第6話 カーチェイス・オン・ハイウェイ

 末広の切断された右手は、彼の赤いスポーツカーのボンネットの上へと飛んだ。

 ふざけやがって、と、末広は俺に向かって、まだ残っている左手を繰りだしたが、実務から離れて久しいのだろう、その手が俺の顔の頬に触れることはなかった。


 俺はコートの中に手を突っ込むと、サムブレイクしてCz75を取り出した。

 やけっぱちの一撃をかわされ、俺の眼下でぶざまに体勢を崩していた八郎。その太ももに向かって、俺は遠慮なく9mmルガ―弾を二発撃ち込んだ。


 汚らしい声が夜に響く。

 こんなに静かな夜なのに、なんて無粋な声で鳴くんだろう、このバカは。


「てめぇ、高島ァあっ!!」


「悪いな末広。アンティークの輸送なら喜んでやるんだが、人身売買には手を染められない。それと、俺はお前のように異世界人を食い物にする奴を許せない」


「なんでだ!! 関係ねえだろうがよ!! エルフの娘を拉致って、薬漬けにして――その心臓を欲している奴に売りつける!! いい商売じゃねえか!!」


「いい商売ってのは、誰の涙も産まないもんだ。とにかく、俺はお前のやったことが許せない。そして――今から来る正義の味方もそれは同じだ」


「んだよ!! 誰だよ!!」


「ワシだ」


 斧を担いだ男が一人、月を背にして立っている。

 股の間に自慢のハーレーはない。曲芸のようにヒョイと股の力だけで飛び上がって降りたのだろう。見かけによらずに器用なところは流石にドワーフか。


 いや、彼らが器用なのは手先だけだ。

 この爺さんが特別なだけだろう。


 魔術鋼に浮かんだ波紋が月の光を浴びて煌いていた。

 星を砕いて埋め込んだようなその斧は、この男が手ずから作ったものだ。


 切れ味。

 そして、彼が使った際の安定感については、俺が注釈を入れるまでもない。


 フルは末広を静かに睨み据えていた。


 すぐには末広を殺さない。

 それもまた、俺とフルが事前に打ち合わせした作戦であった。


 俺は、フルほど理性的で、そして、知的なドワーフを知らない。


 ともするとドワーフというのは、粗野で乱暴な奴らだと、俺は育ったエルフの村落で教えられてきた。その後、村を出て冒険者として生きていくうちに、何人かのドワーフに出会ったこともあったが、その言葉が覆ることはなかった。


 しかし、ここ異世界に来て初めて――俺はその言葉が、偏見であるということを思い知った。


 彼はいつだって、冷静に、そして冷徹に、目的を達成するのに何が必要なのかを、見据えて行動している。

 末広を生かした理由もまた、多くの同朋を助ける――その為に必要なことだった。


「お前に問う。の他にエルフやドワーフ、獣人の類について、お前が手籠めにしている者はいるか?」


「あぁっ!? あんだと……」


 フルが腰にぶら下げていたハンマーを手に取った。

 これもまた魔術鋼で作られた逸品だ。見た目よりも随分と重い、大重量のそれを、容赦なく、フルは末広の脚に向かって投げつけた。


 左足。上等な革製のブーツが、破れて、ばっくりとその親指が吹き飛んだ。

 また、汚い悲鳴が夜空に響く。


 地面に減り込んだ親指とハンマー。

 ハンマーだけを回収して、また、フルが月を背にして立った。


 このまま、一本ずつ足の指をハンマーで潰して行ってやろうか、と、茶色く濁った眼が末広を睨みつている。


。彼女以外に、異世界人を拉致していないか?」


「……いねぇ、いねぇよ!! 俺が扱うのは買い手のついた奴らだけだ!!」


「……そうか」


「神に誓ったっていいぜ。なぁ、だから、頼む、見逃して……」


 生憎だったな。

 俺たち異世界人は、神様なんてものを信じちゃいないんだ。


 俺も。

 フルも。


 だから誓われてもそんなものはちっとも、お前を殺さない理由にならない。


 血の滴るハンマーを腰に戻したフル。

 彼は、左手で杖のようにして持っていた斧を手に取ると、とんとんと、その峰を叩いて振り上げた。


「もう一つ、聞いておこう」


「……待ってくれ!! 答えただろう!! 許してくれるんじゃないのか!?」


「お前はこれまで、いったい何人の同朋たちを手にかけて来た?」


 ――その人数に合わせて、ワシはお前の身体を切り刻もう。

 フルはまったく感情を匂わせない、冷たくよどみない口調でそう言うと、両手で斧の柄の部分を握りしめた。


 ひっ、と、末広が喉を鳴らした。

 もはやどう答えても、この男が助かる未来はあり得ない。

 BADENDだ。


 やれやれ、ヒーローフルが居るアメリカで事を起こそうとしたのが、そもそもお前の過ちというものだぜ末広。


 ため息と共に、俺は末広から視線を逸らした。

 その時――。


 もう一台、古めかしいボロボロのスポーツカーが、こちらに向かってきているのに気がついた。そのサイドドアが開き――中から、ショットガンを手にした、小太りの男が身を乗り出してくる。


「兄貴ぃっ!! 大丈夫ですかぁっ!!」


 SH○T!!


 末広にはまだ仲間が居たのか。

 しかも、ショットガンが相手ではいささか分が悪い。

 無数に飛んでくるリムをかわすのはほぼ困難だと言っていい。


 狭い、車と車の間。そこに弾丸をぶち込まれたら、跳弾してたちまち蜂の巣だ。

 しかも、その入り口は俺とフルの二人で塞いでしまっている。


 どうするか。

 撃たれる前に、撃つか。

 握りしめたCz75の銃口を向けている時間は――ない。


「後ろだ、フル!!」


 俺はその、俺が知る限り最も賢いであろうドワーフ男が、その言葉だけですべてを察してくれるだろう――そう信じて声をかけた。

 左手。俺が借りて来た、クラウンが止めてあるそこに、身を乗り上げると、転がるようにしてその屋根伝いに反対側へと移動する。


 レンタカーの屋根を転がりながら。フルが器用に跳躍し、紅色をしたスポーツカーの屋根の上に着地するのを俺は見た。


 末広の仲間を載せたスポーツカーは、俺たちの車が止めてある場所に斜めになるように横付けした。そして、すぐさま、俺が隠れているクラウンに向かって、ショットガンの銃口を向けると引き金を引いてきた。


 ゴロツキの舎弟にしてはなかなかに良い射撃の腕前だ。

 保険をかけているとはいえ、フロントガラスをバッキバッキに破壊され、俺がレンタルした車はおしゃかになってしまった。


 畜生。

 旨い儲け話が一転して大赤字だよ。

 やってられるか。


 次弾を装填するより前に反撃に転じなくては。

 身を乗り出そうとして、ショットガンを持ち替えている姿を俺は目撃した。

 本当に、手際のいい舎弟たちである。


 再び、車体の裏に体を隠す。今度はサイドガラスがバキバキに割れた。

 これはもう、レンタルショップに返す時に、どう説明すりゃいいか分らんね。


 そんな状況で、銃声に混じってがなる男の声がした。


「兄貴、早く乗ってください!!」


「バカ野郎!! こっちは、脚を怪我してんだぞ!! 無茶いうんじゃねえ!!」


 まずい。

 末広の奴に逃げられる。


 奴は俺の事務所の情報を掴んでいる。

 そこから俺の現住所を割り出すことにそう時間はかからないだろう。


 この場でり損ねたら、俺はもちろん、文香にまで迷惑がかかることになる。


 それはできない。

 それだけは許されない。

 彼女の平穏な学生生活と青春を脅かすことだけは、なんとしてでも避けなければならないのだ。


 なんとしても逃がす訳にはいかない。


 しかし――。


「畜生!! 何丁もってやがるんだ、ショットガン!! 日本だったら、こんな銃撃戦なんて、やってられねえぞ!!」


 織田信長の三段撃ちか。

 次から次へと、ショットガンによる雨あられが、こちらに吹きかけられる。


 フルの方も、主装備を逃げる際に置き忘れたらしい。

 また、位置上、顔を出せば、ショットガンの餌食になる場所である。


 このままみすみす逃してしまうのか――。


 思っているうちに、ショットガンの銃声が止んだ。

 と、同時に、急激な加速音が辺りに木霊する――。


 斜めの位置に停車していた黄色いスポーツカーが走り抜ける。残された、左手の中指を突き立てて、舌を出す末広八郎の姿が、その中に見えた。


「フル!!」


「分かってる、慌てるな!!」


 ショットガンシェルを合計十発ほど撃ち込まれた、俺のクラウンでは、もはや追跡は不可能だ。末広が残していった、スポーツカーもキーがないので使えない。


 あとはそう。

 ヒーローが使っている、スーパーマシンハーレーダビッドソンしか、俺たちには残されていない。


「行けるか、フル!?」


「カーチェイスなんざ日常茶飯事だ。それよりお前は、


 そう言って、彼はスーパーマシンに飛び乗ると、その狭い後部座席を叩いた。

 末広八郎たちが載った黄色いスポーツカーは州間高速道37号線を南に向かって入ろうとしている。


 逃がすか。


 てめえらの眉間に鉛玉をぶち込まないまま、この夜を終わりにできるかよ。

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