星座を探して

 喫茶店で隼人はやとと話した二日後から、私達は一緒に帰るようになった。仕事が終わったら連絡をして、遅い方の電車が来る駅のホームで待ち合わせ。そのあとは近況報告とか日常会話を楽しみながら一緒に帰る。隼人は、わざわざ私をマンションのエントランスまで送ってくれた。


 最初の数日間はお互いにぎこちなかったけど、日が経つにつれて自然に振る舞えるようになっていった。振る舞いが自然になって余裕が出てくると、帰り道に二人でどこかに寄るようになったんだ。


 一緒に改札を出て、他愛もない会話をしながら道を歩く。時間に余裕があれば一緒にお店に入ったり、公園のベンチに座って話したり。そんな些細なことを幸せに思う。一緒に帰るようになって、隼人の新しい一面も見つけた。



 一緒に帰るようになってから一週間以上がたったある日の帰り道。駅の人混みから少し離れた公園のベンチに二人並んで座る。空を見上げた隼人が、嬉しそうな顔をした。その顔につられて空を見上げると、頭上にはいくつか星が見える。


 すっかり暗くなった夜空。それと対照的に眩しく輝く、街中のビルの看板。ネオンライトのせいか、都会の空気のせいなのか。雲が少ないのに、夜空に星はほとんど見えない。それなのに、公園から見上げる夜空には珍しくいくつかの星座を見つけることが出来る。私にはオリオン座くらいしかわからないけれど。


 オリオン座だけはわかりやすいシルエットだから、すぐに見分けがつく。学生の頃はオリオン座を見つけると冬が来たことを実感してたっけ。だって星座の中央に三ツ星が綺麗に並んでいるんだもの。まぁ、その三ツ星以外はよく目を凝らさないとわからないんだけど。


「オリオン座が見えるだろう? その中でも、左上の星、わかるかな? あれが冬の大三角形の一つなんだ。そしたら……」


 隼人が腕を頭上に伸ばした。その指がオリオン座の左上の星を指で示す。隼人の真似をして、私も空に手を伸ばしてオリオン座の星に指を重ねてみる。目の錯覚だってわかるのに、星に手が届いた気持ちになるのは私だけかな。


 手を伸ばしたら、コートの裾から手首がはみ出てしまった。手袋を付けていない素肌に北風がみる。冬はあまり好きじゃない。北風のせいでより強く感じる外気の冷たさに、指がかじかんでしまうから。


「その左下に見える一番明るいのが、おおいぬ座のシリウス。オリオン座の左上と、シリウスと……こいぬ座のプロキオン。この三つを結べば、冬の大三角形が完成するんだ。プロキオンは見つけられるかな?」


 星座について語る隼人は、他の他愛も無い日常会話をしている時より楽しそう。隼人の指が冬の大三角形を見つけてその線をなぞるけど、私にはプロキオンだけが見つけられない。オリオン座とシリウスはわかるんだけど。


「シリウスの左上を見て。シリウスの左側上方に一つだけ、やけに目立つ少し黄色い星があるんだ。それが、プロキオン」


 隼人に言われてもう一度夜空に星を探す。特徴的なシルエットのオリオン座。その左下に見える、今日の夜空の中で一番明るい星がシリウス。その左上にある、目立つ少し黄色い星が――。


「あった!」

「見つかった?」

「うん。へぇ、これが、冬の大三角形。今まで空を見てもオリオン座しかわからなかったな。なんだな新鮮な気分」

「それはよかった。豆知識もあるよ?」


 冬の大三角形を見つけて、思わず声を上げてはしゃいでしまう。子供みたいだなと、はしゃいでから思った。気付いたところで行動を取り消すことは出来ないけれど。冬の大三角形を見つけて興奮した私の気持ちを落ち着かせるように、隼人がオリオン座に関する神話を一つ、話してくれた。





 きっと隼人が教えてくれなかったら、私は星座に興味すら持たなかっただろう。嬉々とした表情で星座について話す隼人が、とても可愛く見えてしまった。おもむろに隼人の肩に少しだけ寄りかかってみる。背中越しに人の温もりを感じた。


 顔を隼人に近付けると、ふわっと甘い香りがする。どこかで嗅いだことのあるような、甘くて懐かしい香り。だけど甘過ぎなくて、甘さの中に爽やかさもある不思議な匂い。この匂いはどこで嗅いだんだろう。


「星座、詳しいんだね」

「こう見えて実は、高校大学と天文部の部長をしてたからね。文化祭ではよく、星座の映像を使って外部の人に説明していたんだよ」

「そうなんだ」

「今度、冬の大六角形っていうのもあるから、教えるね。あ、嫌だよね。こんな、星座に夢中になるような人……」

「ううん。冬の大六角形の話も、聞きたいな。今の話を聞いて、もっと星座が知りたくなっちゃった」


 嘘はついてない。隼人から聞く星座の話はとても新鮮で、話を聴いて他の星座にも興味を持ってしまったの。一番は、星座について説明している時の隼人の横顔を見るのが好きだから。必死に説明を思い出して語る隼人は可愛くて、だけどカッコよくて、思わず見とれてしまう。


 これからも隼人と話したい。また一緒に星座を見たい。出来ることならもう少し、肩に寄り添っていたい。寄り添って、その温もりを感じていたい。そんな温かな気持ちが舞い降りてきた。私は今日のこと、何があっても忘れたくない。


 私の左肩に隼人の手が触れた。かと思えば、肩を抱き寄せられる。それに応えるように、隼人の肩に頭を軽く乗せてみた。目線を少しズラして隼人の顔を見る。隼人は耳も頬も真っ赤に染めている。隼人の心臓の鼓動が服越しに聞こえた気がした。


 このまま時が止まってしまえばいいのに。これが夢なら、どうか覚めないで。もう少し今のままでいたい。隼人に抱き寄せられていたい。この時が永遠に続いてくれればいいのに。そんなことを思わずにはいられない。


 心拍が少し速くなっているのは私だけじゃないよね。鼻腔をくすぐる微かに甘い香りは、隼人の匂いなのかな。今のこの瞬間を守りたい。隼人とこうしているのも悪くない。隼人の温もりが、元カレの一件で凍りついた私の心を溶かしてくれる気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る