ⅩⅩ 俺と世界のエルンスト・十字路《クロスロード》

「黒羽根諦は先ほど見た下の道へと向かって歩いてください。移動することができるようにこちらで手配します。それからしばらくは道なりに沿って進んでください。十字路に差し掛かったら、また教えてください」


「わかった」



 俺は片耳にイヤホンの先端だけの様相である、小型無線機に指を添えて指示を聞いた。音声が聞こえるのはイヤホンだから良く分かるのだが、話した俺の言葉は一体どこでキャッチされているのかどうにも不思議だった。この機械の詳細は良く分からないが、それでもその指示に従うしかない。。


 俺は部屋の外に出て、それから少し戻った。そこには、先ほど気のせいだとしか思えなかった道が確かにそこに存在し、俺が来た道とその向こうにある道の方が気のせいに思えてくるほどだった。


 俺はもう無知ではない。この不可思議の世界の仕組みの一端を知っている。すべてではないが核となる部分を知っている。だからこれから起こることを知らなかった、聞いていなかったで済ませることはできない。俺は当事者だ。


 俺は少女の指示に従って歩く。下へ続く道を歩き続ける。やがて道は平行になり、遜色なくなったその道は明るさがきちんと保たれていた。この道は永遠に続くようにも思えたが、初めに歩いたマンモス高校の廊下に比べれば恒久の中に安心がある。あそこは暗くて不気味で、そして歌があったからな。それにしても、不思議な歌だった。一度も生徒手帳の裏をチェックしたことがなかったから、本当に、全く気がつかなかったぜ。



「つきましたか?」


 少女が俺を急かす。だが道はまだ続いている。一本でまっすぐと続いている。


「いや、まだだ。まだそれらしき場所さえ見えていない」

「そうですか。では頑張ってください」

「あのさ、ただ歩いていても素っ気ないから、少し話し相手になってくれないか?」


 俺はさっき聞けなかったことを聞いておこうと思っただけだったのだが、少女はこれに警戒した声で答えた。


「なんでしょうか」

「きらりが倒れたって、俺と一緒に倒れたって聞いたけど、それもこの世界と関係があるのか?」

「はい」

「それは、なんだ?」

「柚留木りらの体はもう持ちません。この世界に長くいすぎたのです。私たちの機械がどれだけ高性能でも、人間の肉体限界を止めることはできませんでした。柚留木りらはこのままだとやがて重力に潰されます」


 重力に、つぶされる……?。


「それは、どうにもならないのか」

「アンテキティラⅢ、アンチ重力グラビティ素体マテリアルを全稼働させていますが、それでも延命処置にすぎません。これを回避する方法は現時点で存在しません。そこで、あなたに委ねることにしました」


 委ねる? なにを? 延命の有無か。いや、それも含めた別の選択肢か。


「それがこの道の先の分かれ道だと」

「ええ、そうです。文字通りの分かれ道です」


 与太話をしていると左右に道が分かれている場所、目的地にて始点の十字路交差点が見え始めた。


「みえたぞ」

「わかりました。では、十字路の真ん中まで進み、そこでこの通信を切ってください。それが開始の合図となります。何が起こるのか、それは私にもわかりません。そこから先は黒羽根諦、あなたに一任します。私たちはこの世界の後継者を望む。ただ、それだけなのです。すでに賽は投げられました。では、ご武運を」



 後継者? なんだそれは。そんなこと聞いていない。



「おい、それはどういうことだ? 聞いていないぞ、おい」


 それ以上呼びかけても一切、少女は応答しなかった。俺は仕方がなく十字路手前まで進む。そしてその手前で立ち止まった。この交差点にはない一時停止の標識に俺は従った。


「しょうがない。諦めるか」


 知らないことを全て知ろうとするのを諦めよう。思い通りに、理想的な道を歩くことを諦めよう。自分の都合に世界を合わせるのを諦めよう。目の前をしっかりと見て、それを自分の物にするまで諦めずにいよう。大丈夫、いつも通りだ。


「らーたた、らーたた、らたた・たむ。そぉれでも、まことは、ラタタ・タム――」


 無線機を放り投げ、歌を口ずさんだ瞬間にそれは始まった。いよいよ物語は俺とまじめに交差し始めた。


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