共に歩もう

ひとりきり

 プロポーズされてからは、一人寂しく待っていた三年間が嘘のように思えた。時間が目まぐるしく過ぎていく。両家の挨拶をして、新居を探して、入籍の日取りを決めて。結婚式を挙げるかどうか、挙げるならどういう形式でどこで行うか。そういったことを一つ一つ一緒に行えることが嬉しい。


 でも結婚式の準備が進むにつれて、少しずつ違和感を覚えるようになってきた。隼人はやとが浮気してるかも、なんていう漠然とした不安じゃない。結婚式の準備を一人で進めているような感覚に襲われるんだ。それは、式場をおさえてから特に顕著に感じるようになった。



 ドレス選びにブーケ選び、招待客のリストアップと招待状の準備。引き出物、ウェルカムボード、料理や式で流す曲。結婚式までに決めることはたくさんある。全部式を行うまでに決定しなきゃいけない。時間に余裕なんてほとんどない。なのに……。


美穂みほの好きにしていいよ」

「美穂が満足できる結婚式にしたい」

「美穂なら何でも似合うよ。だから安心して好きなのを選んで」

「俺は美穂に合わせる。だから、美穂の理想を言ってくれればいいんだよ」


 悪気がないってわかってる。私を気遣っての言葉なんだなって理解はしてる。だけどね、何でもかんでも私に任せられると、一人だけの結婚式みたいなの。ねぇ、これ、私と隼人の結婚式なんだよね。なら、もう少し関心を持ってよ。そんなこと、口に出しては言えないけれど。


 私の理想を叶えようとしないでいいんだよ。意見をぶつけてでもいいから、一緒に結婚式に関する事を一つずつ決めていきたいんだ。それが一緒に式を作るってことだと思ってる。今のままじゃ私のためだけの、ひとりきりの結婚式になっちゃうよ。


 それに、忙しいのは隼人だけじゃないんだよ。私だって仕事をしてる。出勤時間も帰宅時間もあまり変わらない。残業で私の方が遅い時もある。なのにどうして、結婚式の準備は私にばかり偏っているんだろう。私から提案しても「美穂の好きにしていいよ」しか返ってこない。いつから、どうしてこうなったんだろう。


 「一緒に決めて」って素直に言えたらどんなに楽だろう。わかってるけど言えないんだ。そんなことを言ったら喧嘩になりそうで。喧嘩になった挙げ句結婚直前に別れるのが嫌なの。結婚式が中止になることが怖くて、関係が壊れるくらいなら私が我慢すればいいやって思ってしまう。


 どれが似合うとか、どれが好みとか。なにか一言でいい、言ってくれればどんなに嬉しいだろう。本当は今こうして一緒にいたり話したり出来るだけで幸せなのに、当たり前のこと一つ一つが嬉しいはずなのに。いざそれが出来るようになると更なる幸せを求めてしまう。





 休日を利用してドレスやブーケを一人で見て回る。最初の頃は隼人と一緒に見に行ってた。だけど、隼人と一緒にいても意味が無いから、ここ数週間は一人で見に行っている。隼人は一緒に行ったところでつまらなそうに待ってるか、テキトーな返事しかしないから参考にもならない。


 本当は隼人にだってタキシードの衣装合わせをしてほしい。ブーケだって、男性もブートニアをつけるから少しは関係してるんだねどな。結局それも私が一人で選ばなきゃいけないんだ。そのあとはウェルカムボードをどうするか、招待状をどうするかも考えなきゃいけないし。


 ドレスだけでも色々あるんだよね。デザインが違ったり、色が違ったり。ブーケだって、物によって色や形が異なるし、花言葉だって違う。ブートニアにする花はどれにするのかは、本当は隼人と相談して決めたいんだけどな。そんなことを本人に言ったところで「好きにしてくれ」って返ってくるのがオチなんだろうけど。


「今日はお一人なんですか?」

「はい。彼からも『好きに決めていい』と言われてしまいまして……」

「あら、素敵な旦那様ですね。羨ましいです。ここだけの話、ドレスやブーケで意見が対立して大喧嘩される方もいらっしゃるんですよ」


 プランナーの人と相談しようと思ったら、隼人のことを褒められた。「好きにして」って私に全部任されるのは素敵な事なのかな。少なくとも私は、意見が対立してもいいから、何かしら言ってほしい。ドレスと合うかどうかも考えなきゃだし、そのドレスだって出来れば隼人の着るタキシードに合わせて決めたい。


 丸投げされるのがそんなに羨ましいなら、変わってよ。同じ立場になればきっと、私の気持ちがわかるから。結婚式の準備を進めてるのは私だけ。なのにどうして、何もしてない隼人が褒められるのよ。それはちょっと違うと思うんだ。


 使うドレスやブーケによって価格も変わってくる。予算の上限を話し合おうとしても「予算は気にせずやりたいようにしなよ」って返ってくる。そのくせに式場で進められたプランにしようとすると「もう少しこだわりたいとかないの?」と言われてしまう。そんなこと言うなら、これ以上どうすればいいのか教えてよ。一緒に考える様子を、フリでもいいから私に見せてよ。


 めんどくさがってるわけじゃないと思う。純粋に私の理想とする式にしようとしてくれてるだけ。その気持ちは痛いほどわかる。だけど、そうだとしても、もう少しやりようがあったんじゃないかな。そう思わずにはいられないの。


 離れ離れになって会えなかった頃に比べれば何倍もマシ。それをわかっているのに、結婚準備をきっかけに以前より喧嘩が増えてしまった。それがなんだか悲しくて、時々わからなくなる。私は隼人のどこに惚れたんだっけ。どうして隼人を選んだんだっけ。少し前まで感じていた愛おしさはもう、記憶の彼方へ消えてしまった。


 結婚式は嬉しいこと、幸せなことのはずなのに。結婚式のせいで関係が壊れてしまいそうだ。こんなことなら結婚式をしなければよかったかな。いっそ隼人と別れていれば、こんな気持ちにならなかったのかな。ううん、私の我慢が足りないだけだ。私が我慢すれば、頑張れば、何もかも丸く収まる。

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