Ⅶ 抱き描いた空想はレーツェルーVierー

「私がこの高校で初めて会った不可思議はこの魔法です。いきなり購買で魔法が販売され始めて、私は夢中になりました。中学二年生のころだから、二年前です。初め、魔法をうまく扱うことのできる人はこのクラスには居ませんでした。魔法について勉強したことのある人が私たち高校生・中学生の中にはいませんでしたし、購買のおばちゃんも売ってるだけでよく知らないと言います。その中でも唯一それらしいものを使えたのが私です。皆は才能があると言ってくれました。私はそれが嬉しかった。とっても嬉しかった。自分自身を認められた気がして、実際は魔法を使えるということを褒められていただけなんですが、それでも嬉しかった。私はそれから夢中になって魔法を使いました。お小遣いもほとんどを注ぎ込みました。そして数をこなすうちにコツをつかみ始めて、安定させることに成功しました。その、例えば炎を創造した形で具現化するとか……です」


 いちかはそう言って手のひらに炎を浮かべた。まるでオニビか人魂のようだ。


「すごいじゃないか」

「ありがとうございます。でも、問題はそのすぐ後に起こりました」

「……魔女か」


 いちかは火を消して手を握った。


「はい。魔女は魔法をいとも簡単に扱います。そしてそれをみせびらかすように、現実をみせようと私たちに悪戯を仕掛けてくる。魔女のいたずらにはみんな困りました。迷惑でした。これを阻止できるのは私しかいない。私はそう思いました」


 俺はたばこを燃やし、煙を上げてそれをしっかりと飲み込む。肺に入ったのは煙だけではない。


「私は勉強しました。魔法について。歴史的なこと。科学から見た魔法のこと。おとぎ話、神話、伝説も調べました。より魔法を使いこなすことができるようにするための毎日の練習も怠りませんでした。そのための体力をつけたくて、きらりさんたちと走り込んだこともありました。そして、そこで私が出会ったのが聖書です」


 いちかはこちらを見る。何かを確認するように。


「ちゃんと聞いている。続けてくれ」

「聖書は基本的に魔法、呪術的な行為を禁止しています。神様によって禁止されているのです。これは律令の厳しい旧約聖書の話で、女魔術師を生かしておいてはならないと書かれていて魔女狩りが行われたこともあることを学びました。私は聖書のこの文章に魔法に対抗できる力があるのでは、魔女狩りじゃないですけど、それでも悪戯を止めることぐらいはできるんじゃないかと思いました。そしてこれは正解でした。私は魔法に対抗する魔法を手にいれました。今まではこれで何とかやって来れたんです。でも、でも……」

「今回の敵は魔女ではない」

「はい。あの怪物を魔女は【ベヒモス】と呼んでいました。私のおぼろげな記憶だと、聖書にそのよう様な怪物が記されていたと思います。私は魔女の魔法に対抗はできますが、あれはどうしようもない。魔法から生み出されただけで魔法じゃないから。でも、魔女を呼び寄せたのはたぶん私だから、だからだから――」

「責任は全部いちかにあるってか?」


 いちかは頷く。その思想は本来人間には罪があるという原罪思想であろうか。そして、最も恐れているのは自らが魔女になってしまうということ。魔法を打ち消す能力が魔法であれば、いちかは魔女になってしまう。今はまだ魔法には満たない能力だから、彼女は魔法少女と認知されているのだろう。


「私、反魔法を使うと他人の感情を感じ取れてしまうんです。感情からはその人の言葉も読み取れてしまします。さっきのは、魔女と戦った時にです。すみません」


 なるほど。俺は口には出していなかったが、思考が読み取れたから分かったと。取りあえず一安心。


「私はこの能力が実は魔法と同じ種類じゃないかって思うんです。私が、私が魔法を勉強したから魔女が出てきた。みんなに迷惑を掛けた。私は、たぶん魔女なんです」


 いちかは自分の心中をきちんと話してくれた。たぶんこれで全てではないだろうし、彼女の心の一部に過ぎない。それでも出会って間もない俺に話してくれたことは、親しいきらりたちには話せない抱え込んだ問題であること、俺に多少なりとも信用が生まれているのだと考えた。そして、俺も含めたきらりたちに迷惑を掛けてしまっていることに責任を非常に感じている。【ベヒモス】からすぐには逃げず、立ち向かおうとと必死になったのはこれが原動だろう。もしかしたらこれは事実であるかもしれない。いちかの冷静な分析は的を射ているかもしれない。だが俺は現実を教えてあげることにした。真実が現実にならないことを、若干でありながらも人生の先輩である俺がだ。無論、これは俺の主観的考察であり教師のように教える事実とは異なる。俺が教えるのは考え直すきっかけの考えだ。


「さっき、才能があるとか、ないとかいちかは言っていたな」

「? ……はい」

「才能っていうのは、感覚に近いと俺は思っている。感じて覚える。そのままの意だ。魔法を初めて使った時いちかはどう感じた?」

「ええと、本当に不思議な感じでした。どこかで感じたことのある感覚で、夏祭りの最後を裏山から眺めている感じです。無性に込み上げてくる懐かしさにどうしようもなくなりました」

「いちかは詩人だな。面白い表現だ」


 彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。自分で自分の言葉におかしいと思ったのだろう。


「恥ずかしがることはないよ。素直なことはいいことだ。きっとその素直さによって魔法にすぐ順応できたのだろうからね」


 最後の煙を吐き出して俺は携帯灰皿にたばこを突っ込んだ。


「いちかは努力によって才能を開花させた。俺はそう思う。才能をうらやむ人は大抵そのひとの努力を想像できないんだ。結果が秀でていればそれは才能によるものだと、天才だからという理由にしてしまう。人間は他人を見るときは心としてみるからね。あの人は愛想がいいから優しい人だ、文句ばかり言うからひねくれた性格だ、という風に。でも本人は状況で考えることが多い。仲悪くしたくないから愛想よくしよう、理不尽なことが起きたから文句言いたくなったみたいなね。言葉や行動でその人を理解することは叶わない。だが、他に判断する材料がない。だからすれ違いが生じる。いちかは自分を魔女だというが、それは間違いだ。君は魔法少女だよ」

「どうして、どうしてですか」


 いちかの上目遣いは可愛らしかった。今にも崩れ落ちそうで、愛おしい。


「才能は感覚だと俺は言った。いちかが感じて覚えた後に芽生えた情は感情だ。そして才能と努力で手にした魔法で他人の感情が分かるようになった。つまり、手にしたのは魔法なんかじゃないんだ。夢だよ、夢」

「夢?」

「そう、夢。子供のころシンデレラになりたいとか、お花屋さんになりたいとか考えたあの夢だ。いちかは夢をまだ叶えてはいない。だって夢が何か分かってもいないだろう?」


 無言は首肯の意。考えを深めることは大切なことだ。


「魔法は神秘的。まるで夢そのものだ。だが、一応大成はしている。夢が明瞭化されているんだ。そして魔法を、夢を追いかけている。より完璧な夢を求めている。夢だけをずっと、永遠に追いかけている。夢も魔法にもその上限がないように。それが魔女だ。夢の形さえはっきりしていない、でも努力はしているいちかはまだ魔女とは言えない。感情を理解できる、共感性が豊かな感情をチカラに変えることができる、そうだな、さしずめ魔法少女と呼べるだろう」


 そして「あくまでもこれは俺の主観で、俺の考えだけどな」と最後に付け加えた。


「夢を追うことはいけないことなのですか」

「いい問だな。そしてこれには結論から言おう。と俺は思っている」

「それは――」

「それは夢について勘違いしているからだ。夢とか、そうだな希望とかでもいい。これらは自分の中にあるものなんだ。現実にはない。だから現実にないものを現実世界で追いかけようとするのは、滑稽に思える。夢や希望は自分の中にあるものだから。夢が実現する、希望が叶うっていうのは自分の中の夢・希望と現実が重なった時を言うんだよ。だから追うんじゃない。抱くんだ。そこに意味を見出すかどうかは、その人次第さ」


 いちかはしばらく黙り込んでいた。自分自身について考えているのだろう。俺の身勝手な考えを自分に当てはめて考えているのだろう。素直に受け止めて、自分の中で咀嚼することで己の物にできる彼女はやはり天才だ。この培われている素直さは天才的だ。


 いちかはそれからゆっくりと、口を開いた。


「諦さん、ありがとうございます。それと話を聞いてくれてありがとうございました。その、もう少し考えてみます」

「それがいい。幸いにも時間は無限大にある」

「……無限に?」

「ああ、こっちの話だ」


 こちらはまだ仮説の段階。これから少し試してみるつもりだからな。


「それと、もう聖書は使うな。信者であるなら止めはしないが、そうでないのならやめとけ。失礼に当たるかもしれない」

「で、でも……」

「その代り俺が新しいものを用意してあげよう。きっと想いを強めるきっかけにすることができると思うよ」


 いちかは俺の提案に同意してくれた。聖書はもう使わない。違う方法を取ると。


 俺は神を否定するわけではないが、信じているわけでもない。ただ、一つのことに縋ることを俺は防いでやりたかった。何かに執着し、それだけが、それだけを絶対とすると人はそれを失った瞬間に空虚に放り出される。絶対的信頼がなくなれば、自分自身を見失ってしまう。取り戻すことに必死になり、前に進むこと、強く生きることは難しくなる。何かを極めてプロになることは素晴らしいことだが、それだけでは素晴らしい人間だとはいえない。素晴らしい人生だとは言えない。本に例えるならば、一つの章しかない薄い本だ。だから今後、魔法に囚われないために俺は聖書のチカラを使うことを諦めさせた。


「諦さん、他の物って何ですか」

「それは、これから取りに行く」


 いちかは首を傾げた。当然の反応だろう。だってここは閉鎖的な空間で、外にはまだ敵がいるのだから。


「実はこの窓、ちょっと不思議なものみたいでな、さっきたばこの煙を外に出すために開けたら、面白いところにつながっていたんだ。きっとそこならお目当ての物が手に入ると思う。一緒に行くか?」

「はい。連れていってください」


 その返事は力強く、少なくとも先ほどまでの迷いは薄らいだように見えた。


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