想いよ届け

 ついばむようなキスを初めて自分からした。身長が足らなくて少し背伸びになってしまったのは、隼人はやとには秘密。このまま温もりに、熱に、浮かされてしまいたい。理性が消えてしまえば何かが変わるのかな。


 体の奥が熱い。このまま二人、鼓動を重ねていたい。時が流れなければ、止まってほしい。永遠にこの時が、関係が、続いてほしい。そんなこと、口が裂けても言えないけれど。言葉の代わりに行動で思いを伝えられたらいいのに。どうして人は言葉でなければ相手に思いを伝えられないんだろう。


 「好き」の二文字がなかなか口から出てくれない。たった二文字の言葉を素直に伝えられたら楽なのに。素直に言えないのはきっと、私に勇気がないせいだ。変なプライドも、告白への恐怖も、過去の失恋も。何もかも全部、この熱に浮かされて、溶けて消えてしまえばいいのに。


 隼人の気持ちを知ってて答えなかったのは、わざとじゃない。あの時は隼人の「好き」が信じられなかった。でもなんでだろう。今は信じられる。ううん、信じようとしてる。


 止まらない時計のように出会いと別れを繰り返して。一つ一つの経験が私を強くしてくれる。傷つくこともあるけれど、それでも強くなれるんだ。元カレの一件でそれがよくわかったよ。だから、大丈夫。前へ進むきっかけをくれたのは、隼人だ。


 けれどやっぱり、自分からは言葉を言えなくて。いざ言葉を声にしようとしたら、音にならなかった息だけが吐き出される。心臓の音がうるさくて、パーク内のアナウンスが聞こえなくなった。たった二文字伝えたいだけなのに、どうしてこんなに緊張するのかな。


「やっぱり美穂みほさんが好き。大好きなんだ。俺と、付き合ってくれませんか?」

「喜んで」


 私を助けてくれたのは、隼人だった。その言葉に返事をして、それに続けるように隼人の胸に顔をうずめる。答えておいて、恥ずかしくなった。今だけは、絶対に顔を見られたくない。きっと真っ赤になってる。


 どんなに涙を堪えても、流しても、その数を数えても。強い私にはなれなかった。でもね、隼人に会って、こんなにも胸がときめいて、悩んで苦しんで考えて、気づいたんだ。強さも弱さも関係ない。隼人の隣にいたい、その思いだけがただ一つの真実だって。


「……もう一回、言って?」

「嫌!」

「よく聞こえなかったんだけどな」

「…………私も、隼人さんが……好き、です」

「よかった。聞き間違えじゃなかったんだ」

「だ、だましたの?」

「言い方がひどいよ。だって俺、美穂さんの口から『好き』って聞いてないもん」


 隼人の言葉に思わず顔を上げる。見上げた先には、イタズラっ子みたいにべロを出して笑う隼人の姿がある。そんな隼人の顔は、テーマパークのライトアップに照らされてか、赤く見える。その顔に見とれていたら、頭を優しく掴まれた。


 目を閉じれば、温かくて柔らかい何かが口に触れる。慌てて目を開けると、私から遠ざかる隼人の顔が一つ。どうしてもやり返したくて、その首筋にそっと接吻くちづけをした。





 テーマパークの外に出てしばらくの間、恥ずかしさで顔を上げることも出来なかった。繋いだ手から伝わる優しい温もりに、そっと握る力を強める。それだけしか出来ない。今時の中高生の方が私よりよっぽど上手く恋愛してるんじゃないかな。


 さっきまでパーク内で、抱き合ってたんだ。つい感情に任せて、私、すごいことをしちゃったんだ。思い出しただけで頭がおかしくなりそう。なんであんな大胆なことを人前でしたんだろう。思い出しては顔が熱くなる。それを繰り返してばかり。


 何度思い出しても、記憶はいろせるどころかより鮮明になる。思い出して恥ずかしくなって、恥ずかしさからまた思い出して。やっと恥ずかしさが抜けた頃には、まともな思考が出来ないくらい頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


 テーマパークが閉園になった。もう、この夢みたいな時間は終わり。このまま誰もいない家に帰るのは少し寂しい。もう少し一緒にいたい、話したい。そんなことを思う私は、自ら危ない橋を渡ろうとしてるのかな。乱れた思考のせいか、正常な判断が出来ない。


「このあと、どうする? 帰るなら今のうちだけど……」


 隼人の言いたいことは、遠回しな言い方でもわかる。私だって恋愛経験の一つや二つはあるから。それと同時に、ちゃんと隼人の目には私のことが「女性」として映っているんだと実感する。私の答えはもう、とっくに決まってるんだ。


「もう少し一緒にいたい。隼人さんともう少し色々、話したい」

「……わかった。じゃあ、行こうか」

「行くってどこに?」

「どこって……だけど?」


 隼人の口から出てきた単語に言葉を失う。テーマパークの近くにはホテルが沢山あるし、地元の方に帰ればビジネスホテルやラブホテルもある。隼人の言うホテルがどこに当てはまるのかわからなかったし、着替えも持って来てない。


「あれ? 俺、何も説明してない?」


 隼人の言葉に何度も首を縦に振る。少なくとも今日は聞いてないし、メッセージアプリで連絡を取っていた時もそんな話はしてなかった。


「うわー、俺、一番大事なところでやらかしてるー」

「どういうことか、聞いてもいい?」

「その……閉園までいると思って、ホテル、予約しておいたんだよ。朝ご飯付きで、明日の十二時にチェックアウト。その、狙ってたとかじゃないんだ。今日も手を出さないって約束する。だからその、俺のこと嫌いにならないでください!」


 隼人なりに今日のこと、色々と考えてくれたらしい。閉園時間や電車の時間、最寄り駅の距離とかその他も色々。深夜に帰宅させるくらいならホテルでゆっくり寝てから明るい時間に帰したい、と思ったらしい。しかもなかなか言い出せかった理由は「狙ってると誤解されたくないから」だそうだ。


 説明したつもりになって、発言していたらしい。今日中に帰るなら、今から急いで駅に乗らなきゃいけない。そう伝えたかったんだとか。言い忘れていた隼人はよほどショックだったのか、ホテルまでの道のりを肩を落として歩いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る