愛し合う二人に祝福を
目の前にいたのは、ブルー系シルバーのタキシードを身につけた
参加者全員で賛美歌を歌って、牧師さんの説教を聞く。その間、ベール越しに見える隼人に心を奪われてしまう。説教の言葉をしっかりと耳に入れながらも思い出すのは、今日まで歩んできた隼人との記憶。こんな結末を迎えるなんて、出会った時は思わなかったから。
牧師さんの説教と祈祷が終われば、よくドラマで目にしていた有名なシーンがやってくる。テレビ越しに見るその光景に何度憧れただろう。夢にまで見た誓いの場に自分がいる。そう考えるだけで胸が熱くなる。緊張より嬉しさの方が強い。
「あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
「はい、誓います」
私の隣で、隼人が誓いの言葉に答える。本当にドラマみたいなことを言うんだな。そんなことを実感して、何だか体がこそばゆい。あのドラマで何度も見た場面に今、直面してるんだ。これが現実なんだ。それを感じる度に心臓の鼓動が
「あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
「はい、誓います」
「誓います」の五文字が心にずしりと重く響く。たったの五文字なのに、数秒と音にしないのに、言葉の意味には神様が出てくる。そのせいなのかこの言葉を口にする時、緊張した。体が強ばってしまうのはきっと、この五文字の持つ意味のせい。
花嫁を一生守ると誓った花婿だけが、ベールアップを出来る。隼人がそっと、私の顔を覆うベールを持ち上げる。白くて薄いベールで遮られていた視界が、急に明るくなった。ベール一枚無いだけで見える景色がこんなに違うんだ。横目で客席を見ると、幼馴染の愛未の目が合った。
両肩に優しく手が乗せられる。それだけなのに不思議と体が動かなくなる。隼人が一歩私に近付いた。恥ずかしくて思わず目を閉じる。頬に熱が集まって倒れそうになると同時に、牧師さんの言葉が遠くから微かに聞こえた気がした――。
新居の玄関には、A4サイズのウェルカムボードが横向きで飾ってある。結婚式の後もこうして飾っているのは、これを作ってくれたのが愛未と隼人だったから。ウェルカムボードのデザインをとても気に入っているのも理由の一つ。これを見ると、ウェルカムボードを見た時のことまで思い出すの。
パソコンでフリー素材を使ったのだという背景は雨を示している。雨の背景には「WELCOME」の文字が入ったビニール傘が一つ描かれていて。傘の下には男女のイラストがあった。人の横には私と隼人の名前が書いてある。私と隼人の話をして、このウェルカムボードを思いついたらしい。
雨の中、ビニール傘で相合傘をしている様子を描いたそれは、私と隼人の出会いを反映しているようだった。わざわざ「相合傘」をウェルカムボードに採用した背景には隼人なりのこだわりがあるらしくて。その理由は後日隼人から聞くようにと、濁されてしまったっけ。
「ねぇ、そろそろこのデザインの意味を教えてよ」
隣で一緒にウェルカムボードを見ていた隼人に声をかける。ただ聞いただけなのに、隼人は口元を手で覆って顔を背けてしまった。デザインにやましい意味でもあるのかな。
「相合傘の意味は知ってる?」
「えーと…………『男女が寄り添って入る形で一本の傘をさすこと』だって」
突然言われたから、急いでスマホを使って語句検索をした。語源辞典とか色々あるけど、無難な意味はきっとこれでいいはずよね。私の言葉を聞いた隼人は、スマホのメモ帳を開いて「相合」の文字を打って、見せてきた。
「相合傘の『相合』は一緒に物事をしたり、共有や併用するって意味なんだよ。つまり、『相合傘』は一つの傘を共有してるって意味だね」
「……それ、すごく当たり前のことじゃない? だって一つの傘を一緒に使ってるから相合傘でしょ?」
私の言葉に隼人は顎に手をあてて考える仕草をする。そして再びスマホを操作し始めた。「相合」の下に「相合傘」「あいあい傘」「愛合傘」の三つの単語を縦に並べる。
「ただの『相合傘』ならそうだね。だから俺、この相合傘にもう一つの意味を込めたんだよ。それがこれ」
スマホに打ち込んだ「愛合傘」の文字を指で示して笑う。これ、ただ漢字を一文字変えただけだよね。無理やり漢字を当てはめただけの。この単語に何の意味があるんだろう。
「今からすっごいキザなこと言うかもだけど笑わないでね」
「ど、努力するわ」
「……愛し合う二人が相合傘をする。それでこの『愛合傘』なんだけど、これにはもう一つ意味がある。わかる?」
「わからないから聞いてるんだけど?」
「少しは考えるフリをしてよ、もう。さっき『相合』は共有とかを意味するって言ったでしょ? だから、その……愛し合う者同士が色々なことを共有する、一緒に乗り越えていく。そんな意味を込めたんだ」
隼人の言葉に思わず吹き出しそうになる。けど、真面目なことを言っていたから必死に笑いをこらえる。笑い声を誤魔化そうとしたら、咳き込んでしまった。咳の意味に気付いたのか少し眉をひそめた隼人は、それでも言葉を続ける。
「傘をビニール傘にしたのは、俺の案なんだよ。俺と
確かにビニール傘がきっかけだけど。あの日あの時あの場所で出会わなければ、ここまで親密になることはなかったけれど。でもそれは、あの一回だけじゃなくてそのあと数回の偶然があったからだと思う。二回目にもう一度会えたから、そのあと色々あったから。だから今こうして隣にいるんだよ。
涙を堪えた日があった。大泣きした日もあった、辛い日もあった。今までのどんな日々も忘れない。今までの色んな出来事が繋がったその先のある、今日が一番幸せだ。色々あったけれど、あの日隼人に出会えて、そして今日まで関係を続けることが出来て。この幸せがこれからは永遠に続いてく。今はそう、確信を持って言えるから。
あなたを待っていてよかったと、今は心から思える。離れていた時があるからこそ、今こうしてそばにいることがどれだけ幸せなことか、実感できる。好きな人と結婚出来たこと、今も一緒にいること、相手が生きていること……この世界は、こんなにも奇跡に溢れてるんだ。あなたといるとそれを強く感じるんだよ。
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