第8話 羊たちの騒乱
銃声が、ジルハの検問所の前に木霊する。
両手でグリップを握りしめ、脇を締めた理想的な射撃方法である。
しかし――いくらマニュアル通りに銃を撃ってみたところで、視界が完全に遮られていたら意味がない。
めくら撃ちで敵に当たればラッキー。
なんてのは、銃撃戦を欠伸が出るほどやってからにしてくれい。
そう叫ぼうとした時には、既に相原は銃を馬車の幌に向かって撃ち込んでいた。
パス、パス、パス、と、音がして幌に穴が開く。
やったか、なんて顔をしている相原。
その足首を掴んで無遠慮に引っ張ると、俺は彼女をその場に引き倒した。
タイトなスカートがビリリといい音を立てて破れる。
こっち来てから、馬に乗っては破れ、銃を撃っては破れと忙しいスカートだ。
そしてはしたない。
その直接的な原因を作ったのは俺かもしれない。
だが、こんな格好年頃の女性がするものではないだろう。
やれやれ、文香にはこんな大人の女性にはなってもらいたくないものだ。
羊たちの糞尿で薄汚れた藁の上に倒れこんだ相原。
すぐさま、何をするのと俺に向かって抗議しようとした。
だが、その、頭の上を、鉛の弾が合計十発ほど飛ぶと、その声は引っ込んだ。
さぁ、と、彼女の顔が青ナスのように青ざめるのは、少しだけだが胸がすいた。
そんな間抜けな相原ちゃんを笑い飛ばしたい所だが。
それよりも先に言っておかなければならないことがある。
「アホか、お前は!! わざわざこっちの位置を教えてどうするんだよ!!」
「――だって、このチャンスを逃したら、豊野を捕まえる機会はないわ!!」
「バカ野郎、そんなこた言われなくてもこっちも分かってんだよ!! 俺が怒ってんのは――あぁもう!!」
ダメだ、アホに何を言っても無駄だ埒があかん。
そしてこんなことをしている間にも、荷馬車の向こうの豊野たちは次の一手を考えているだろう。
銃の集中砲火の様子を見るに。
向こう側には、豊野以外にも銃器を持った護衛が何人かいるようだ。
厄介なことになってくれたぜ――と、運命の神という奴を恨みながら、俺は静かに魔法を行使した。
流石に奴らも、さっきの銃撃で、襲撃者を仕留められたとは思っていない。
今度は幌ではなく荷台の部分――俺たちが身をかがめている場所に向かって銃弾の雨あられを打ち込んでくる違いない。
そうなるより早く。
相原が倒れ込んだ方の荷馬車の車輪を、二つまとめて脱輪させた。
がたり、と、音を立てて傾く車体。
御者台に乗った爺さんが、慌てて飛び降りる姿が見えた。
すまんね爺さん。
後で、日本国からたっぷりと、保証金を出すように、この考えなしのバカたれを俺が説得しておいてやるよ。
横転した荷馬車。更に、荷台の縁に結わえられている幌とをつなぐ紐を、俺は魔法で切除し、突風を起こして吹き飛ばした。
顕になる荷台の外の光景。
剥がれた幌が、荷馬車の真横に居た男たちに襲い掛かる。
しかし、それは豊野たちではない――。
荷馬車から少し離れた位置。
進行方向にして斜め前方に、スキンヘッドに鼻の下に濃い髭を生やし、筋肉質な体つきをした男が立っていた。
写真で見た、豊野誠に間違いはなかった。
その左右を囲むように、銃を持った色白のヤスクールの男たちが五人だ。
四人が銃の引き金に指をかけてこちらへと向けていた。
もう一人は、魔法使いだろう、杖を手にしてこちらを睨んでいる。
しかしAK47を欲しがるだけはあるね。
使う拳銃までマカロフとは恐れ入るよ。
「相原!! 発砲許可を!!」
「――はぁ、できるわけないでしょう!! 貴方一般人なのよ!!」
「正当防衛だと証明してくれりゃ、何とかなるって話を聞いたことがあるぜ――って、そんな問答している時間も勿体ないな!!」
俺は魔法を行使しながら既に抜いていた銃の引き金を引いた。
六発しかないコルトパイソンの貴重な一発を、傾いた荷馬車の床に向かって発砲したのだ。
流石は「.357マグナム」だ。派手にいい音を立ててくれる。
その天地を割るような大音声を受けて、それまでも騒然としていた羊たちが、一斉に荷台から飛びだして暴れ狂い始めた。
まるでどうしていいか分からないという感じに、角を振り上げて、脚を跳ね上げて踊る羊たち。
その波が、豊野たちに向かって押し寄せる。
虚を突かれて銃を撃つことを忘れた彼ら。あたふたとしている間に、俺は相原を引っ張り上げると、斜めになった荷台を盾にして、一息をついた。
「ちょっと、何を勝手に発砲してるのよ!!」
「人に向かっては撃ってないぜ」
「それでも、もし流れ弾が人に当たったらどうするのよ!!」
「めくら撃ちしておいて、それはねえだろ――それより、次の一手だ」
羊たちの起こした混乱はじきに収まるだろう。
そうやって状況が落ち着けば、豊野たちはすごすごとこの場から逃げるか、もしくは、追手である俺たちを始末しに向かって来るに違いない。
早急に次の一手を考えなければならない。
「相原。お前の銃はルガ―だったな。さっき三発撃ったから、残りは十四発か?」
「そうよ、それが何か?」
「銃を撃つ時の基本は、警察庁で教えて貰ったよな。頭と胸に一発ずつだ」
「知らないわよそんなこと」
「つまり計算上、お前一人で豊野を含んだ相手六人は倒せる訳だが――」
その覚悟はあるのか、と、俺は相原は視線で問いかけた。
うっ、と、彼女の顔色が曇る。
当然の反応だ。
平和な日本社会に生きていれば、銃で人を殺す機会なんてそうそうない。
唯一例外的に銃を保持することを認められている警察官だって、異世界だろうが、日常だろうが、そんな事件に遭遇することはきっと少ないことだろう。
別に今更、相原のことを等身大の女の子扱いするつもりはない。
そして刑事としての責任を果たせと圧力をかける気もない。
今に至って、俺はこの女のことをまだ気に入っていなかったし、彼女のやることなすことに腹を立てている。
それは変わらないのだ。
だが、それ以上に。
俺はこのヤスクールという国が大ッ嫌いなのだ。
異世界から銃を持ち込み、周辺国と不要な軋轢を生みだすこの国のことを、深く憎んでいる。十二月戦争を引き起こし、平和だったアニ王国に動乱を呼んだ彼らを、激しく嫌悪している。
そして――文香のために、元の世界に戻ろうと決意した翔を。彼の命と未来を。
十二月戦争の報復として奪った政府関係者らを許すつもりもない。
機会があれば、全員蜂の巣に変えてやる。
その意思に揺るぎはなかった。
だからまぁ――震えてルガ―を握りしめる、哀れな小鹿ちゃんの代わりに、コルトパイソンの引き金を引いてやることに、なんの躊躇もない。
「確認するぜ、相原」
「……なに」
「今、ここで起こっているのは、間違いなく、現地人とのトラブルだな」
「……えぇ、そうね」
「そして日本国は、異世界での現地トラブルにおいて、銃の使用を認めている。その認識は間違いないよな」
「……程度によるわ」
「相手は銃口をこちらに向けている。明確な殺意が認められる訳だが――それでも殺しちゃならないのかね?」
言っている間に、次の銃撃が始まった。
どうやら、奴さんたちは、俺たちから逃げるのではなく、始末する方を選択したらしい。ははっ、実にタフでヤスクール人らしい選択に笑いが出てくるぜ。
そうでなくては。
てめえら野蛮人どもの頭蓋骨に、鉛玉をプレゼントしてやる張り合いがない。
「……現知人はちょうど五人。そして、俺の手元には、ちょうど五発の弾丸が入ったマグナムが握られている」
「分かった」
「分かったァ?」
わざと意地悪な声色で、俺は詰るように相原に言った。
こんな時にこんなことを言って、いったい何になるんだろう。
自分の性格の悪さに、少しばかり自己嫌悪に陥りそうだった。
けれども、彼女の覚悟を確認せずに、俺はこの銃口を敵に向けることはできない。
一度、大きく深呼吸して、相原は天を仰いだ。
彼女は神を信じているのかね。今から自分が行おうとしていることが、正しい行いであるのかどうかを、まるで異国の空に問うているようだった。
しかし、悪いね。
こっちの世界には、そんなモノは居ない。
いつだって生き方は自分で決めるのが
跳弾した鉛玉が、彼女の髪を揺らした。
それで、ようやく腰の重い日本政府の猟犬は、腹を括ってくれたようだった。
「……分かりました。高島翔。発砲を許可します。ただし、豊野誠には絶対に当てないこと。それが条件です」
「オーケィ!! そんなのはお安い御用さ!!」
百メートル先に置かれたコーラ。
その王冠の部分だけを、銃弾で弾き飛ばすくらいになんでもないことだ。
最初から、素直にそういうオーダーを出してくれていればいいのに。
そうすれば、こっちも無駄に思い煩わなくって済んだ。
ここに来てまで決断が後手後手だぜ、異世界犯罪課さんよ。
先手を打つために、こうしてやって来たんじゃなかったのか。
俺はColtパイソンの撃鉄を起こす。
ダブルアクションの銃はいい。
セーフティも、スライドも必要ない。
こうしてしまえば、あとは引き金を引くだけだからシンプルでたまらない。
その柄に軽くキスをして――俺は荷台の陰から、日の当たる場所に躍り出た。
さぁ、見せてやろうか。
マカロフなんて、旧世代のセミオートをちらつかせて、いい気になってるドサンピンどもに。
本当の銃の使い方ってやつを。
「ヤスクールの狗ども!! 貴様らが恐れた、魔弾の奏者はここに健在なり!!」
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