Ⅴ発動されしルビア・オペラツィオンーZweiー

「各自状況報告を」


 トランシーバーが雑音の中からきらりの声を拾った。俺はざらざらとした雑音に向かって答える。


「あー、あー。こちら諦と魔法少女。なんとか指定位置に到着。スタンバイ完了、どーぞー」


「了解。購買班、報告を」


「こちらあやめとこのは、購買班。距離三十メートルまで接近、支持をコウ。オクレ」


「あやめ、もう少し距離を取レ。様子を見ル。オクレ」


「了解。場所を変えて偵察にツトメル」


「了解。その後指示があるまで待機セヨ。次に放送部、報告を」


「……え? ねえ、このみ。これって、『こちら、どうぞ』とか『了解。オクレ』とか、そういうの言わないといけないの?」


「……別にいいんじゃない? 適当で。やることやったんだし」


「……いや、でも諦さんとかは何か言ってるよ? どーぞー♪ って」


 無線機は二人の内緒話をしっかりと捉えていた。いや、俺はそんなに可愛く言ってないですよ、みきのさん。このみさんの言う通り適当でいいんです、そんなもの。おれはきらりに寄り添って合わせただけです。あやめはおそらくバカなだけです。


「じゃあ……はい! こちら放送部! スタンバイオッケーだよ。どーぞー♪」


 俺は密かにそのかわいさが濃縮された声に萌えた。ぐぐっと噛みしめる。よきかな。


「了解。それではこれよりルートビア奪還作戦、略してルビア作戦を開始するっ!!!」


「……え? なんでアメリカの炭酸飲料?」


「白城くんが好きなのよ。彼朝から湿布剤を切らして、ちょっと不機嫌なの。でも、この作戦が成功した暁には報酬として与えることを約束したわ。それといい感じの作戦名が思い付かなかったからこれに採用ってわけ。もういいかな。それじゃ、行くわよ。改めてルビア作戦開始! みきの、このみよろしく」


「「はーいっ」」


 きらり司令の命により、放送部の二人によって突如校内へ音楽が流された。耳に入る軽快な調べは誰が聞いてもオーケストラ。曲はこの段階では分からない人が多いだろうが、ジャック・オッフェンバック作曲の天国と地獄。運動会で頻繁に使われるあの跳ねるような命題はこの序曲第三部に当たる。七分半後になればきっとここにいる全員がこの曲の正体を正しく認識するだろう。……よっぽどのバカでなければだが。


 ともあれ曲を合図に各員が行動を開始した。購買奪還作戦、ルビア・オペラツィオンの開始である。


 作戦内容はこうだ。まず音楽を掛ける。これは開始の合図でもあると同時に、相手に対する宣戦布告でもある。ここで奇襲攻撃を選択しなかったのは相手の気を自分たちに確実に向けるため。警戒した敵にあやめとこのはが陽動攻撃を仕掛ける。主に爆竹を使用する。こっちは魔法が使える奴も少ないし、手元にある残段数も極僅か。頼ることができるのは天才小学生このはのトラップシリーズだ。この爆竹が以前はどのような仕掛けに使用されていたのかは不明であり、知りたくもないのだが今回は非常に心強い味方である。火は無限ライターという魔法的文化物を使用するのだと、先ほど見せてもらった。少々お値段は張るが、エネルギー源が魔法であるため、簡単な魔法を使用できる最低限の素質があれば無限に使用することができる優れもの。無論、この世界でのみ使用可能なわけだが、あと三年もここにいる予定なのだからぜひとも手にしたい。そのためにも購買奪還は必須である。


 購買から敵を陽動、誘導することに成功したら今度は俺たちの番。いよいよ魔法少女登場だ。音と爆発は相手にとってダメージにはならない。しかし、今回の標的であるはずの我々の存在を捕らえることができる。すると魔女は排除するために魔法を使用してくるだろう。それを魔法少女いちかの能力で相殺し、無力化。最終的には指定場所に設置した対魔女特性捕獲罠を使用して相手を捕縛。事態の収束を図る。


 果たしてうまくいくのか。俺はまたしても不安であった。


「なあ、この作戦うまくいくかな」


「ど、どうしてですか」


「ちょっと心配というか、不安でさ。俺よりも魔女のことに詳しいのだから、皆のことはもちろん信頼している。だけど、分からないことが多すぎるんだ。魔法が幻想的だとか、そういう話ではなくて俺には相手の意図が掴めない。俺たちを敵とみなしているのであれば、今朝のように直接攻撃してくればいいはずだ。だが魔女の取った行動は校内の一部を占拠して陣営を築くことだけ。以前受けたという魔術的妨害、錯乱もイタズラの範疇を出ない。行動が特異すぎる。だからこそ作戦通りいくか、心配だ」


 計画が崩れた時の皆の身が心配だ。


「だいじょうぶ、だいじょうぶです」


 隣に立つ背の低い少女はそう言った。その声はかぼそくて今にも壊れそうだったが、強い信念が汲み取れる。


 いや、執着か。


 それでも彼女はこういうのだから、俺は少しばかり安心した。


「どうにもならなくても私が何とかします」


「それは心強い」


 パンパンとものすごい音がし始めた。バックミュージックの天国と地獄もこれにはかき消されてしまう。曲がり角から煙が一気に充満し、「ひゃっほーう」という叫び声と共に、二人のやんちゃ少女が煙をぶち破って飛び出してきた。叫んでいたのはもちろんあやめで、このは飛行機の翼を両手で表現して飛び去って行った。


「すげえ、すげえ。あいつら、こっちに、めっちゃ来たさ。じゃあな、じゃあな。あとはよろしく~」


「……めっちゃ?」


 騒がしき二人が過ぎ去った後を振り返ってみると、今度煙の幕を破って出てきたのはだった。魔女はいつの間にか増えていたのだ。その進み方は明らかに歩いておらず、宙に浮いているように見える。そして魔女たちは俺といちかを視界に入れた途端、戦闘体制に移行し、手持ちの自慢の杖を振って光の玉を作って放った。いちかはこれにすぐ対応し、両手を広げてアンチ魔法で打ち消していく。見た目ではではどちらも同じことをしているようにしか見えない。


「汝、我に害を及ばさんとするか。そのようなこと彼の方は許さず、ましてや呪術的な紛い物は禁忌。その根源が怨嗟だというのであらば、御方の思し召しによってその邪魔打ち消してくれよう」


 今度の文言はオリジナルだ。意味はめちゃくちゃだが、それっぽく聞こえる辺り電波な子に思える。それともやはり、いちかは本当に信者なのか。どちらにしても、このままでは作戦は失敗だ。想定していた相手は一人だから。罠の数が予備を含めても全く足りない。どうする。


「こちら捕縛班、応答ネガウ。どうぞ」


「こちら司令部、何か問題でも? どうぞ」


「敵は複数いる。繰り返す、敵は複数。目視できるだけで十人以上、オクレ」


 ちなみに、オクレというのは指示としての返答を送れのオクレ。こちはそれを受理するという意味。なんか知らないけど軍が使う言葉って憧れがあるよね。


「こちら司令部。それならすでに解決した。だーいじょうぶだからちゃんと見届けて。じゃ、オーヴァー」


 解決した? いったいどういうことだ。そして最後、なぜ突然米軍に。


 そして俺はまたしてもこの組織が良く動くものだと、感心させられることになる。


「いちか、飛べ」


「はい」


 魔法少女の後ろに現れたのは、先輩二人組。白城と赤嶺先輩。手にしているのは金属製の長い棒で、いちかは狭い廊下をものともせずに二人の上を後ろ向きでくるりと回転しながら飛び、前後衛を後退させた。


「こいつらは魔法で作られたダミーだ。ここは俺たちに任せろ」


「……来て、ください。はやく」


「お、おう」


 俺は言われるがまま、手を取られるままに走った。後ろで何か影が動いたように感じ、振り返ればそこには先輩の上を飛び去る魔女がいた。


「そいつだ。そいつがモノホンだあ」


「こっち」


「そっちに罠は――」


 罠の設置場所ではなかった。そこはこの間とは違うが、少し広めの空き教室が続くこところ。俺たちが普段使用している場所からはだいぶ離れてしまう。角を左に曲がる。俺はいちかの小さな手の温度をしっかりと感じ取っていた。俺にできることは見届けることだけ。そこに共にいることだけ。魔法なんて使えないからな。


 いちかが止まる。追走してくる魔女と対峙する。


「……いきます」


 俺は固唾をのみ、魔女は廊下に緑の閃光を叩きつけた。閃光は海の上を彷徨うサメのように直進してくる。


 いちかは小さく小奇麗な木の棒を取り出し、魔法杖として左から右へ横へ大きく振った。緑の閃光は廊下全体に散って辺りを包む。オーロラの中にいるような幻想感。そして宙へ杖を回転させながら放って唱えた。


「アイネ・ファレ・シュリンゲ・ピエージェ」


 罠が作動した。その罠はまさしく今回の作戦で使用する予定の檻トラップだ。俺が引っ掛かった網を上から投下して身動きを制限させてから、下から組み立て上げられる巨大な鉄製の檻で二重に包囲する。どんな仕組みになってるのかは誰にもわからない、天才このは特性トラップ。だが、こんな辺鄙な所には設置していなかった。予備がここにあるとも聞いていない。


「罠を魔法で移動させました。本当は使っちゃいけないけど、他に方法なかったので。……後で懺悔しないと」


「そうか、よかった。上手く行って本当によかった」


 失敗したら冗談じゃなく魔法科高校になるところだった。少なくとも、俺はまだ高校生活を続けることができそうだ。


 それにしても魔法で罠ごと移動させるとは。恐れ入ったぜ、トンデモ女子高生。俺は無性に頭でも撫でてほめちぎってやりたくなった。だが、それは叶わなかった。彼女であれば抵抗できずに受け入れ、そして最大限に照れるだろう。だが、いちかを讃える前にきらりたちは来た。


「諦くーん、いちかちゃーん。だいじょーぶ?」


「ああ、きらりか。お陰様で。魔女もご覧の通り」


「うああ、疲れた」


「あ! 白城くんもお疲れ。魔法魔女は消えた?」


「おう。きらりの言ったとおりだ。魔女の身に何かがあればその分身は消えるからそれまでの辛抱だって。いやあ、疲れたぜ」


「ええ、そうですね。でも、互いの背中を預ける経験って初めてだから楽しかったです」


「すずねさん! お疲れさまでした。このような役を押し付けてしまい、申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」


「ええ、大丈夫よ。ありがとう、きらり。結構楽しかったわ」


 大きな器と共に大きな胸が揺れる。俺の心も揺れる。今すぐにでも飛び込むという選択肢の方に揺れまくって振り切りたい。


 このクラスはすごい。俺はとてつもなく感心していた。日本各地の都会にある高校ではまずお目に掛かれない光景だろう。この不可思議さを抜かしても、絶対に生まれることのないものがここにはある。そしてそれは皆が同じ境遇にいるからこそだ。だからこそ、求めるものが似通っている。補完しあうことができる。今のように皆が安堵し、その成功に浸りきる。安心することができるのは、何かを喜ぶことができるのはそこに信頼があるから。果たして俺もこの世界を信頼することはできるだろうか。


 世界というのは唯一無二で、少なくとも自分の意識が存在できる場所は一つだ。未来というのは無限の可能性に溢れていて、なんでもできそうな気がする。自分が右に行ったとき。左に行ったとき。曲がらずにまっすぐ行ったとき。考えるだけなら、何でもできそうだ。でもこの世界は一つしかない。多くの可能性の世界があっても、自分がいられるの一つだけ。だからこそその世界を許容できない人間がいても、何もおかしな話ではない。運命や宿命の檻に囲われ、それが世界だと言われても周りには違う世界がある気がする。見えてしまう気がする。


 だから俺たちは目の前だけを見すぎた。狂っているのは人間ではない。世界でもない。世界を狂わせた人間だ。魔女は世界を狂わせた人間によって狂わされた人間。このことに気が付くまで、俺はかなりの時間を要することになる。すくなくとも目の前の欣喜雀躍を易々と享受しているようでは、世界に殺されて当然だ。


 笑顔と喜びはの時間はとても短かった。小説の一行にも満たない。当然の状態にされた檻は木端微塵に粉砕され、大爆発に伴った音量が鼓膜に直撃。背中を伝うのは焦燥感と呼ぶといいだろう。



 魔女は世界を拒絶し、檻から脱出に成功した。


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