝心ってことだ。そうだろう、俺。当たり前のことだよな、俺。


 きらりはこの様子を自分の席から顔だけ横に向けて見ていた。いったい何を考えているのやら。さて、もう十分だろう。そろそろいいか、俺。




『ああ、いいよ。君の言うことを信じるのなら、この世界の創造主である本来のきらりの想いは叶えられたみたいだからね。それにしても流石だな。同じ自分だとしても、君のようにきらりを本当に救うことができた自信がないよ』




 何を言ってるんだ、俺。お前はこれからこの世界を構成している中性子重力を使って爆発を起こし、一度この世界を創りなおさなきゃいけないんだぞ。注意事項は伝えた通りだからな。まあ、間違えたときは、もう一つのとある世界ができるだけなんだけど。それだと俺の行ってきた世界やきらりが遊離してしまう。この遊離が何を引き起こすのかという予測も、想像も及ばない状態だ。だから俺にはこのまま、きらりを救う道をなぞってほしい。





『冗談だよ。大丈夫、何をすればいいのかはきちんと教えて貰った。ありがとう。もう少しきらりとラブラブして、それからコメディのような冗談で笑っていたかったけど、それは君に託すよ。俺もきっときらりを救ってみせるさ』




 頼むよ、俺。




「きらり、ちょっといいかな。さっきの話だけど」



 きらりはもちろん、残っていた全員が固まる。俺は立ちあがって手招きをし、保留していたその距離を縮めた。




「俺も好きだよ、りら。愛してる」

「そ、そっか」



 あやめが声にならない歓声を上げて、白城が涙の硬直で祝福していた。このはは何が起きているのか分かっていないのか、ただ拍手している。外野の反応にきらりが反応しつつも、今手にした幸せに口元が緩みっぱなしだった。どうしていのか分からずにそわそわしているから、きっと俺と同じく恋愛ごとは初体験なのだろう。しくも今日は七月の初日。学校の都合で全校朝会は明日になっていたが、果たして本来のとある高校では行われていたのだろうか。同じ自分ではあるとはいえ、これからこんなにも可愛い女の子と三年間も過ごせるのだと思うと、すこし妬けてくる。だからこれは、これから頑張る俺へのはなむけだ。



「わーお。諦、大胆」



 口づけを受けたきらりの目は驚きで見開き、それから幸せで閉じた。世界はこれを合図に色を失い、モノクロとなり、そして霞むように消失した。

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