ⅩⅥ ダンジョン・ビギナー・フェアツヴァイフルング

「ふぅーっ。さて、どうすっかなぁ」


 教室の片隅にそれはある。絶滅危惧種になりつつある公衆電話ボックスのような出で立ちで、学び舎である高等学校の校舎に本来あってはいけないもの。推奨せずにその危険性と有害情報を伝えていかなければいけないはずの立場である学校に、どうして喫煙室があるのか。それは疑問に思うところもあったのだが、今亜張り難く使わせてもらっている。また、すでに二週目なので当然のように喫煙しているが、高校生は絶対にタバコとか吸ってはいけない。法律における問題はもちろん、一利もなく、百害しかないのだよ、タバコとか。コーヒー飲めると大人っぽくてかっこいいとはわけが違う。値段もバカみたいにすっごく高いし、吸うことのできる場所は街にはほとんどないし、喫煙者ってだけで煙たがられる世の中だ。悪いことは言わねぇ。やめとけ。ちなみに俺のタバコは自家製だ。煙草の葉っぱだけ買ってきて紙でくるくる巻いたもの。紙ってコピー用紙じゃないよ? 味も香りも、品質にもばらつきが出てしまうが、この方が安上がりなのだ。ちなみにこのやり方はオーストラリアから帰国子女の友人に教えて貰った。


「まあ、やめとくも何も俺は成人しているから、自己責任なんだけど」


 高校生の喫煙について真面目に考え、それが己に対するブーメランにならない言い訳を作っておく悪い大人がそこにはいた。


 コンコンコン。


 悪い大人を誰かが呼んでいる。


 コンコンコン。


 それは他ならぬこの俺のようだ。一人分のスペースに一人しかいない俺に向けられたノック。火の始末をして、ボックスから出る。記憶の上では二週目となる今回も、扉叩してきたのはあやめだった。


「柳沢さん……だっけ。どうした?」


 俺は前回と同じセリフを吐く。


「一服中にごめんよ。ちょっとこのへんのあれやらこれやらを案内してあげようと思ってさ。にひひ。あと、あたいのことはあやめでいいよ」


 あやめも大体同じセリフを口にした。俺も努めて脚本をなぞる。


「ああ、分かった。あやめ、それでどこを案内してくれるんだ? 校内ならそれとなく回ったんだが」

「秘密の場所」

「秘密の場所?」


 俺の記憶だと、あやめは校庭と言ってから秘密の場所だと言うはずだ。秘密の場所としか言わないのは誤差の範疇か。


「そう。実はこの学校にはダンジョンがあるんだぜ。どうだ? 気になるか」


 変わっている。俺はこれに大きく驚いた。もちろん、心の中で。


 ダンジョン。たしか、なぜだか原因は不明だが「敵」という存在が無尽蔵に出現して襲ってくる、俺にとっては未だに噂だけの場所だったはず。きらりからは籠って攻略している生徒がいたり、敗北すると入り口に戻されるということを聞いている。


「へぇ。そんなところがあるのか。変わった学校だな、ここは」


 俺は冷静さを保つように、初めてこの世界に来た時の気持ちを心がけた。本心は目が切れるほどに覚醒し、体が興奮しているのを心臓で感じていた。もしかしたらこれが全てに帰結するのではないだろうか。ああ、なぜ忘れていた。ダンジョンだよ、そうだ。いつの間にか忘れていたが、一番の不可思議要素で、これが話の核になりそうだと、あれだけあおっていたのに。


 そしてあやめからは期待通りの言葉が出た。


「今からみんなで攻略しに行くんだけどさ、黒羽根も来るか?」


 もちろん、参加する。


「ああ、もちろんだ。それと、俺のことも諦と呼び捨てで構わない」

「オッケー、諦。じゃあ、行こう!」


 そして俺がのこのこ付いて行った場所はとても見覚えのあるところだった。


「こ、ここは……」


 唸る自動販売機。あふれだす具材のパン。授業で使うノートをついでに買っているあやめ。


「こ、購買……。まさかここが入り口だったとは」


 そして接客の笑顔をこちらに向けるおばちゃんと魔女。


「……ま、魔女!?」


 魔女にはいい思い出がない。つい先日紛争を起こされたばかりだ。屋根だって吹き飛ばされた。そして何よりもここの魔女はイタズラが好きなことで有名だ。


「あれ、魔女のこと知ってるの?」

「あ、いや、なんかあまりにも自然に魔女のような、その格好がいたから……」

「あの子は確かに魔女だけど、白樺いちかっていう学校の生徒よ。いつも購買の手伝いしているから、勉強しない組の一人ね。そうそう。偏見を持ってほしくいないから補足するけど、勉強しない組っていうのは素行不良とかそういう意味ではなくて――」


 白樺いちか。俺は彼女を見たまま動けなくなった。どういうことだ。彼女は魔法少女だったはずでは。いたずらばかりの魔女に対抗するため、魔法に対抗するために魔法少女としてあれほど頑張っていたではないか。ここはまた違う世界だと、そういうのか。俺はますますどうしたらいいのか分からなくなってきた。何が正解だ。正しい選択肢はどこだ。


「いかないの?」

「いくよ。大丈夫だ、いくさ。他の皆は?」

「先に行って待ってるってー」

「そうか」


 今は前に進むしかない。このダンジョンがその答えを示してくれると信じて。世界は一体どこまで計算済みなのだろうか。


 ***


 ダンジョンは想像しているよりもずっと明るく、ずっと近代的だった。テーマパークのアトラクションのように整備されて、道順まで示されている。配られた地図はとても分かりやすく、余計な道を作らないようにできていた。メンバーは俺がよく見知っているきらり、あやめ、このは、白城、すずね先輩、それと佐倉ゆり。


「これで倒すんだよー」


 と渡されたのは真剣の剣のみ。衣装的装備はなく、武器さえあれば何とかなる人は何とかなるらしい。本当はレンタル料がとてもかかるから、武器だけにしようってことになったんだって。世知辛いね。その辺はファンタジーでいいと思うんだけど。


「あっ、出てきた」

「いけー、進め、野郎ども―」

「……女性陣は何をするの?」

「サポート」

「さぽーと」

「そう! サポート。戦いに勝てるように頑張るよ!」


 よく見ると剣を手にしているのは俺と白城だけ。他はステッキや杖を持っている。どこかで見たことのあるような、ないような格好もいるが、これ以上抵触するのはいけないので、触れないでおく。


「ぐおおお」

「ゲームが現実に、って感じのアトラクションだな」


 試しに敵に近づいて剣を振り降ろしてみる。


「ぐおおお」

 威嚇と何も変わらない。そして相手はもう一度唸り、攻撃しようとする。きっとこの場合、たぶん相手の番なのだろうけど、だけど俺はそんなことしらない。無視してもう一度振り降ろす。


「ふごおおお」


 まだ死なない。三度目。


「ひきょおおお」


 敵のモンスターは煙となって消えた。ちなみに外見は一つ目に角が生え、金棒を持った鬼みたいなモンスターだった。


「ふふっ。楽しいかもな、これ。さ、どんどんいこうぜ!」

「うおお、負けてられねぇ」

「男子ってバカだねぇ……」


 俺にはもう、あやめの皮肉など一切聞こえない。目の前に現れる一度はどこかのゲームで見たことのあるモンスターを次々と倒していく。敵モンスターオールスター無双である。


「てりゃあああ」

 白城も負けずに、俺よりも前の敵に切りかかる様になり、いつの間にか小隊の先陣隊長になっていた。後ろの女子から時々傷が癒される気がする何かを掛けて貰いながら、一行は順調に進み、そして順調に全滅しかけた。開けた場所に突き当たったのはいいのだが、不用意に侵入したばっかりに閉じ込められたのだ。この辺りを縄張りとしているボスモンスターが現れ、周囲に取り巻きの小さなモンスターも現れた。見るからに全員鬼であり、ボスは鬼の中の鬼。オニバスだった。


「な、なんですかあれは」


 すずね先輩が驚く。


「なんじゃこりゃあ」


 あやめが楽しそうに驚く。


「きゃあああ」


 きらりが女の子らしく驚く。俺は咄嗟に庇ってポイントを稼ぐ。


「俺がやるしか、ないのか……」


 もちろん白城がワントップ。頑張ってゴールを決めてくれ。


「ほんとうになんですかあれは」


 ここでようやくこのはが冷静に突っ込みを入れた。取り巻いている子鬼のこと

か? いや、あれは誰がどう見てもただの鬼だ。もちろん、彼女が尋ねたのはボスの方。オニバスって聞いてもどんな鬼なのか。小学生でなくても、知識がなければわからないだろう。ここは元大学生の博識を披露し、ポイントをさらに稼ぐところである。


「オニバスっていうのは、その水の上に浮いている水草だ。大きな丸い葉っぱが池とかに浮いていたりするやつだ。目の前にいるボス敵の背後にある三枚だな。あれが水の上に浮いているイメージ。それで、顔のようになっている刺々した部分が実の部分だ。ほら、とげが上下で重なり合って口のようになっている。あと、その長いのはつるだと思う」

「鬼っていうか、植物のバケモノじゃん!」


 きらりがどうしようもなさそうに突っ込む。


「ぐあああ」


 白城がやられた。消滅していないが、戦意は消失している。

「くそっ。文句言ってないで手伝ってくれ」

「無理だよ、攻撃魔法知らないよ~」


 俺は子鬼の攻撃を何とか退ける。いきなりのボス戦。急に攻略難易度が上がり、全滅の危機だった。ちきしょう。まだ何も見つけられていないのに。

「きゃあああ」

「きらり! くそっ」


 きらりがボスに捕まった。巨大なオニバスの葉に包まれて、完全に自由を失っている。


 俺は子鬼の面倒だけで限界。白城は放置され、他のメンバーも自分の身を守るので精いっぱいだ。


 きっと、このまま全滅しても何も問題ないのだろう。俺はそう思う。本当に死ぬわけではないのだ。負ければスタート地点、つまり購買に戻されるだけ。そして寮に帰るときにダンジョンの敵とか、活躍したとかしてないとかを笑いながら話すのだ。そうだ。それだけだ。それだけなのに、なのに、なのに。


「……それだけなのに、どうして俺はそれを許せないんだ」


 俺はそれが嫌だった。このまま終わるのが嫌だった。もうすべてを決めてほしくなかった。俺にも選ばせてほしかった。世界が選択した道を歩くのはもう、うんざりだった。出し惜しみしないで教えてくれ。全部をぶつけてくれ。考える必要があるならそれから考えるさ。だから、だから頼むから。ここで終わらないで、その先へ行くことを許してくれ。たまには俺の話を聞いてくれてもいいじゃないか。


「そうだな。それもそうだろう。いや、君が何を言っているのかまったもって分からないが、それがなぜなのかは決まっているだろう。そう、それはまだ君が諦めていないからだ」


 声はすべての後ろから前へと滑走し、その主は両手に光を携えていた。威勢のいい声と共に蔓の片方が落ち、きらりも地へと解放された。


「大丈夫かい。怪我はないかい、未経験ビギナー?」




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