ⅩⅦ 収束する終息地【アンティキティラ】

 光る双剣。全身ローブに身を包んだその黒の剣士。たじろぐ敵を不敵に笑うその出で立ち。あ、あなたは――。


「ま、まさか!? 二刀流のあなたは――」

「いや、そんなはずは。でも、もしそうならば……もしかしてあなたは――」

「…………誰だ?」


 結局、皆が首をかしげた。なにか壮大な予感がしたのだが、気のせいだった。取りあえず味方のようなので、みんなで彼に任せることにした。


「……うおおおおい。おいっ。なんだその反応はっ! 気のせいだってなんだよ。あれだけ盛り上がっていたじゃねえか。どうして盛り下がった? なぁ?」

「総員退避~。退避~。前衛を突如現れた英雄くんに任せて、取りあえずけがの治療して~。すずねさん、大丈夫ですか?」

「うぉおい!」

「……うるさいな。英雄なんだろ? その二刀流であれ片づけてよ、あれ」

「…………えぇぇ。久しぶりに地上に上がってきたらなんか、戦闘が起きててやばそうで、そのうえ諦めたくないとか何とか言っているから、これは助けた方がいいんだと思ってやったのにさ……なんだよ、ひとがせっかく…………」

「お。くるぞー」

「くそっ。二刀流スキル! 閃光の――」



 とんだ茶番を演じていた彼は、おそらくダンジョンに籠っているときらりが言っていた彼だ。何年間攻略しているのか知らないが、その技術は敵に何もさせずに一方的に攻撃しており、圧倒的だ。異世界ファンタジーならタイトルを獲得していただろう。おめでとう。だが、ここは不可思議高校の一角に過ぎない。そしてこの不可思議は君に訪れたモノでもあるが、俺に訪れた不可思議でもある。俺にとってはタイムリープの一環でしかないのだ。すまないが、自分勝手で申し訳ないが俺を先に進めてくれ。


 そう思って立ち上がった瞬間だった。でかい敵モンスター、つまりこの辺りのボスモンスターが最後の咆哮を上げた。それはこの場にいた多くの者にとってそれは恐怖ではなく、終焉のファンファーレに聞こえただろう。こちらにはダンジョンのプロがいるのだ。敵の消滅は近い。しかし、その咆哮は思わぬ災害をもたらした。


「みんな気を付けて。最初のこのボス、最後の咆哮で地面に落とし穴を開けるらしいの。気を付けて……って諦くん!」


 俺はその注意を受ける前に、声すら上げられずに落ちていった。きらりの叫び声がやけに大きく、そこに切迫めいたものを感じて俺はやばいのかと思った。


「うりゃあああ! っしゃあ、勝ったぞ!」


 その頃、二刀流の屋久島はひとり吠えていた。


「じゃあ敵もいなくなったし、わたし諦くん探してくるね」


 きらりはさらりと言った。


「きらりさん、当てはあるのですか?」


 すずねさんが尋ねる。


「うん。彼……屋久島君から貰った攻略ブックによると、ボスを倒したあとに穴の先に通じる道ができるんだって」


「おう。その通りだ」


 二刀流の屋久島は頷く。


「そういうこと。だから、ちょっと待っていて」


 きらりは奥の小さな洞窟道へと足を踏み入れた。それを見たゆりはぼそりと呟く。


「……きらり、何をそんなに焦っているの?」



 ***




 落ちた先はまだダンジョンの中のようで、俺は変わり映えしない景色の中をただうろついていた。壁の代わりに土の柱のある空間を幾つか抜け、その先に俺は少し開けた空間を見つけた。そこを誰にでもわかるように例えるのであれば、そう、古代文明を治めていた王の墓のようだった。いや、これでは伝わらないか。とある他人の家の作りが玄関からリビングまで一直線の廊下があったとして、居間の戸を開けた時と例えればわかってもらえるだろうか。見ていた景色が突然、高さを伴って開けた空間に変わったのだ。招かれているような、落ち着くことのできない空間に。そして俺は見た。何か良く分からない機械のようなものが、いくつか置いてあるのを見た。


「これは、なんだ……。ダンジョンないは機械仕掛けだった。とか?」


 しかし、機械は大きく分けて三つしかなく、それも電子的な雰囲気は全くない。どちらかというと富岡製紙工場で現役活動している機械だ。なにか動力を得て、からくり仕掛けで動いている。中でも一番大きいものが自然と目を引く。数え切れないほどの歯車が動いており、そして解読できない文字と絵の円盤を針状の物が差している。時計だろうか。


「アンティキティラ。それはアンティキティラの機械よ」


 突然耳に入った声に俺は振り向く。声の主はきらりで、いつになく真剣な表情で歩いて来る。


「アンティキティラ? なんだ、それは」


 聞いたこともない。俺は全く知らない言葉だった。


「それ以上は知らなくていいの。これは私の不可思議だから。私の罪だから」

「罪?」


 どういうことだ。何を言っているんだ。きらり、なぜこれがお前の不可思議なんだ?


「さ。帰ろう。お願いだから、何も調べないで。詮索しないで。私たちも黒羽根くんの過去を詮索してないんだから。お願い」


 俺はすでに過去が大学生だということを暴かれているんだけどね。いつ口を滑らせたの覚えていないが、いつの間にかこれだけはみんなが知っていた。俺が話す前から知っていたような気がするのだがみんなは俺から聞いたといつも返す。あれ。それは一週目の話だっけ。そうしたら、どうして転校したばかりのこの世界では――。


「きらり。俺、前は大学生だって知ってた?」


 二人が機械の部屋から出てから俺は立ち止まって言った。


「え? それがどうしたの?」

「俺、誰かに話したっけ」

「うん。話していたと思う。高校生になった理由は知らないけど」


 この世界で俺は何をしたのか。転校して、曖昧な自己紹介をした。クラスから自己宣言を受けた。体育を見学した。自習をした。放課後タバコ吸った。ダンジョンに来た。



 俺はまだ、話していない。



「違う。何かが違う。おかしい。ずれてる」

「どうしたの、諦くん。早く戻ろう。みんな待ってるよ」


 あの時俺は何て言った? 思い出せ。思い出すんだ。一番初めの自己紹介。俺は何て言った。




『とある事情で転校してきました黒羽根諦といいます。歳は二十二歳。よろしくお願いします』




 違う。それじゃない。それはただ年上だと宣言しただけだ。大学生だとは、一言も――。




『……では改めて。俺の名前は黒羽根諦。黒い羽に植物の根で黒羽根。諦は諦める。諦観の諦。漢字で言えば言偏に帝国の帝の一文字。一応年上だけど、学年は高校一年生だ。気にせず諦と呼び捨てにしてくれて構わない……』




「一言も言っていないじゃないか……」


 俺は一度も口にしていない。言ったことがない。まただ。また時間が……いや、これは事実が違う。事実が世界と異なっているんだ。俺の過去と同じ。起こしてもいない殺人事件……。


「……私は悪くない。悪いのはみんなのほうだ」


 俺は唐突にこの言葉を口にした。この言葉には既視がある。そうだ、いつだったか見たあの夢で俺をいじめていた女子の放った言葉。あれだ。あれを言ったのは、たしか。


「きらり、なのか……?」


 途端、後ろの機械が大きく動きだした。きらりは何かを叫んで走りだそうとしている。だがそれは夢の中にも現れたノイズに阻まれている。機械はコンセントもないのに電気を放ち、宙をはしらせた。疾風が光るたびに、俺の知らない俺の記憶が目に見えた。いくつも、いくつも、俺の知らない光景が見えた。知らないのに俺はそれが嘘とは思えず、膨大な量に圧倒されてあんぐり口を開けていた。



「……そうか。俺はきらりに会ったことがあったのか」



 そこで俺はまた超越リープした。

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