エピローグ

桜の下で

 四月のとある休日のこと。息子も娘も、今日は友達の家に集まって遊ぶのだという。人様の家にお邪魔するわけだからと、手土産をしっかりと持たせた。残された私はといえば、久々に隼人はやとと二人きりになったため、桜を見るために近所の公園へと散歩をすることに。


 今住んでいる場所は決して地元ではない。十数年前に、結婚を機にやって来た土地。この土地を選んだのは、当時住んでいた場所より星が綺麗に見えるからだった。でも都会からそう離れているわけでもなく、私と隼人の職場からは電車で一時間ほど。


「そういえば知ってる? 昔よく待ち合わせしてた駅があっただろう。あの駅、改修工事がされるみたいだよ」

「そうなの? 何か大きなイベント、あったかしら?」

「詳しいことは知らないけどさ。その改装工事に伴って、よく通ってたあの公園、無くなるそうだ」

「まさか! また一つ、思い出の場所が消えてしまうのね」


 初めて一緒に通った映画館は、結婚した翌年に改装工事がされて当時の面影を無くした。私達にビニール傘を売ってくれた喫茶店は潰れ、代わりに新しい大手チェーンの飲食店が出来た。もうあのビニール傘を買うことは出来ない。今度は当時の最寄り駅とその近くにある公園、か。


 一つ、また一つ。隼人との思い出の場所が消えていく。この手の話を聞くと、時代の流れと共に歳をとったことを感じてしまう。きっと今の子達に当時の光景が伝わることは無い。それがなんだか淋しく思うのは、やっぱり年を重ねたせいなのかな。


「そういえばこの前、子供達に私たちの馴れ初めを聞かれたよ」

「もうそんな年頃になるんだな。で、なんて答えたの?」

「当ててみて?」


 公園へと歩きながら、隼人に問いかける。私がどう説明したのか浮かばないのかな。しかめっ面になったり首を傾げたり、思い出し笑いをしたり。馴れ初めを考えるだけでコロコロと表情が変わる。そんな変化を見ているのが楽しい。


 隼人が答えを出せないまま、目的地である公園に着いてしまった。公園で遊ぶ楽しそうな子供達とその保護者の姿が目に映る。公園の桜は、ちょうど満開を迎えていた。ひらりひらり、風に吹かれて花びらが宙を舞う。舞い落ちる桜の花びらが雨のようだと言っていた隼人が懐かしい。


「ダメだ、降参する。教えて、美穂みほ

「とある雪の日、目の前に差し出された一本のビニール傘から始まりました。このビニール傘が無かったら、あなた達は生まれていません。…………こんな感じよ」

「たしかにその通りだね。まさかあの日にあげたビニール傘が、ここまで縁を繋ぐなんてなぁ。あの時は思いもしなかったよ」


 公園のベンチに腰かければ、隼人が隣に座る。さりげなく隼人の手に指を絡めれば、あっという間に恋人繋ぎをされる。頭上には、傘布のように広がった桜の枝と花びらが見える。上から降ってくる花びらは雨のように見えなくもないけれど、私の目には「傘」に見えるな。


 そっと隼人の肩に寄り添えば、桜の傘の下で一緒にいる気持ちになれた。相合傘をしているみたい。ううん、隼人の言葉を借りるならね。愛する人と一緒にいられる。それがどれだけ素敵なことか。


 私は今日も、幸せだ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛合傘 暁烏雫月 @ciel2121

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ